ep.20臼井 鉄平④

雷双蛇を倒した一ノ瀬は臼井と共に料理の準備に入っていた。



「じゃあ先ずは頭を斬り落とすぞ。一ノ瀬くん、この辺から雷双蛇の首を斬り落としてくれ。」



臼井はそう言いながらちょうど首が二又に分岐しているあたりを指差した。



「はい、こんな感じ……!でいいですか?」



一ノ瀬は臼井の指示通りに雷双蛇の首を斬る。


強化魔法を使っていることもあってかなり綺麗に双頭を落とすことに成功した。


臼井は興奮気味に



「いいねー!うまいじゃないか。よしじゃあ次はこいつの皮を剥ぐぞ!俺は右側の皮を引っ張るから一ノ瀬くんは反対側の皮を握ってくれ。」



と言うと、首を落とした部分から少しだけ皮を剥いで両手で掴みやすくする。


雷双蛇の胴体は直径一メートル程の太さがあり、流石に一人では皮をむくことはできない。そこで二人は臼井の掛け声に合わせて皮を尻尾に向けて引っ張る。


すると……



『うわ……ちょっと気持ち悪いかも……。』



まるで魚肉ソーセージのビニールを無理矢理引張って開封した時のように、皮はズルズルとむけピンク色の生肉がむき出しになった。


皮を剥いた後は臼井に教えてもらいながら雷双蛇の内臓を取り出して完全に肉だけの状態にする。


皮と内臓を取り除くと可食部は大分少なくなったものの、もともとのサイズがかなり大きいので問題はない。


ちなみにイシスはグロめな光景が苦手なようで、内臓を取り除いている間は口数が露骨に減った。



「よーし、ここまで来たら後は俺に任せな。一ノ瀬くんはもう休んでていいよ。」



臼井はそう言うとメルトブレスレットに魔力を込めて大きく形を変形させる。


ブレスレットはいくつかの金属の塊に分かれそれぞれが鍋、お玉、包丁……と調理器具に変化していき、たちまち簡易的なキッチンが出来上がる。



「凄いですね。臼井さんの魔法武器ってこんなこともできるんだ……。」



一ノ瀬が感心していると臼井は気持ち良さそうに



「だっはっは。ようやく驚いた顔が見れたな!そうだよ、魔法武器を見た時の反応はそうじゃなくっちゃ!」



と言って笑った。


臼井はその後慣れた手つきで蛇の肉の調理を進め、調理の片手間に近くにあった野草や果実を使って味付けをしていく。


三十分後、辺りにはよだれが垂れるほど美味しそうな匂いが充満しており一ノ瀬はもう待ちきれなくなっていた。


蛇の解体の時に無口になっていたイシスも徐々に口数が増え……



『ねぇ、もうすぐ出来上がるかしら?』



『ちょっとくらい味見してもいいんじゃない?』



とわかりやすくそわそわしていた。


いつもなら「落ち着け、落ち着け。」と言ってイシスをなだめているところなのだが、そわそわしているのは一ノ瀬も全く同じなので何も言えなかった。


二人はぐつぐつと煮えた鍋をほとんど瞬きもせずにじーっと見つめ、いまかいまかと完成を待つ。


それからしばらくして……



「よし、完成だ!腹一杯召し上がりな!」



ようやく料理が完成した。


臼井はメルトブレスレットを食器に変えて出来立ての料理を盛り付けていく。



「右からの雷双蛇のスープ、雷双蛇の生姜風焼き、その辺でとれた野草サラダだ。それじゃ……」



「「『いただきます!』」」



そう言うと二人は勢い良く料理を食べ始めた。


一ノ瀬はもう丸二日以上何も食べていなかったので例えどれだけ雷双蛇が不味かったとしてもおいしく頂ける自信があった。


しかし……



「『うっっっまい!』」



空腹というスパイスなど無くても問題がないほどに蛇料理は美味しかった。


ダンジョンの中で採れた食材しか使ってないというのにこれだけの味が出せるとは驚愕だった。


あまりにもおいしかったので一ノ瀬は思わず



「臼井さん!どうやったんですかこれ!? とんでもなく美味しいです!」



と臼井に味の感想を伝えた。


一ノ瀬の言葉を聞いた臼井は嬉しそうに



「これでも俺は料理人だからな!毎日パーティーメンバーのために飯作ってんだ。このくらい朝飯前よ。今食ってんのは昼飯だけどな、ガッハッハ!」



と言い笑った。


結局一ノ瀬は全ての料理を三回ずつおかわりし、もうこれ以上食べられなくなるまで料理を堪能した。



「これだけ美味そうに食べてくれるとこっちもうれしくなるぜ。痺れて動けなくなっていた俺を助けてくれたのが一ノ瀬くんで本当に良かったよ。」



満腹で動けなくなっている一ノ瀬を横に後片付けをしながら臼井はある提案をした。



「なぁ、もし一ノ瀬が良ければなんだが……うちのパーティーに来ないか?」



「パーティー?」



予想外の提案に一ノ瀬は驚いた。



「うちは"ニューグルメ"って名前で活動してるパーティーでな、ダンジョン内の色んな食材を集めて未知の味を探し続けているんだ。まだ粗削りだけど一ノ瀬くんからは探索者としての素質を感じる……それに何より美味そうにご飯を食べるところが最高だ!どうだ、"ニューグルメ"に入らないか?」



臼井の提案はかなり魅力的だ。


雷双蛇との戦闘で臼井が強く頼れる相手ということはわかっているし、毎日臼井に料理を作って貰えるという点もかなり魅力的だ。


しかし……




「ごめんなさい。俺には勿体ないくらいいい話だってことは分かってるんですけど……俺には何よりも優先しなくちゃいけないことがあるんです。」



一ノ瀬は提案を断った。"ニューグルメ"の目的は未知の味を探すこと。


美味しいモンスターや美味しい植物を探しながら探索するのはとても楽しいだろうが、そのやり方では時間がかかりすぎる。


一ノ瀬は最低でも半年以内に、第12層で取れる"光雷岩の粉末"、第28層に生息する"炎象の骨"、第42層に生えている"黄金華の花弁"の三つを探して三日月のいる病院まで届けなければならず寄り道をしている暇はないのだ。



「そうか……残念だな。でもな一ノ瀬くん、こんな諺を知ってるか?"早く行きたければ一人で進め。遠くまで行きたければみんなで進め"。確か惚れた女を助けるためには第42層まで行かなきゃならないんだろ、正直ソロで第42層は難しいと思うぜ?」



臼井はまだ一ノ瀬の勧誘を諦めていないようだ。


それでも一ノ瀬の意思は変わらなかった。一ノ瀬は真っ直ぐな目で臼井を見つめて



「早く行きたいんです。」



と言った。


一ノ瀬の本気の言葉についに臼井も折れた。



「一人の男がそこまで言うんだ、これ以上誘い続けるのも野暮ってもんか。まぁ上を目指してんならどっかでまた会うこともあんだろ。もし"ニューグルメ"に手伝えることがあったら出来る範囲で助けてやるからその時は遠慮なく頼れよ。」



「ありがとうございます。せっかく誘ってくれたのにすいません。」



「気にすんな、俺の作った料理を美味しそうに食べてくれただけでこっちはとっくに満足してんだ!ガッハッハ!」



臼井は相変わらず馬鹿でかい声で笑った。



「じゃあ俺はパーティーのところに戻るわ、長時間単独行動してると怒られっからな!一ノ瀬くん、達者でな!」



「はい、臼井さんもお元気で!」



二人はそう言うとそれぞれ違う場所を目指して歩き出した。

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