ep.17臼井 鉄平①

ピョンピョン兎を倒した一ノ瀬とイシスはダンジョンの第4層にいた。


第4層は洞窟と岩だらけの第1層とは違い植物が生い茂る森のようなエリアだ。


一ノ瀬は第4層から第7層に繋がるルートを目指してイシスのガイドに従って歩く。


洞窟と違い植物をかき分ければどの方向にも行けるためマッピングが極めて難しく一ノ瀬だけでは間違いなく迷子になっていただろう。 



「同じダンジョンでも層が変わると雰囲気違うな。」



と言いながら一ノ瀬は頬から垂れる汗を拭う。


ここは第1層と比べると少々暑い。


『わたしは魔力感知でここがどんな場所かなんとなくは知ってたけど、実際に来てみるとすごく綺麗だわ。魔力感知じゃ色まではわからなかったから新鮮で楽しいかも!』



色とりどりの花や木々を見て、イシスはかなり上機嫌だった。



「そういえば第4層に来てから全くモンスターに出くわしてないな。ここってあんまりモンスターがいない場所なのか?」



ふと一ノ瀬は疑問を口にした。


第4層の探索を開始してからもう数時間が経っている。


第1層なら何度かモンスターに出くわしていてもおかしくない。一ノ瀬の疑問にイシスは答える。



『そんなことないわよ?あなたがモンスターと遭遇してないのはわたしがそうなるように案内してるからで、魔力感知無しだともう十回はモンスターに出くわしてると思うわ。』



「十回!?」



一ノ瀬は驚いた。


イシスの言葉が本当なら第4層は第1層とは比べ物にならない数のモンスターがいることになる。


それだけのモンスターがいるのにも関わらず一度も遭遇せずにガイドをしているとは……ダンジョンに関することならイシスは本当に頼りになる。


イシスは一ノ瀬の考えを何となく感じ取ったのか



『ふふ、いまわたしのこと凄いって思ったでしょ。いいのよ、声に出して褒めても!』


と、得意げに言った。


意図していなくても勝手に感情が伝わるというのは厄介だ。と思いながら一ノ瀬は



「はいはい凄い凄い。」



と言って適当にあしらう。


いや、実際に凄く役に立っているので普通に褒めてもいいのだがこれ以上イシスを調子に乗らせるわけにもいかない。


調子に乗ったイシスは非常に騒がしくなる。



『ねぇ、もっと感情をこめて!ほらもう一回!』



「はいはい凄い凄い。」



こんなやり取りを繰り返しながら第4層を進んでいると……



『イチノセ、気を付けて。初めて感じるタイプの魔力よ。もしかすると……私の知らないモンスター?』


「いや……、これはどう見ても倒れているだけのオッサンだ。この人はこんな所で何をやってるんだ?」



一ノ瀬とイシスの目の前に倒れている男が現れた。


一見、普通の冒険者の様な身なりだがよく見てみると防具もつけておらず武器も持ってない。


セーフゾーンでもないのにどうしたのだろうかと思いながら一ノ瀬は男に声をかける。



「えーっと、生きてますかー?」



一ノ瀬が生死を確認すると



「じび…れでうごげな……だずげ……」



今にも消えそうな小さな声で助けを求めていた。


どうやら全身が痺れて麻痺しているようだ。


一ノ瀬は痺れに効く薬のなど持っていない。そこでイシスに尋ねた。



「イシス、魔法で助けられるか?」



『無理!不老不死の力はあくまでイチノセにしか使えないし、わたしじゃどうにもならないわ。』



流石に他人の状態異常をどうにかできるほど不老不死の力は万能ではないようだ。


一ノ瀬は少し考えて



「となると……じゃあこの辺に川とか湖はあるか?」



と尋ねた。



『ええ、あるけどどうするつもり?』


「取り敢えず水をたくさん飲ませてみる。痺れて動けないのが毒のせいならそれを薄めてやれば何とかなるかもしれない!」



一ノ瀬はイシスに案内をさせながら近くにあった小さな沢まで男を運んだ。手で水を掬って男の口にゆっくりと流し込む。


痺れている理由が毒とは限らないためこれが正しい処置なのかはわからない。


例えばモンスターの魔法が痺れの原因なら水を飲ませても意味はないのかもしれない。


しかし一ノ瀬は医者ではないのだ、原因を突き止めてそれに応じた対応をするなんて芸当は出来ない。


だからこの痺れが毒のせいである可能性にかけて出来ることをする。


男は小さく喉を動かしながら少しずつ水を飲む。


しばらく水を飲ませていると男はゆっくりと体を動かして上体を起こした。


どうやら一ノ瀬の処置は間違っていなかったようだ。


それからしばらくすると痺れはかなり収まったようで男は流暢に話せる様になった。



「いやー、本当に助かった!正直もうダメかもって思ってたけど兄ちゃんが助けてくれたおかげだよ!いやー、ありがとね!」



先程までの擦れ声はどこに行ったのやら、やたらと声の大きい男だった。



「俺は"サンダー"ってギルドに所属している臼井 鉄平 三十七歳、鉄平って呼んでくれていいよ。ホントは下の名前は惚れた女にしか呼ばせないって決めてるんだけど、命の恩人の兄ちゃんなら鉄平って呼んでもいいよ。そうだ、兄ちゃんの名前は?」



とんでもない距離感の近さだ。一ノ瀬は若干引きながら



「……"ウォーター"所属の一ノ瀬です。臼井さんはどうしてこんな所で倒れてたんですか?」



と自己紹介をし、倒れていた理由を尋ねた。すると臼井は



「鉄平でいいって言ってるのに勿体ないなー。まあいいや、えーとなんで倒れていたかだったね。説明すると長くなるんだけどね、ほらこれを見てくれよ。」



と言いその辺に生えていた白い花を摘んで一ノ瀬に手渡した。



「それは夢幻花と言ってね。そいつの蜜を吸ってすぐに眠ると心の中で自分が望んでいる夢を見れるんだ。俺は最近自分が本当にしたいことがわからなくなって自分探しをしててね。夢幻花の蜜を吸って眠れば本当に自分がしたいことがわかるんじゃないかって思ってそいつを吸って眠っていたんだ。」



「セーフゾーンでもないここでですか!?」



一ノ瀬は驚いて声を上げた。


武器も防具もつけずにセーフゾーンから出るだけでも危険な状態なのに、更にそこで眠るなど正気の沙汰ではない。しかし臼井は



「馬鹿なことをしているってのは言われなくてもわかっている。でもそんな判断をしてしまうくらい俺は自分を見失っていたのさ。」



と言って笑った。まったく笑い事ではない気もするが……。



「とにかく俺は自分探しに決着を着けるために夢を見た。でも夢は俺に答えをくれなかった。夢の中じゃ沢山の可愛い女の子が俺をもてなしてくれたが……俺が求めていた答えはそんな煩悩に塗れたものじゃない!そう思って俺は何度も夢幻花の蜜を吸った。気が付けば自分探しを忘れて女の子に夢中になってた。夢の中だけにな!ってつまんねえか、ガハハハハハ!」



「えーとそれで?白幻花と痺れて倒れていたことがどう関係してくるんですか?」



まったく話が進まないので仕方なく一ノ瀬は質問をした。臼井も話が逸れていたことに気づき元の話に戻る。



「あ、そうそうその話だったな。あれはそう、俺が夢幻花の蜜を吸って六回目の睡眠に入ろうとした時のことだった。急に草むらから初めて見るモンスターが襲って来たんだ。俺は驚きながらもそいつを返り討ちにした。それで……ちょっとそいつが美味そうだったから調理して食っちまったんだよ。」



「食べた!?」



またしても一ノ瀬は驚いて声を上げた。



「初めて見るモンスターだったんですよね?もし毒とかあったら……ってもしかして。」



「そう、そのもしかしてだ!一ノ瀬くんは勘がいいな。あのモンスターの野郎、生意気にも体内に毒を持っていやがった。俺は激しい痺れに耐えながら何とか完食したんだが、その時には全身に痺れが広がっていて身動きが取れなくなっていたんだ。」



「なんで完食したんだよ……。」



一ノ瀬は呆れたように呟いた。


どうやらこの臼井という男はかなり破天荒、というか無鉄砲なようだ。一ノ瀬は



「でも、命に別状がなくてよかったです。もう行きますね、もう変なモンスターを食べたりしちゃダメですからね。」



そう言ってこの場を去ろうとした。


一ノ瀬はもう丸二日間何も食べていない。


とんでもない空腹を解消する為にも一刻も早く第7層のセーフゾーンを目指す必要があった。


しかし……



「いや、ちょと待ってくれ!」



臼井が一ノ瀬を呼び止めた。一ノ瀬は



「どうしたんですか?」



と言って振り返る。もしこれが何かお礼をさせてくれ、という内容だったら一ノ瀬は断るつもりだった。好意は嬉しいが今は先を急ぎたいからだ。そう考えていた一ノ瀬に臼井は



「命を助けてもらって何もせずに別れるわけにはいかない。俺もそこまでろくでなしじゃねえ。恩返しさせてくれ!」



と言った。やはりそう言う話か、ありがたいけど断ろうと一ノ瀬は思ったが……。



「この辺にうまい食材があるんだが俺が調理してやるから食べていかないか?」



「是非お願いします!」



一ノ瀬は脊髄反射でそう叫んでしまっていた。

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