ep.12声の正体

「さて、まずはお前が誰なのかから説明してもらおうか。」



ゴーレムとの戦闘後、本来ならば勝利の喜びを噛み締めてうまい飯でも食べたいところなのだが……一ノ瀬は瓦礫の撤去作業に従事していた。


ゴーレムを倒したからといって、一度崩落して完全に塞がれた帰り道が元通りになるわけではない。


持ち上げられそうな瓦礫はそのまま持ち上げて運び、それが無理そうなサイズの瓦礫にはうまく刀を差し込んでてこの原理で端に寄せる。


そんな地道な作業を繰り返してどうにか人が1人通れる隙間を作ろうとしていた。


そしてその作業中、一ノ瀬は脳内に直接語りかけて来る少女と対話を試みていた。



「初めはイヴかとも思ったが違うんだろ?声はすごく似てるけど……何というかイヴと比べると幼いというかガキっぽいというか。」



一ノ瀬はこの声の主に対して地下層でイヴとしゃべった時とはかなり異なる印象を受けていた。



『私はイヴの……お姉さまの妹みたいなものかしら。ていうか誰がガキよ、失礼ね!これでも400年は生きてるんだからね!』



と声の主は反論する。一ノ瀬はさらに質問をする。



「四百年……そう言えばイヴもダンジョンに閉じ込められて五百年とか言ってたな。俺にくれた不老不死の力と言いお前達はどういう存在なんだ?ダンジョンの地下にいる特殊なモンスターか何かなのか?」



『モンスターじゃないわよ、私たちは不老不死なだけのただの人間。このダンジョンが造られるずっと前から存在した不老不死の種族、唯一の生き残りよ。』



「不老不死なのに生き残り?それって矛盾してないか?」



『まぁ寿命がある生き物ならそう感じるかもね。でも私たちみたいに不老不死ともなるとそもそも死に対する認識も変わってくるのよ。長く生きていると時々とても心が耐えられない様な酷いことが起こる日が必ず来るわ。精神が崩壊して呼吸をするだけの肉の塊になる日が来るの。そうやってを自我を保てなくなった時が私たちにとっての死なの。』



精神的な死、昨日までの一ノ瀬なら全く理解できなかった概念だが今なら少しだけわかるような気がした。


ゴーレムとの戦闘で本来ならば死んでしまうような攻撃を何度も受け、その度に激しい痛みが襲ってきた。


あの苦しみを"三日月を助ける"という目的なしで耐えきれる自信はない。


死んだ方がマシとも思える経験の中で死にたくても死ねない、そんな種族の最後の自己防衛手段が自我と思考の放棄なのかもしれない。



「しかし唯一って表現は間違ってるんじゃないか?イヴと、どこから脳内に話しかけてるかは知らないけど妹のお前がいるんだから生き残りは2人だろ?」



と一ノ瀬は言った。すると少しの間沈黙が訪れて……ゆっくり話し出した。



『唯一よ、私は元々存在していなかった。お姉さまが精神を安定させるために創り出した二つ目の人格なの。』



声色はどこか悲しそうだった。


一ノ瀬は何か言葉をかけるべきかと悩んだが答えを出す前にお話の続きが始まった。



『さっきも言ったけど私たちは不老不死。どんな傷を負ってもどれだけ断食をしても絶対に死なないわ。でもだからといって何も感じないわけじゃない、痛みも空腹も喉の渇きもちゃんと感じる。昔ね、千年以上前にとある王国が世界を跨ぐ魔法を開発したの。その魔法を使って王国はいくつもの異世界に侵攻し、ありとあらゆる富や資源を奪ってやろうとたくらんだ。私たち不老不死の力を持った一族もその王国に侵略され八百年前に全員奴隷にされたわ。』



「世界をまたぐ魔法に、奴隷!? しかも八百年も前から……?」



余りにもスケールの大きい話に一ノ瀬の瓦礫をどける手が止まる。



『奴隷にされてから百年くらいは飲まず食わずで危険な仕事をやらされたわ。さっきも言ったけど私達の一族は何も食べなくても死なないしどんな傷を負っても死なない。どれだけ雑に扱っても壊れない労働力はさぞ魅力的だったでしょうね。』



と声は自嘲気味に言った。



『その時点でも自我を保てなくなった同胞はいたけれど、それでもまだ半数以上は耐えていた。でもある日、生きた人間から強制的に魔力を吸い取る魔法が開発されてすべてがさらに悪い方向に向かった。奴らは私達を魔力を吸い取る部屋に閉じ込めそこから出られないように呪いをかけたの。』



そこまで聞いたタイミングで、一ノ瀬は地下層で出会ったイヴが言っていたことを思い出した。



"わらわはこのダンジョンに血を巡らせるため、ここに閉じ込められた奴隷じゃ"


"ここに閉じ込められてもう五百年"


"わらわはダンジョンの地下層から出られないよう呪いをかけられているんじゃ!"



『理解したみたいね。私達はこのダンジョンに魔力を供給する為にここに閉じ込められたの。ダンジョンを稼働させるには途轍もない魔力が必要よ。なにせダンジョンに生息する全ての生き物は魔力を糧に生きているのだから膨大な魔力が必要不可欠なの。閉じ込められてしばらくの間、イヴ……お姉さまはなんとか孤独と苦痛に耐えていた。でもある日限界が来た。お姉さまの精神が崩壊しかけたその日、苦肉の策として二つ目の人格を作り出したの。』



「二つ目の人格……、つまりイヴは多重人格者だったってことか?」



『その認識で間違いないわ。それから、お姉さまは精神を休ませるために、表の人格を私に任せて永い眠りについた。それからは百年交代で表の人格を担当してきたわ。お姉さまの精神が眠っている時は私が、私の精神が眠っている間はお姉さまがって感じでね。』



「な……!?そんな状況を何百年も……。」



確かにそれならイヴと同じ声で、イヴとは違う喋り方をしていることも納得できるが……。


一ノ瀬は驚きすぎて手に持っていた瓦礫を足元に落としてしまった。


相手は悠久の時を生きる不老不死の生き残り、100年もすればほぼ確実に寿命が訪れる人間とは根本から考え方が異なるのかもしれない。



『それで本来ならあと三十二年くらいはお姉さまの担当だから私はまだまだ寝ていられたはずなんだけどお姉さまにたたき起こされたの。呪いを解いてここから出られる可能性が出てきた、不老不死の血と共にこの人間の精神に入り込み第百層まで導けってね。』



一ノ瀬はやっとこの脳内に響く声の正体について理解した。しかし……



「なるほど、そうやってお前は俺の精神に入り込んで……ちょっと待て!じゃあお前はイヴの体からテレパシーか何かで俺に話しかけてるわけじゃないのか? 」



『違うわ、わたしはあなたの中にいるの。だからあなたの感情とか考えていることも何となくわかるわよ?』



「出てけ!流石にそれは俺のプライバシーを侵害しすぎだ!」



遠くから話しかけているのではなく一ノ瀬の精神に入り込んでいるとするのなら、それは常にトイレや風呂、それどころか思考まで監視されているようなものだ。


一ノ瀬は苦情を述べた。



『出てけって何よ!わたしだって好きであなたの中にいるんじゃないんだからね!ていうかそのぷらいば……?って何なのよ、よく分からない言葉禁止!』



「俺の精神に居候してる癖に生意気すぎる!」



『もしどうしても出て行って欲しいなら早く第100層までいってダンジョンコアを破壊することね!わたしだってお姉さまと離れ離れになって寂しいんだから!』



「また一つ100層を目指す理由ができたな……。」



それからも瓦礫の撤去が完了するまで口論は続き……。



「流石にダンジョンから出られなくするのはやりすぎだろ!」



『それはお姉さまがやったんだから私は知らないわよ!』



「もういい!」



『ふん!』



最後には二人は一言もしゃべらなくなった。


ここまで馬が合わない奴は初めてだ、と一ノ瀬は思った。


そして同時に三日月と初めて会った時のことを思い出した。


声も性格も全然違う二人が重なったのはきっと最悪な第一印象のおかげだろう。


一ノ瀬は少し頭を冷やした。


三日月と仲良くなれたのは間違いなく三日月が一ノ瀬に歩み寄ったのがきっかけだ。


これから第100層まで文字通り生死を共にする相手と喧嘩したままというのも気持ちが悪い。


ここは三日月を見習って一ノ瀬の方から歩み寄るべきかもしれない。


しかし……この空気で切り出せる話題など存在するのだろうか。と一ノ瀬は頭を悩ませるが、不意にまだ聞いていなかったことを思い出した。


一ノ瀬は満を持して沈黙を破り話しかけた。



「そう言えば……おい。」



『……何よ。』



彼女は不機嫌そうだったが構わず尋ねる。



「お前の名前はまだ聞いてない。なんて名前なんだ?」



予想外の質問に驚いたのか、一瞬息をのむような声が聞こえる。そして



『わたしは……お姉さまからは"おい"とか"お主"とか呼ばれていたわ。』



と、心なしか寂しそうな声で返答が帰ってきた。



「イヴの奴、何百年も一緒にいた奴にそれは薄情すぎないか?じゃあまだ名前はないんだな。」



『ない……けど何よこの感情!』



どうやら彼女は一ノ瀬の感情を感じ取ったようだ。



『まさか同情してる!? べ、別に名前なんて欲しくもなんともないわよ!』



彼女はそう言ってごまかそうとするが、一ノ瀬はもう気づいていた。



「俺気づいたんだけどさ、感情とか考えてることが何となく理解できるのはお前だけの特権じゃないみたいだぞ。凄い……こう羨ましいとか寂しいって感情を感じる。お前、ホントは自分の名前が欲しいんだろ?」



精神の中で同居しているのだ、どちらか一方だけが心を読める方がおかしい。一ノ瀬の心情を彼女が理解できるのなら逆もまたしかり、彼女の心情も意識せずとも伝わってくる。



『ぐぅ……勝手に感情を読むのも禁止だから!これが"ぷらいばの侵害"か? たしかに嫌かも……。』



「ちょっと違うけどやっと理解したか、現代社会で最も重視されている価値観を。よし、このままお前って呼び続けるのもやりにくいし俺が名前を付けてやるよ。イヴの妹だし……イヴのシスターでイシスとかどうだ?」



一ノ瀬はぱっと浮かんだ名前を口に出して彼女の反応を伺う。



『な、なに勝手なことしてんのよ!イシス……イシスか。ふん、本当は嫌で嫌でしょうがないけどまぁこれからしばらく一緒にいることになるし、それに名前がないのも不便だから仕方なくその名前を受け入れてあげようじゃない! 別に気に入ったとかじゃないからね!』



もう感情を読むまでもなかった。ここまで分かり易い反応もなかなかない。



「結構気に入ってくれたみたいだな。良かった良かった。」



『だから感情を読むなぁぁぁ!』



一ノ瀬には騒がしい同居人ができた。

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