ep10.声

一ノ瀬は薄れゆく意識の中で微かに、だが確実に誰かの声を聞いた。


 

『全く情けないわね、お姉さまはどうしてこんな雑魚と契約なんかしたのかしら』



何故かどんどん痛みが薄れてゆく。


そしてそれと反比例するように意識は鮮明になってゆく。



『ほら、傷は治してあげたわよ。いつまでも寝てないで早く立ち上がりなさい』



一ノ瀬は目を覚ました。


意識を取り戻した刹那、視界にゴーレムが大きなこぶしが映る。


ゴーレムから一ノ瀬へのトドメの一撃だ。


一ノ瀬は咄嗟に横方向に転がり振り下ろされた握りこぶしを避ける。


そして直ぐに立ち上がりゴーレムから距離を取る。先程まで一ノ瀬がいた場所は地面に大きな亀裂が入っていた。


まさか避けられるとは思っていなかったのかゴーレムは不思議そうに……ゴーレムには表情がないので確証はないが不思議そうに一ノ瀬を見ていた。


まだゴーレムの攻撃によって致命傷を負ってから十秒も経っていない、それなのにも関わらず一ノ瀬の体は完全に回復していた。


どう考えても一ノ瀬の自然治癒力が凄い、では説明がつかない。


この異常な回復について思い当たる節など一ノ瀬はたった一つしかなかった。


地下層でイヴから受けた回復魔法だ。ただここにはイヴはいない、いるのは一ノ瀬とゴーレムだけ……



『よく避けたわ!雑魚の割にはやるじゃない!』



再び声がする、今度ははっきりと聞こえた。聞き覚えがある、この声はまさか……



「イヴか!? どこにいるんだ!」



この声はイヴの声だ。


一ノ瀬はあたりを見渡す、がしかしやはりここには一ノ瀬とゴーレムしかいない。



『ばかばか、よそ見してる場合じゃないわよ!前、前ーー!!』



「うわぁ!?_」



間一髪、一ノ瀬はすぐそこまで迫っていたゴーレムの突進を避けた。


もし声がなかったら間違いなく避け切れていなかった。


九死に一生を得た一ノ瀬は少しゴーレムから距離を取って再度辺りを見渡すがやはりイヴの姿はない。


一ノ瀬は直感で声の主がどこにいるか分かった気がした。


おそらく別の場所からテレパシー的な何かを使っているのだ。


SFでよくある「いまあなたの脳に直接話しかけてます」的なアレだ。



「おい、イヴ。どうやって俺の脳内に話しかけているんだ?ダンジョンの外に出られなくしやがってお前には話したいことがたくさんあるんだからな!」



『今はそれどころじゃないでしょ!あのゴーレムに集中しなさい!またぺしゃんこになりたいの!?_』



「ぐっ、それはたしかにそうだが……。でもどういうことか後でちゃんと説明してもらうからな!」



『いいから、早く集中する!また来るわよ!』



体制を整えたゴーレムが再び一ノ瀬目掛けて突進を始めた。   


この突進を見るのはもう三回目だ。一ノ瀬はゴーレムの突進を転ぶことなく完璧に避け切った。


さらに一ノ瀬にとっては幸運なことにゴーレムは地面の窪みに足を引っ掛け大きく転んだ。


逃げるためにはまたとない絶好のチャンスだ。


一ノ瀬はゴーレムに背を向けて一目散に出口に向け走ろうとする、が……



『ちょっとちょっと!何逃げようとしてるのよ!もしかしてあんた、ゴーレムごときに怖気づいてんの!?_』



脳内に大音量の声が響く。一ノ瀬は



「俺はあいつに殺されかけたんだぞ!?怖気づくに決まってるだろ!」



とすかさず反論する。が、しかし声は納得するどころかさらに騒ぎ出す。



『怖気づくに決まってない!いいから戻って戦うのよ!』



「嫌だ!断る!」



『戦え!戦え!逃げるな!戦え!』



「うるさい!俺の脳内で大音量で騒ぐな!」



一ノ瀬は声を無視して全力で走る。


無策でゴーレムに挑んでせっかく拾った命をどぶに捨てるような真似はしたくない。


しかし……しばらく走ったところでは足は止まった。


一ノ瀬を逃がさないための対策なのか、逃げ道はあらかじめゴーレムによって崩落させられており行き止りになっていた。


一ノ瀬は道を塞いでいる瓦礫の山を動かそうと試みるがやはりびくともしない。



「くそ、ここまでするのかよ!」



一ノ瀬は瓦礫に拳を叩きつける。


このままではすぐにゴーレムに追いつかれて先ほどのように殺されるのは目に見えている。


どこかに隠れてやり過ごそうにも洞窟が崩落し閉鎖されている現状ではそのまま飢え死にするだけだ。


どうすれば生き残れる……と必死に頭を回転させる一ノ瀬に



『もう覚悟を決めなさい、戦う力なら与えられているはずよ。』



と、声が呟いた。


何を言っている、ゴーレムと戦えるわけがないだろうと思った。



「戦う力って、この錆だらけの刀があったところで何ができるってん……」



一ノ瀬は少し気が立って怒鳴りかけたが、右手に握っていた刀の刀身を見て途中で言葉が止まった。


手に握られていたのは錆びたボロボロの刀ではなく、刃こぼれの一つもない美しい半透明の刃だった。



『もしかして今の今まで気が付いていなかったの?』



と頭の中で声が響く。



『余程視界が狭くなっていたみたいね、まぁいいわ。それがその刀の本来の姿よ、その刀は魔法を吸収することで真価を発揮する。さっきあなたが死にかけて血だらけになった時、あなたの血に流れる不老不死の力を吸収して朽ちる前の本来の姿を取り戻したのよ。』



刀はまるで"この世に切れぬ物なし"と言わんばかりに輝きを放っており、刀についてはド素人の一ノ瀬でもこれが普通の刀ではないと理解できた。



「本来の姿……魔法とか吸収とかはよくわからないけど、どっちみちあいつを倒さないとここからは出られない……か。」



刀を一本握っただけでゴーレムに勝てると思うほど一ノ瀬は単純ではない。


もし逃げるという選択肢が残されていたらとっくに逃げている。


しかし逃げが封じられた現状ではもう戦うしかない。



「なぁ、この刀があれば少しは勝ち目があると思うか?」



一ノ瀬は気休めにしかならない質問をした。


正直この刀があったところでゴーレムとの圧倒的な戦力差が埋まった気はしない。


しかし頭の中の声はそうは思っていないようだ。



『少しどころじゃないわ、絶対勝てる!あなたが契約によって得た力は"不老不死"、あなたは勝つまで死なないし死ねない。その刀も同じ、どれだけ折れようが曲がろうがあなたの血を吸うたびに修復され復活する。だから逃げるな、戦え!あなたが進むべき道は血に塗れたその先にしかないのよ!』



なんだか根拠のない自信を貰ったような気がした。もう一ノ瀬は震えてはいなかった。


"不老不死の力"が何かは知らないが余計なことを考えている余裕はない。


生き残るため、つまりはゴーレムに勝つために思考を最適化する。もう死ぬのはこりごりだ。



ドシンッ、ドシンッと重厚感のある音と振動を伴ってゴーレムが迫ってくる。


もうすぐそこまでゴーレムは来ている。



一ノ瀬 宗真は戦うことを決意した。

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