ep.8ギルドカード

外に出れないと気づいてからしばらくの間、一ノ瀬は何度も潜って結界に隙間や壊せそうなところはないか調べた。


しかし、結界には壊せそうなところもなければわずかな隙間すらもなく、一ノ瀬はどうあがいてもダンジョンの外に出られなかった。


結局、五度目の潜水も無駄足に終わり一ノ瀬は途方に暮れていた。



「まずい……これは本当にまずい。」



一ノ瀬はずぶ濡れになった服を絞りながら頭を悩ませた。


一ノ瀬が第100層にあるダンジョンコアを破壊するまで外に出れないと仮定した場合、大きく分けて二つの問題がある。


一つ目はダンジョン内での生活基盤をどうするかと言う問題。ダンジョンの中で一ノ瀬が生きていくためには、ダンジョン内の資源で自給自足をする、もしくは他の探索者に頼んで生きていくために必要な物資を調達する、このどちらかの方法をとるしかない。


だが自給自足という手段は正直取りたくない、ダンジョン内で取れる資源は主に鉱物資源、植物資源、モンスター資源の3種類だ。


これを自力で加工し武器や防具、薬といった探索に必須のアイテムに仕立て上げる技術など一ノ瀬は当然持ち合わせていない。


食料にしたってそうだ。運良くモンスターを倒し肉を手に入れたとして、その肉が人体にとって有害か無害かの判断は必須。しかし探索者になりたての一ノ瀬にはその判断を下すための知識がない。


ならば一ノ瀬の取りうる選択肢は必然的に後者になるが……。



「探索者の知り合いなんていないしなぁ。」



と一ノ瀬は呟いた。


外に出れない一ノ瀬の代わりに他の探索者に食料や武器を買ってきて貰う、この方法を実行するには信頼して取引のできる探索者の協力が必要だ。


足元をみて法外に値段を釣り上げてくるような相手は絶対に避けなければならない。それに、この信頼できる取引相手探しは二つ目の問題にも大きく関わってくる。


三日月にどうやって薬の材料を届けるか、という問題だ。


そもそも一ノ瀬が探索者になったのは三日月の病気に効く薬の素材を見つけるためだ。


ダンジョン内で薬の素材を見つけることができたとして、それらをダンジョンの外に持ち出せないようでは全く意味がない。


そうなればやはり誰かに素材の運搬を代行してもらう必要があり、総額で十億を超える素材の運搬を頼めるのはやはり信頼できる相手だけだ。



「信頼できそうな人を探すしかないか。」



一ノ瀬は乾かした服を着て周りを見渡す。水中洞窟ゲートを抜けた先に広がるこの空間には常にそれなりの数の探索者がいる。そしてその九割はこれから洞窟の奥に入るための準備をしている者達だ。


では残り一割は何をしているかと言うと商売だ。商売と言っても何かを売っているわけではない。武器や防具など、水中洞窟ゲートを通る際に持ち運びが大変なものを保管し、必要とあらば簡単なメンテナンスまで行うサービスを提供していた。


一ノ瀬はまず彼らの中から取引相手を探そうと考えた。ダンジョンの中とはいえ商売は商売、商人とは基本的には客からの信頼を重視する生き物だ。


もちろん全員がそうとは限らないが、最初に声をかける人選としては悪いものではないだろう。


まずは一番近くにあった【預り屋・城戸】という看板がついているプレハブ小屋を訪ねる。


店の前には小さなテーブルと椅子がありそこには筋肉質なスキンヘッドの男が座っていた。右手で煙草を吸いながら左手でスポーツ新聞を読んでいる。


一ノ瀬は、



「あの、すいません。ちょっといいですか?」



と声を掛ける。すると店主は新聞から目を離して



「うん?客かい?」



と言い、一ノ瀬のことをつま先から頭のてっぺんまでじろりと眺めた。


そして



「俺は預り屋の城戸、金さえもらえれば誰のどんな装備でも預かるが……お前さん、そのボロボロの刀以外何も持ってねえじゃねえか。冷やかしか?もしそうなら相手してる暇はねえぞ、俺は忙しいんだ。」



と言った。


なかなかに愛想が悪い、と一ノ瀬は思った。スポーツ新聞を読むくらいには暇だったじゃないか、と言いたくなるその衝動を一ノ瀬はグッと抑え



「実は荷物を預けに来たわけじゃなくて、とある事情で取引相手を探しているんです。良ければ話を聞いてくれませんか?」



と短く要点を伝える。



「取引……?なんだ、言ってみろ。」



と店主が言ったので一ノ瀬は取引の内容を話す。



「いま俺は事情があってダンジョンの外に出られません。だから俺の代わりに食料や装備を外で買ったり、あと俺がとった素材の運搬も……」



「断る、他をあたりな。」



店主は食い気味に一ノ瀬の提案を跳ねのけた。



「どうして!? もちろんお礼はお支払いします。なにも安い値段でやってくれって言ってるわけじゃなくて……」



余りにも早すぎる破談に納得できるわけもなく一ノ瀬は食い下がる。しかし店主は手を前に出して一ノ瀬の言葉を制止し


「お金の問題じゃねえんだ。お前さん未登録の探索者だろ?たまにいるんだよ、外で何かやらかしてこっそりとダンジョンに逃てくる犯罪者が。流石の警察もダンジョンの中は管轄外だしな。ただな、お前さんが何をしでかしたか知らねえし興味もねえが、未登録の奴と取引した奴はギルドから追放されてダンジョンに入れなくなる。俺はそんな危ない橋を渡る気はさらさらねえ。」



と言った。予想外の理由に一ノ瀬は



「な、俺は犯罪者なんかじゃありません!ちゃんとギルドにも所属してます!」



と反論する。すると店主は



「じゃあ証拠を見せてみな。」



と言い一ノ瀬に向けて手を差し出した。しかし……



「証拠?」



一ノ瀬は店主が何を求めているのかわからなかった。ポカンとしている一ノ瀬を見て店主が説明を付け加える。



「ギルドカードだよ、お前さんが本当に探索者なら持ってるはずだろ?」



「あ……」



ここまで言われて初めて、一ノ瀬はギルドに登録した際に貰ったギルドカードの存在を思い出した。


そう言えば受付で"ダンジョン内での身分証明に必要"と言われた気がする。一ノ瀬はポケットの中をひっくり返してギルドカードを探すが見当たらない。


サビタナ洞窟で荷物の大半を置いてモンスターから逃げていたタイミングで落としたのだろう。


店主は、


「どうした、出せねえのか?」


と一ノ瀬を急かす。一ノ瀬は


「ち、違う。……落としただけなんだ!」


と本当のことを話すが信じてもらえるわけがない。


「はっはっは、落としただけか。じゃあ拾ってくるこったな、もしギルドカードを持ってこれたら取引してやるよ。精々頑張るこったな。」



店主はそう言うと、手を振って"帰れ"というジェスチャーをして、再びスポーツ新聞を読み始めた。こうなってしまってはもう取り付く島もない。


一ノ瀬はこの店の店主と取引をすることを諦めて別の店を探すことにした。しかしどの店に行っても反応はほとんど似たようなものだった。



「ではギルドカードをご提示ください。……え、ないの?」



「ギルドカードをだしな。あ!? ない?そんな奴と取引できるか!」


「うーん、疑ってるわけじゃないんだけどねぇ。でもギルドカードがない人との取引はいろいろと不味くてねぇ。」



結局、セーフゾーンにあるどの店も一ノ瀬との取引に応じてくれなかった。途中までは話を聞いてくれたとしても、ギルドカードがないとわかると直ぐに追い払われる。


皮肉なことに、信頼できる相手を探した結果、肝心の自分自身が誰からも信頼されない立場にいたと一ノ瀬は気づかされた。



「こうなったら行くしかないか……。」



一ノ瀬はギルドカードを拾いにいくことにした。

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