第3話 戦い

 蓮は、爆発があった地点に急いで向かっていた。


 その場所に人がいるかもしれないと考えたからだ。あれほどの爆発だ。自然現象とは思えない。


 ここが異世界なのを考慮すると、とんでもない怪物が森で大暴れしているという可能性はある。

 だが、人がいる可能性がある以上、無視はできないだろう。多少の危険は冒してでも確かめておくべきだ。

 

 爆発による土煙は蓮がいる場所から、そう遠くない距離だ。この身体の走る速度なら数分で着くだろう。

 なぜなら――


「普通に走ってるだけなのに、馬より速いんだが……」


 生い茂る木々を回避しながら走ってるため全力は出せないが、それでも前世なら陸上の世界記録を大幅に更新できる速度で走っている。

 この速度なら向かう先に危険があっても、逃げることは容易いだろう。


「やっぱりここは異世界で間違いなさそうだな。どう考えても人間の身体能力じゃない」


 赤い瞳に縦長の瞳孔という奇妙な目も持ってるだけならまだしも、この、人の能力を超越した身体能力は流石に擁護できない。


「それにしても、この世界の人間の身体能力はどうなってるんだ……?」




〜〜〜




 蓮は爆発の発生源と思われる場所に辿り着くと、そこは開けた街道になっていた。


(ようやく人工的な場所に出られたのはいいけど、ヤバそうな雰囲気の男たちがいるな……こいつらがこの爆発の原因か……?)


 街道の真ん中で見るからに怪しい五人の黒装束の男が、何かを地面に押さえつけている。

 ここからだと男が邪魔で何が押さえられているかまでは分からない。


 更に街道の端には倒れた二匹の馬と、横転している半壊した馬車、奥には女が一人血だらけで倒れている。


(……盗賊にでも襲われたのか? だとするなら地面に抑えられてるのは、馬車の持ち主か……)


 この怪しい男たちが馬車の持ち主で、襲撃してきた盗賊を返り討ちにし、地面に押さえつけてるという可能性は流石にないと思うので、そう結論づける。


 そうなると、選択肢は二つ。五人の盗賊を撃退し、馬車の持ち主に人里まで案内してもらうこと。二つ目は何も見なかったことにし、この場から尻尾を巻いて逃げること。


 前者は確実に森から脱出することができるだろう。仮に案内してくれなかったとしても、後を付ければ問題ない。


 ただし、異世界の盗賊という、未知の強さを持つ敵を五人も相手にすることになる。ハイリスクハイリターンだ。


 逆に後者の場合は、森から出られるチャンスを棒に振ることになるが、盗賊に見つかっていない現状、危険なくこの場から離れることができる。


 蓮が逡巡しゅんじゅんの後、選んだ選択は後者だ。


(……まだ森から出られないないと決まったわけじゃない。ここで危険を犯して死んだら、それこそ本末転倒だ)


 流石にまた転生するだろうという楽観はできない。

 これが最後の命と考え、行動することが最善だろう。


 逃げるという選択をした蓮は、内心申し訳なく思いつつも、来た道に踵を返そうとする。

 すると突如、布が引き裂かれるような音が森に響き蓮は足を止めた。何の音だろうか。


「――お願いします……! それだけは、それだけはやめてください……っ!」


 直後、女の悲痛な叫び声が聞こえてきたため、音の正体を察する。


(金品を奪うだけではなく、女を辱めようとしているのか……)


 声質からして押さえつけられているのは、十代後半から二十代前半の若い女だろう。


 流石の蓮もこれには怒りが湧いてくるが、見ず知らずの他人に命を賭けるほど蓮はお人好しではない。


 そう考え、この場を後にしようとすると、不意に蓮の頭の中に朝比奈の顔が浮かび上がってくる。

 そして疑念を抱いた。

 今そこで男に襲われて悲鳴を上げている女が、朝比奈だったらどうしただろうかと。

 今の蓮なら間違いなく自分の事など何も考えずに助けに行っただろう。


 しかし、それが朝比奈と仲を深める以前だったらどうだろうか。

 今襲われている女と同じ、何も知らない赤の他人の時なら、その時なら、蓮はどうしていただろうか。

 答えは分かり切っている。今の様に見捨てていた。

 

 この差は一体なんなのだろうか。


「――朝比奈は他人に興味を持てと言っていたが……それが関係しているのか……?」


 蓮は朝比奈から言われた事、朝比奈へ抱いた感情、それらを思い出し考える。


「……分からないな。でも、俺がやるべきことはそこにある気がする」


 そもそも朝比奈を死なせておいて、自分だけのうのうと二回目の人生を生きるなど、蓮にできる筈がないのだ。ならこの命は自分のためではなく、誰かのために使うべきだろう。


 それが朝比奈への贖罪になるかもしれない。


 そう考え、蓮は拳を握り覚悟を決める。

 そして女を救うために茂みから飛び出した。




〜〜〜




 蓮は女のドレスを破っていた男の背後へと距離を詰めると、後ろから思い切り蹴り飛ばす。

 すると男は声を上げるまもなく、空高く打ち上げられた。


「――な……!!?」


 それを見た他の男たちが仲間が空を飛ぶというありえない光景を目の当たりにして驚愕する。



「……思ったより飛んだな……」


 女から引き離すためにある程度、強めに蹴ったが、まさか人間がロケットの様に空へ飛んでいくとは蓮も思わなかった。

 やはりこの身体の身体能力はどうかしている。


「――ッ!? だ、誰だ貴様!?」


 蓮のひとり言を聞き、再び驚きの声を上げる。

 どうやら、飛んで行った仲間に気を取られて、それを行った張本人である蓮には気付いていなかった様だ。

 だが、直ぐに敵だと認識したのか、四人の男たちは腰の剣を抜き放ち、素早い連携で蓮を包囲した。

 

「答えろ! 貴様は何者だッ!!」


 男たちはいきなり切りかかってくるような事はせず、剣先を突き付けながら再び蓮に何者かと問うてくる。


「何者かと言われてもな……俺も知らん……」


「――ふざけているのか貴様!! 真面目に答える気がないなら今すぐ叩き切るぞ!! もう一度聞く何者だ!」


 何者なのかなど蓮だって知らないのだが。なんせ目覚めた時には知らない男の身体に転生していたのだから。とはいえ、男たちにそれを言っても信じないだろう。


 それにしても、なぜか男たちは相当焦っている。この状況はどう考えても相手が優位に立っている筈だ。

 四人がかりで丸腰の蓮を囲っているのだから。

 しかし、男たちに余裕はない。


 別に狙ったわけではないが、最初の男を空高く蹴り飛ばしたのが相当効いてるのだろうか。

 この世界の人間の身体能力が異常なのだと蓮は思っていたが、男たちの驚きようを見るに、どうやらこの世界でも非常識なようだ。


「――なぜ黙って……いや、待てよ……その瞳の色と髪色……どこかで……」


 そんなことを考えていると、黒装束の男の一人が蓮の顔を見て何かに気付いたのか、目を見開いた。

 そして次第に男の顔色が青白くなっていく。


「ま、まさか、貴様は……龍神……か……?」


「――龍神だって!? そんな馬鹿な話があるか!!?」

 

 男の一人が『リュージン』という単語を呟くと、他の男たちも慌て始めた。

 『リュ―ジン』とは何だろうか。この身体の持ち主の名前だろうか。


「いいや、ありえねぇ! 龍神は魔帝の罠に嵌まり、死んだと聞いたぞ!!」


「……だが、神の称号を持つ者なら、一瞬でザウス隊長を殺ったことにも説明がつく……」


 ザウスとは先程、空に蹴り飛ばした奴の名前だろう。

 にしても『殺った』とは人聞きが悪い。ちょっと空の旅を楽しんでもらっているだけだ。


「確かに奴の目と髪の色は魔帝が言っていた龍神の特徴と一致しているが……信じられねえ……」


「――クソがッ!! じゃあどうしろってんだ!?」


 男たちは蓮に戦慄せんりつする。

 そこまで怯えるなど、この身体の持ち主はよっぽど恐ろしい存在だったらしい。

 それは蓮にとって好都合だ。

 勝手にビビってくれるなら余計な争いをせずに女を助けられるかもしれない。

 そう思い、男たちの交渉を持ちかけてみることにする。


「俺の目的はそこの女だ。大人しく引き渡すなら命だけは助けてやってもいい」


「――ば、馬鹿を言え! こちらの目的もそこの女だ! 相手が龍神だろうと渡すわけにはいかねえ!!」


 そこまで怯えているのに、なぜか男たちは引き下がろうとしない。


「理解できないな。自分の命よりその女の方が大事だとでも言うのか?」


「その通りだ!! 女を連れ帰らなければ、ここでお前から逃げられても、俺たちはどの道終わりだ!!」


 男の言葉にそういうことかと蓮は納得する。女を連れて帰らなければおそらく男たちは殺されるのだろう。いや、男たちの反応を見るに、もしかしたらそれ以上の罰が待っているのかもしれない。だが、それは自業自得だ。


「もういい! 龍神! 貴様も引く気がないということだな!? ならば、これ以上の押し問答は無用だ!! ――お前ら覚悟を決めろ!!」


「――クソ!! やるしかねえのか!!」


「死ねやぁああああああああああ!!!!」


 男たちは各々の剣を振り上げ、蓮に襲いかかってくる。

 蓮は遅い来る剣撃をかわすため、包囲の抜け穴を探すが四方八方からの攻撃にそんな隙はない。


 しかし、蓮はある違和感に気付いた。それは男たちの攻撃が――


「遅すぎる……?」


 蓮は正面の男の遅すぎる攻撃をかわし、相手の腹部に潜り込み思い切り拳を叩き込む。

 すると蓮の拳は男の鳩尾みぞおちを貫通し、男は「ガハッ!?」と口から盛大に吐血する。


「おいおい、マジかよ……!」

 

 自分の拳が招いた結果に、蓮は一瞬唖然とするが、すぐさま拳を男の体から引き抜き、他の三人に向かい直す。

 身体能力が高いとは思っていたがここまでとは。


「――ッ!? 何をしやがった!?」


「クソが!! 速すぎる!! この化け物がぁあああああああああ!!!」

 

 一瞬の内に殺された仲間を見て、男たちの顔は無理解と恐怖で歪む。

 だが、それでも男たちは剣を掲げ、蓮に向かって襲いくる。


「……悪いが、手加減はできないぞ……」


 向かって来る三人に、それだけ言い残し、蓮は拳を振るった。

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