2 ビキニアーマー戦争、開戦

 石畳の広い道を、人々が忙しなく行き交う。


 手紙を鞄に詰めた配達人、食材を買い込んだ婦人、討伐帰りで疲弊した冒険者、どうするか思案顔の鍛冶師……


 俺とマリンは街の大通りへと出かけていた。


 話の真偽を確かめるため、御触書おふれがきを見に行くことにしたのだ。


「言った通りでしょう?」


「ああ」


 俺は頷くしかなかった。それほどはっきりと記されていたのだ。


「本当にビキニアーマーの品評会をやるんだな」


「賞金の話ですよ」


 マリンが冷然と訂正してくる。経済観念のない俺に呆れているのだろう。いや、もしかしたら、こんな会を開いた上に、大金まで出す主催者に対しても呆れているのかもしれない。


「1000万Gもあれば、しばらくは経営のことで悩まずに済みますよ。それどころか、技術力をアピールできるので、お客さんが増えるはずです」


「だが、ビキニアーマーなんて今まで一度も作ったことねえぞ」


 まず鎧自体、剣や斧に比べて製作した経験が少なかった。というのも、防御以外に回避という選択肢もあるから、冒険者は武器に比べて防具を軽視しがちで、そのため鍛冶師も注文を受けることがあまりないのだ。


 その上、ビキニアーマーは、名前の通りビキニのように胸と股だけを覆う鎧である。ただでさえ肋骨に守られていない腹を、わざわざ丸出しにしてしまっているという点では、ただの布の服よりも防御力が低い。当然、こんな防具と言えないような防具を注文するような冒険者など、今までに一度も出会ったことがなかった。


「でも、興味を持ったことくらいあるでしょう? アモン師匠だって男なんだから」


「いや、俺は『ごつい全身鎧を着込んだ騎士が、兜を取ったら実は美女だった』みたいなやつの方が好きだからなぁ」


「マ、マニアック……」


 兜を取る時に、中に収めていた長い髪が肩にこぼれ落ちたりするともっといい。……これ以上続けると、マリンが口を利いてくれなくなりそうなので、この話は黙っておくが。


「それに、ここ見てくださいよ。審査員に親方がいるじゃないですか」


 親方というのはマリンの大師匠(師匠の師匠)、つまり俺の師匠のことである。


 後継者に俺ではなく妹弟子を選んだ、あの師匠のことである。


「腕を認めてもらうチャンスですよ、これは」


 俺が後継者に選ばれなかったのは、「職人ならともかく商人にはなれないから」という理由によるものだった。これは一見すると、商才を批判しているだけにも思える。


 けれど、親方は「職人としては一人前だが、商人としては半人前だから」とは決して言わなかった。まだ鍛冶師としても認めてもらえていなかったのだ。


「ただ審査員に冒険者もいるのがな」


「それがどうかしたんですか?」


「デザインだけじゃなくて、実用性も見るってことだろう。普通にビキニ型の鎧作っても、防御力が低いとかで評価されないぞ」


「つまり、技術力や発想力の勝負ってことですよね。それなら師匠の得意分野じゃないですか」


 優れたデザインを生み出すには、美的感覚を磨き上げ、また流行り廃りに敏感でないとならない。だが、俺は前者はともかく後者の方はさっぱりだった。弟子のはずのマリンから、ダメ出しされることもあるくらいである。ただ今回に限っては、その苦手分野をさほど気にしなくてもいいのだ。


 しかし、だからといって、すぐに話に飛びつく気にはなれなかった。実用性のあるビキニアーマーなんてものをどうやったら実現できるのか、断片的な発想さえ思い浮かんでこなかったからである。


 参加するべきか、それともやめるべきか。御触書の前で、俺は「うーん……」と腕組みしながら考え込む。


 その時のことだった。


「おいおい、まさか品評会に出るつもりなのか?」


 嫌味ったらしい声に、俺は思わず視線を向ける。


 神経質そうな薄い眉と細い目。よく知っている男だった。


「やめておいた方がいい。君のような二流の鍛冶師じゃあ、伯爵の満足するようなものは作れないだろうからね」


 エンスという、俺と同年代の鍛冶師である。いや、豪商の親に頼んで買収を行ったので、今は大工房の経営者でもある。


 ただでさえ商売敵なのに、その上挑発までされて、マリンは腹に据えかねたようだった。


「二流はどっちですか。あなたの店に客が来るのは、質がいいからじゃなくて安いからでしょう」


「それは自分の店に客が来ないのを値段のせいにしているだけだろう」


 だが、工房が潰れるほど仕事がないというわけでもない。どうもそのことが――他の大手ならともかく弱小工房に、少数とはいえ客を取られていることが、エンスには我慢ならないようだった。


 そのせいで、こちらのセールに対してセールをかぶせてきたり、新商品のアイディアを真似した上で安く売ってきたり、これまでにもさまざまな嫌がらせを受けていた。俺が経営に苦しんでいる理由の一端は、エンスにもあったのだ。


「師匠からも何か言ってやってくださいよ」


「『アエリウスブレード』って言ったか? お前んとこの新作、出来が甘いんじゃねえの」


「そうそう」


「アエリウス合金を作る時は、もっとスタニウムの割合を増やさないと脆いままだぞ」


「本当そうです」


「俺が試したかぎりだと、76.6%くらいが一番いい塩梅だと思うんだが」


「誰がアドバイス送れって言ったんですか」


 呆れたようにマリンは大声になる。


 一方、エンスも声に怒気を滲ませていた。


「そんなことは君に言われなくても分かってるよ。ただコストがかかるからやってないだけだ」


 俺が意見したのを、見下してきたと解釈したようだ。経営者としてだけでなく、鍛冶師としても自分の方が上だとばかりに、エンスはそう主張するのだった。


「それじゃあ、わざと質の悪いものを売りつけてるって言うんですか?」


「買えない高級品より、買える粗悪品というだけだよ」


「いいものを安く売ろうとは思わないんですか?」


「商売なんだから利益を優先するのは当然だろう」


 エンスは平然とそう言い切った。


「まさか冒険者の力になりたいとか、危険なモンスターを根絶したいとか、そんな青臭いことを言う気じゃないだろうね?」


「人助けの何が悪いんですか」


 普段は金にうるさいマリンが珍しく正義感を燃やしていた。


 どうやら俺が新人冒険者向けにスライムキラーを開発したことが要因だったらしい。こちらに話を振ってくる。


「そうですよね、師匠?」


「いや、俺も別にそんな立派なことは考えてないが」


「さっきから何なんですか」


 そう言われても本心だから仕方ない。仮に買い手が冒険者ではなく、ただの刀剣収集家だったとしても、俺はおそらく大して気にしないだろう。


「だが、俺はいいものを作りたいとは思ってる。だから、たとえ安く売る品だって、手を抜くような真似はしたくない」


 買い手が冒険者だろうと収集家だろうと、冒険者として成り上がりたがっている浮浪児だろうと、そんなことはどうだっていい。俺はただ、俺の納得いく装備を作るだけのことである。


 マリンは「師匠……」とだけ声を漏らす。エンスも黙り込んでしまう。


 しかし、すぐにまた口撃を再開するのだった。


「それで工房が潰れたら元も子もないだろう。聞くところによると、借地料を滞納しているそうじゃないか」


 この話を聞いた途端、マリンが睨んでくる。「べ、別にまだ潰れるほどじゃあねえよ」と、俺はエンスよりむしろマリンに反論していた。


「客が増えて生産が追いつかなくなってきたから、新しく工房を建てようかと思っていたんだ。だが、すでにある工房を買った方が手っ取り早いかもしれないなぁ」


 借地料の滞納は今回が初めてではない。これまでにも何度も支払いが遅れて、そのたびに地主からお叱りを受けていた。エンスの買収に応じる可能性は十分あるだろう。


「そう心配しなくてもいいよ。場所があっても人手がなくちゃあ意味がないから、君たちのことは雇ってあげるつもりだ。もっとも、僕の下につく以上、採算の取れないものは一切作らせないがね」


 要するに、手抜き仕事の粗悪品を作れ、と言いたいのだろう。お前が作りたがっているようないいものは作らせない、と。


 エンスは俺の工房だけでなく、俺の信条まで潰したがっているのだ。


「その計画は考え直した方がいいですよ」


 そう言って、マリンは御触書を指し示す。


「師匠は品評会で優勝しますから」


 俺はすぐに、「いや、まだ出ると決めたわけじゃないんだが」と訂正する。実用性のあるビキニアーマーに関して、未だに何のアイディアも思いついていなかったからである。


「考え直すのは君たちの方だよ。たった今、僕も品評会に出ることに決めたからね」


 エンスまでそんなことを言い出したので、「だから、まだなんだって」と俺は繰り返す。


 しかし、二人ともまったく聞く耳を持ってくれなかった。


「エンスさんの本気が楽しみですよ。手抜きしたものしか見たことないですから」


「僕も、君たちの最後のオリジナル作品が楽しみで仕方ないよ」


 立場は対立していても、いや対立しているからこそ、同じ考えに至ったらしい。最終的に、自然と二人の声が重なった。


「ビキニアーマー戦争だ!」


 ……言っとくけど、全然カッコよくないからな。

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