第9話 止まらない足

「はぁっ、はぁっ、はぁっ!」


 住民の混乱と悲鳴。

 

 そんな中、俺は走る。

 先ほどから空には砲撃と思われる火線が伸びていて、着々と領主の屋敷の方に着弾していった。

 

 あれは魔獣の仕業なんかじゃない。ゴーレムによる砲撃だろう。


 なぜ今、ここが襲われるのか。

 一体、何に襲撃を受けているのか。

 

 わからない。


 だが、あそこには――領主の屋敷にはマリンがいる。


 俺に残されたたった一人の家族。それを失うわけにはいかない。

 

 そうして屋敷にたどり着くと、幸いにも屋敷自体は直撃を免れていた。

 兵士や使用人が大わらわで逃げ出してくる中に、俺はマリンを見つける。


「マリンッ!」

「お兄! よかった! 無事で――きゃっ!?」


 バコォォン、とまたも砲撃が近くに落ちた。

 それはゴーレムの待機する工房を狙っているように見える。


 マリンを庇うように伏せた俺は、火の手が上がる工房を見て啞然とする。

 

 これが戦争か。

 だが、ゲームでは開戦のきっかけは帝国側の侵略だったはずだ。

 少なくとも、いきなりこの街が襲われるようなことはなかったはずだ。


 それが、なぜ――。

 

「お兄! お兄ってば!」


 マリンの声に俺ははっとする。

 そうだ。こんなところにいては流れ弾を食らうかもしれない。


 すぐに離れた場所に移動して……。


「お嬢様が……! お嬢様が工房の方に行ったの!」

「なんだって!?」

「お嬢様言ってたの! たとえどんなことがあっても、いつまでもお兄を待ってるって……!」


 マリンは俺の胸を叩いて、涙を浮かべて叫ぶ。

 

「だから行ってあげて!」


 卑怯だ。こんなの。

 

 俺は歯を食いしばり、拳を強く握る。

 

 きっとセレスは【ペルラネラ】へ向かったに違いない。

 通信が切れたのも、工房が攻撃を受けたからだろう。


 マリンの次は、自分を人質にして俺を引っ張り出そうっていうのか……!


「くそっ! くそくそくそくそッ!」


 俺は今まで自分の中に溜まっていた鬱憤を吐き散らすように声を上げる。


 あんな女のことなんでどうでもいい。

 ならさっさとマリンの手を引いて、ここから逃げればいい。


 だが、俺は動けなかった。


 頭の中に、ここ数日の幾人もの言葉が反響する。


 ――すごいよねぇ。お父さんとお母さんもあんな風に戦ってたのかな。


 ……そうだよ。父さんと母さんは、立派な騎士だったんだよ!

 俺だって憧れてたんだ! この異世界で、この二度目の人生で、両親みたいな騎士になるのを!

 

 ――貴方が再び私の手を取ってくれると信じています。


 その言葉を聞いて、俺は嬉しくもあったんだ。けど、俺はお前を信じてやれなかった。

 初めて会って、ただそこに居合わせただけの俺を信じてくれたお前を!

 

 ――マスターは必ず、再びここに来る。


 お前はあそこでまだ待っているのか? あの火の中で、お前が選んだ俺のことを……!


 

 俺は猛然と走り出した。

 

 

「くそおおぉぉぉぉっ!」

「お、お兄!?」

「お前は避難しろ! セレスのことは任せろ!」


 俺は馬鹿だ。あんな女のために、砲弾が降ってくるあんなところに飛び込むなんて。

 自分でもどうかしてると思う。


 けど、足が止まらない。セレスの顔が浮かんで仕方がない。


 俺が工房に着くと、既に火の手は工房全体に広がっていた。

 屋根は崩れ、瓦礫が散乱するその奥で、【ペルラネラ】は横倒しになっているのが見える。


 そんな中、技師と騎士たちは煤にまみれてなんとかゴーレムを起動しようとしていた。

 

 みんな、生きようと必死だ。

 そうだ。俺は目をそらしていたんだ。

 

 自分が主人公じゃないから、ひっそり暮らしていこうと思った。

 自分は騎士になれないから、せめて騎士に近い場所で働こうと思った。


 そして、逝ってしまった両親の背中を思うのが辛くて、妹を理由に目をそらしていただけなんだ。

 

『グレン!? 貴様、まさか……』


 瓦礫の撤去をしていた片腕のないゴーレムから声がかかる。

 この声はガヴィーノだ。

 

 「ああ、そのまさかだよ!」


 叫び返すと、ガヴィーノのゴーレムは何も言わずに背後の瓦礫に手を掛ける。

 その先にあるのは【ペルラネラ】だ。


『行け! セレスティア様がお待ちだ!』


 ガヴィーノが作ってくれた道を俺は駆け抜ける。

 火の粉が舞う中、砲撃の跡に躓きながら、俺はなんとか【ペルラネラ】に取りついた。


「俺だ! グレンだ! セレス!」


 だが、反応がない。騎乗席のハッチは閉まったままだ。セレスは中にいるのだろう。

 このままじゃ火の熱で中が蒸し焼きになってしまう。


 どうする? どうすればいい?


 そこで、俺はここを去ったときの言葉を思い出した。


 ――マスター。そのときが来たら、名を呼んでほしい。


 俺は左腕についた腕輪を見る。宝玉に光はない。

 通じるだろうか。いや、そう信じるしかない。こいつが、こいつらが俺を信じてくれたように。


「来たぞ! ペルラネラァァァァァッ!」


 その瞬間、目を閉じていた【ペルラネラ】が開眼し、青い瞳に光が灯った。

 そして被さっていた瓦礫を押しのけて、俺に手を伸ばしてくる。


 その手は柔らかく俺を握り込んだ。


「うおあっ!」


 俺は巨大な手の中で急激な重力と振動を感じて声を上げる。

 それが収まった時、視界が開けた。


 俺を掴んだ手は、【ペルラネラ】の胸に押し付けられている。

 まるで小さな花を愛でる少女のように。または神に祈る聖女のように。


 そして、騎乗席のハッチが開かれた。


 そこには銀髪の少女が立っている。

 何も言わず、ただ微笑みを湛えて。


 いや、それだけではなかった。

 彼女の頬には一粒の涙が伝っていた。


 砲撃がなおも降り注ぐ中、彼女はゆっくりと手の甲を上にして、差し出す。

 

 この手を取れば、俺の運命は大きく変わってしまうだろう。

 だが目の前で涙を流す彼女を見て、その手を取らざるを得ない。

 

 たとえ【凶兆の紅い瞳】の持ち主だとしても。

 たとえゲームにおける隠しボスだったとしても。


 もう目を背けることはできない。


 俺はセレスティア・ヴァン・アルトレイドの手を取り、共に騎乗席へと入るのだった。



  ◇   ◇   ◇



「やっぱり来てくださいましたね」


 暗くなった騎乗席の中で、俺の胸にセレスが顔を埋める。

 俺はその銀髪を控えめに撫でながら、苦し気に言った。

 

「お前がそうするように仕向けたんだろうが」

「まぁ、無粋なお方……。こんなときくらいロマンチックな言葉を使っても罰は当たらないと思いますのに」


 セレスの腕が俺の背中に回される。

 俺はその体をしっかりと抱き締めて、彼女の顔を見た。


 余裕のある笑み。だが、涙を流したあとがくっきりとついている。

 その目端に残る涙を俺は指で掬った。


 すると、セレスの顔が近づいてくる。俺は吸い込まれるようにその唇へと――。


『⚠接近警報、接近警報⚠』


 ――と、それを甲高い警報に邪魔された。


「おい! 空気読め! おわっ!?」

 

 俺がつい怒鳴るが、砲撃の振動で騎乗席内が揺れる。

 

『至近弾多数😵‍💫 熱容量上昇中🥵 早急な対処を推奨🔜』


 どうやらこんなことをしている場合じゃないらしい。

 セレスも「あらあら、仕方ありませんわね」などと笑って前部座席に座った。


 仕方なく俺も後部座席に座ると、暗くなっていた内部に外の映像が投影される。


『マスター認証確認。パイロットの精神同調開始。メインジェネレータ始動』


 音声と共に、俺の脳内にセレスの思考が流れ込んでくるのがわかった。

 

 だが、以前よりも嫌な感じはしない。

 不思議と俺たちの思考は違和感なく絡み合っている。

 

「さて……やるか」

「ええ、参りましょう」


 俺たちは同時にレバーを握り、フットペダルに足を乗せた。


『⚠使用可能な武装を発見、装備を推奨⚠』


 ピッという音がしてディスプレイに強調表示される。

 工房の床に転がっていたそれは、形は剣と銃を合体させたもののようだ。


 動かし方はわかっている。


 セレスの【天武】が、俺の【情報解析】が、今成すべきことを教えてくれるのだ。


『⚠武装:アンスウェラー⚠』


 全長が【ペルラネラ】の身長ほどもある武装を、【ペルラネラ】は軽々と片手で持ち上げる。

 そして、俺とセレスは同時にレバーを引き、騎体を跳躍させるのだった。


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