第5話 牢屋にブチ込まれました

 石造りの床に直に座るのは冷たく、ゴツゴツとしていてケツが痛くなる。

 せめて毛布の一枚でもあればかなり今よりは快適だろうが、そんな贅沢はさせてもらえない。

 

 俺が……いや、俺たちが【ペルラネラ】で魔獣を倒した翌日。

 

 俺はすぐにでも家に帰って妹の無事を確かめたいところだったが、状況がそれを許さなかった。

 街の城壁は破られ、工房の被害は結構なもので、誰もが事態を飲み込むのには時間がいる。

 それに加え、まさか領主のご令嬢と技師がドールを動かして魔獣を仕留めたなんて、そりゃ誰も信じてくれないだろう。

 

 俺は表に顔を出せないセレスの代わりに一生懸命、自分の身に降りかかった災難を説明した。

 

 その結果――。

 

「なんでこうなったぁ……?」

 

 ――牢屋にブチ込まれていた。

 

「そりゃ、セレスティア様を無理矢理連れ込んでドールを勝手に動かしたらそうなるだろ」

 

 俺の言葉へ、鉄格子越しに椅子に座る見張りの兵士がそんな答えを返してくる。

 

「無理矢理じゃない! むしろ俺が乗せられたんだ。魔獣を倒したのもあの女だぞ!」

「嘘をつくにもそいつはちょっと無理があるだろ。箱入り娘のお嬢さんにドールが動かせると思うか? 俺は思わないね」

「思うかどうかじゃないだよぉ。事実なんだぁ! 魔獣の首をヘシ折って笑ってたぞ!?」

 

 俺が身振り手振りで表すと、兵士は笑い声を上げた。

 

「あんまり話を盛るなよ。素直に認めればお前さんがあのドールの騎士になれるかもしれないぜ?」

「いやいやいやいや、絶対無理」

「どんだけ嫌なんだよ」

 

 俺は今でも感覚を思い出す。あの手応えを。

 魔獣とはいえ、生き物が絶命する瞬間の感覚はおぞましいものだった。

 俺は騎乗席に座ってレバーを握っていたはずなのに、手に感じたのだ。

 首の骨が折れる振動や、突き破った心臓から垂れる血の温もりを。

 

「それよりどうだった? セレスティア様は」

 

 いつの間にかあの時のことに耽っていた俺は兵士の声に顔を上げる。

 

「なにがだ」

「お顔だよ。見たんだろ? 滅多に表に出られない上に、いつもベールを被ってらっしゃるからな」

 

 兵士は嬉々として椅子に座り直して聞いてきた。

 

 どうやらセレスは常に人目に晒されないよう配慮されているためか、その容姿ついて噂に尾びれがついているらしい。

 それもかなり極端で、直視できないほど醜悪か、それとも表には出せないほどの美人か、というものだ。

 

 真実は紅い瞳を隠すためだと言えば誰もが驚くだろうが、同時に俺の首も飛ぶだろう。

 俺は仕方なく、当たり障りのない範囲で答えることにする。

 

「まぁ……美人、だったな」

 

 そりゃ……思い返すと胸が高鳴るほどには整っていて、マジで良い香りがした。そして、不意を突かれて塞がれた唇も柔らかく、異物を口の中に入れられたというのに、本能が受け入れてしまうほどのそれは甘く、官能的で――。

 

 と、そこまで考えて、俺は頭を振って意識を現実に戻す。

 

 あんな女のキスに魅了されてしまっているのは、きっと昨日から眠れていないせいだ。そうに違いない。

 たとえどんなに美人だったとはいえ、魔獣を殺して笑う狂気を持ち合わせた魔女だ。ゲームのラスボスよりも強い隠しボスだ。

 

 誰がどう考えても取り込まれれば痛い目を見るだろうとわかる。

 

 わかっているのに、俺の頭の中ではセレスの顔が浮かんでは消えていくのだ。

 そのうち、俺は自分の思考が暴走していくのがわかって、それを止めるために硬い床へゴチンと頭を打ち付けた。

 

「だ、大丈夫か?」

「……気にしないでくれ」

 

 言うと、「そんなになるほど美人だったのか……?」と兵士が勝手に解釈してくれる。

 

 そうだよ。こんなになるほど美人で、怖い女だったんだよ!



 ◇   ◇   ◇



「お、お嬢様!?」

 

 見張りの兵の素っ頓狂な声に、うたた寝をしていた俺ははっとする。

 牢の外を見ると、そこには顔を隠すベールを被ったセレスが現れるところだった。

 突然の来訪に慌てる見張りに、セレスは落ち着いた声で言う。

 

「お仕事の邪魔をしてごめんなさい。少しこの人と話をしたかったの。席を外してくださいますか?」

「で、ですが……」

 

 見張りは俺とセレスを交互に見て困惑していた。

 そりゃ職務上、ご令嬢と罪人を二人きりになんてしたくないだろう。

 

「牢に入っている状態では何もできないでしょう? お願いしますわ」

 

 だがセレスは有無を言わせぬ雰囲気でしていた。

 

「わ、わかりました。何かありましたらすぐにお声をお上げください」

 

 気圧されたのだろう。見張りは念のためか槍を持ってそそくさと牢を後にする。

 そうして彼の足音が去った後、セレスはベールを上げて素顔を晒した。

 その顔は相変わらず美しいものだったが、俺は勢いよく鉄格子を掴んで詰め寄る。

 

「おい……!」

 

 俺は単純にセレスに対してキレていた。顔を晒せないとはいえ、俺について弁護くらいはできたはず。だがセレスはあえてそれをしなかった。

 だからこうして牢屋に入れられているのだ。

 

「あらあら、怖い顔ですわ。私が憎いのですね」

 

 セレスは牢に顔を近づけて笑う。ムカツく女だ。牢屋の中からでも腕を伸ばせば届く距離に彼女はいる。だが、俺が手を出さないことをわかってやっているのだ。

 

「なんで俺が牢屋にぶち込まれてんだ!? 俺はお前に何も強要していないぞ!」

「う~ん……。説明するのは中々難しいですわ。その方が都合がよかったから、とでも言いましょうか」

 

 すると、セレスは人差し指を口に当てて小首を傾げる。

 

 都合がよかったから……? 俺がこんなみすぼらしく罪人扱いされるのがか?

 俺は鉄格子を掴む力を強めて、声のトーンを下げる。

 

「しょせんお前も貴族ってわけだ。俺たちを同じ、人とも思ってない」

「いいえ、言ったでしょう? 貴方は私の居場所だと。もう少し我慢してください。すぐにここから出してあげますからね」

 

 セレスの手が愛おしそうに俺の手に触れる。その顔は慈愛に満ちた女神のようだったが、俺は騙されない。

 この女の本性を、俺は知っている。

 

「信用すると思うか?」

「するもしないも、選択肢がないことはおわかりでしょう? 妹さんのことも悪いようにはしませんわ」

 

 その言葉を聞いた瞬間、俺はついカッとなってセレスの手首を掴んだ。

 細い手首だ。本気で握りしめれば折れてしまいそうなほどに。だが――。

 

「妹に手を出したらただじゃ――ぐッ!?」

 

 なにをされたかわからない。気づけば、俺は一瞬で手を捻られていた。

 手を引いて逃れようとしても、万力で固定されたかのように動かない。下手をすれば俺の手の方が折れそうだ。


 どんな馬鹿力してんだこの女!?

 

「私に触れたかったのですね。大丈夫。すぐに貴方の好きにさせてあげます。でも今はだめ……」

 

 セレスは笑いながらもう片方の手で俺の手をさする。

 

 いや、なに女神みたいな顔で愛でてんだ、完全に関節がキマってるんですけど! 折れる折れる!

 

「ギブッ! ギブアァァァップ!」

「可愛い人……」

 

 くすっと笑ったセレスは、そこでやっと俺を解放した。

 悪魔のような女だ。

 俺は歯を食いしばって目の前のセレスを睨みつける。

 

 結局、俺の命なんて貴族様の手のひらの上というわけか……。


 俺は危うくポッキリいきそうだった腕をさすりながら、ため息をつく。


 そして、その夜。

 頭に巻いた包帯が痛々しい騎士――ゴーレム隊の隊長が来て、俺に言った。


「出ろ。領主様がお呼びだ」

「へっ?」


 嫌な予感がする……。


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