第2話 ペルラネラというドール

 俺の知っている限りのゲームの隠しボスは終盤に突然出てくるセリフもなく、顔も出てこないまったく素性不明の敵だった。

 ただ名前が【凶兆の紅い瞳】となっているだけで、一定の条件をクリアすると戦うことのできるボスキャラだ。

 

 それがまさか自分の働いている領地のご令嬢がそれだったなんて聞いてないよぉ!


「そ、そそそそれでなんでこんなところにいるんだ?」


 俺はどうにか作業に戻るフリをしながら背後にいるセレスへ聞く。

 

 ヤバイ。手が震えてレンチを曲げる方向がわかんなくなってきた。

 時計回りってどっちだっけ? 時計ってどっちに回るんだっけ???


 キコキコと俺自身が油切れの機械みたいな動きになったところを、セレスが不思議そうに覗いてくる。

 

「どうして急に挙動不審になるのですか?」

「ななな、なってないし」


 落ち着け俺! とりあえず紅い瞳に気づいたことを悟られなければいいのだ。

 じゃないと「知ったからには死んでもらう!」とかそういう話もありえる。

 

「ふふ、構いませんよ。この瞳のことですわね?」


 あ、悟られちゃってた。


 俺は仕方なく作業の手を止めて振り向いた。


「……知っちゃいけないことを知っちゃった気がして」

「他言しなければ大丈夫ですよ。まぁ口を滑らせたら、こう、だと思いますけれど」


 セレスは首あたりで手を横に滑らせる。

 実際そうだろうなぁ。嫌なこと知っちゃったなぁ。

 

 そんな俺の内心を他所に、セレスは先ほど問いに返してきた。

 

「そうですねぇ……。ちょっとした冒険をしにきたんですの」

 

 セレスはゴーレムが鎮座するこの工房に目をやって、そんなことを言った。

 そのうち、俺が作業中のゴーレムの脚部に近寄ってきて、小首を傾げる。

 

「グレンは技師なのですよね? こんな夜更けまで……仕事熱心なのですね」

「俺は平民だからな……。残業を押し付けられただけだ」

「平民? 技師学校を出ていないのにゴーレムを扱えるのですか?」

「祝福のおかげで、なんとか」

 

 平民と知って態度を変えるだろうか? まぁ、だいたいの貴族はそうだろうからそれでいい。期待なんてしていない。

 俺は脚部の装甲板を固定しながら言う。

 だが、セレスの反応は予想とは違った。

 

「凄いことですわ!」

 

 俺は大声にぎょっとして振り向く。すると、かなり近い位置にセレスの顔があった。

 

 くそっ、いい香りがするッ! できればやめてほしい。

 

 けれど彼女は目を輝かせて俺に詰め寄ってくる。

 

「学校での知識なしにこの巨大な魔導具を整備できるなんて。他の誰にもできないことをしている自覚はおありかしら?」

「妹を食わせるために、これしかできないからやっているだけだ! それに俺がなんて呼ばれてるか知ってるか? 【雑用のグレン】だ」

「でも、貴方は世界からの祝福を受けて、それを使いこなしている。それは単純なように見えて、とても難しいことですわ」

 

 確かに、俺の祝福を持ってすればゴーレムの全てを修理することは可能だ。

 だが、この世界から送られた祝福が人生で意味をなさないことも多くある。

 

 そう、たとえば――。

 

「――こんな瞳を持つ私と比べれば、立派なことだと思います」

 

 セレスはどこか自嘲気味に笑って、自分の目に手を近づけた。

 

 どうやって彼女がここから隠しボスになるのか、俺にはわからない。

 だが、推測するに彼女は生まれたときから疎まれてきたんだろう。

 

 屋敷から出ることを許されず、いないものとして扱われ、自分の価値を認められない。

 俺の【情報解析アナライザー】がセレスの心中を察する。

 

 生まれついての運命。だが、それは誰にだってある超えられない壁だ。

 

 平民の多くが貴族の下で働いて一生を終えるのと同じように、貴族も有事の際には戦場に立たなければならない。

 俺はゴーレムの脚部の整備を終えると、立ち上がって振り返った。

 

「なら今からに乗って手柄の一つでも立てればいいんじゃないのか?」

「まぁ! それはとても魅力的な案ですわね」

 

 俺が親指で指し示した先には、ゴーレムの体長を優に超える巨体があった。

 けれど、ゴーレムのように武骨な装甲と威圧的な顔があるわけではない。

 

 それはだった。


 金の髪を持ち、青い瞳と異様なまでに整った顔を持つ女性の形をしている。

 それを人は広義に【ドール】と呼ぶ。

 

 古代の技術で作られた、ゴーレムの始祖ともいうべき魔導兵器だ。

 だが、なぜかその容姿は女性の姿をしており、未知の材質で出来たドレスを着ていた。

 

 大きささえ無視すれば、少女が愛でるような人形のように美しい。

 

「【ペルラネラ】……」

 

 セレスが恍惚とした表情でその騎体名を呟く。

 

「土の中に埋もれていたにしては、随分と綺麗なのですね」

「ああ、誰が乗るかはわからんが、なるべく汚れは落とさせてもらった」

「まぁ、これはグレンが?」

 

 目を丸くするセレスに、俺は頷く。

 ドールはゴーレムとは違い、大規模な損傷がなければ整備の必要などない。この巨大な人形は自らの魔力で自らを治癒するからだ。

 だからこそ、表面の汚れを落とすなんていう雑用は俺に押し付けられる。

 それこそ最初は面倒な仕事だと思った。だが、掃除をするうちに俺の祝福のせいか、この【ペルラネラ】の機嫌のようなものが良くなるのを感じ取って、気づけばあらかたの汚れを落としきっていたのだ。

 

「きっと、この子もグレンに感謝していますわ」

「ただの俺の自己満足だ。見返りは求めてない」

「好きなのですね、ゴーレムやドールが」

「まぁ人間よりかは」

 

 短く言った俺の言葉に、セレスが口を手で覆って軽く笑う。

 それは決して悪意のある笑いではない。むしろ俺は自分が肯定されたと感じて、つい余計なことを口走ってしまった。

 

「乗ってみるか……?」

「いいのですか?」

「せっかくの冒険なんだろ? 俺にできるのはこれくらいだ」

 

 セレスの表情からして、この【ペルラネラ】を見に来たに違いない。

 俺はどこか、彼女に自分と同じようなものを感じて、そんな提案をしてしまったのだった。


「まぁ、綺麗!」

「騎乗席は密閉されていたからな。自己修復もあってか、最初から綺麗なもんだった」

 

 俺とセレスはタラップを上がって【ペルラネラ】の胸部から騎乗席を覗いていた。

 

 中にはこの時代のものとは異なるデザインの、質素な色合いをしたシートが前後に二つあり、その両側にレバーやスイッチが配置されている。

 騎士が一人で乗るゴーレムとは違い、ドールは複座なのだ。

 

 噂によれば乗った二人は強制的に心を一つにされ、会話をせずとも意思疎通が交せるようになるらしい。

 古代文明の技術とやらのおかげらしい。どうなってんだこの世界の技術。魔法なの? 科学なの??

 

 そんな俺の心情を他所に、セレスは騎乗席の中に入り、愛おしそうにレバーを撫でる。

 

「数百年のもの間、地中に埋もれて、ずっと眠ってきて……。再び戦いに投じられる。この子はそれをどう思うのかしら」

「さぁな。まぁ、俺なら戦いなんてまっぴらごめんだが」

「戦いは嫌い?」

 

 開いた装甲に身を預けながら言うと、セレスは茶化すように聞いてきた。

 俺は視線を投げてくる彼女の紅い瞳に血を幻視して、顔を背ける。

 

「俺は平穏に生きられればいい……」


 そう、この国はもうじき戦争になる。

 主人公たちのいる王国に対し、帝国が宣戦布告するのだ。


 そうなれば俺たちも戦火に巻き込まれるのか……。

 

「けれど貴方の仕事はその戦いに使う兵器を扱う……。難しいものですわね」

 

 ふぅ、と彼女の吐息が聞こえた。

 見れば、セレスはいつの間にかにシートに座り、もたれかかって上を見上げていた。

 

「なんだか落ち着くわ。お屋敷にいるよりもずっと……。ここで暮らしたいくらい」

「ここじゃ菓子も茶も出ないぞ」

「いいのよ。ぬるいお茶に安物のお菓子を嫌そうな顔で持ち込まれるよりはマシですわ」

 

 俺はその言葉を不審に思い、片眉を上げる。

 セレスはそんな気配を察したのか、ため息をつきながら話を続けた。

 

「私はね。どんな場所でも厄介者なのですよ。使用人は私と目を合わせもしない。辺境伯の令嬢だなんて形だけ。社交界にも出られない私には、居場所なんてないのです」

「だからこんな夜更けに抜け出してきたってわけか?」

「ええ。惨めでしょう? でもこうやって貴方とお話できた。夜の冒険も悪くはないですわ」

 

 どうやら令嬢という立場にあっても、彼女には彼女なりの苦労があるらしい。

 俺は貴族の世界については詳しくはない。

 けれど、今こうして穏やかな表情でシートに座るセレスの顔を見られただけで、自分の行いは正しかったものだと思うことにした。

 その時――。

 

「うおっ!?」

「きゃっ!?」

 

 ――足元を揺らす衝撃と、雷鳴のような轟音に俺たちは声を上げる。

 

 そして鳴り静まった工房の中に、遠くで警鐘を打ち鳴らす音が聞こえてきた。

 敵襲だ。何者かはわからない。だが、地を揺らすほどの何かが襲ってきたのならば、ゴーレムを出撃させる可能性がある。

 

「何事ですか?」

「わからない。けどセレスは屋敷に戻った方がいい。ここもすぐに――」

 

 言いかけて、既に工房の下では待機していた技師たちが大慌てで出てきたことに気づく。

 

「私がここにいることがバレてしまうのはよろしくないですわ」

「……ならここで隠れているしかないぞ? 俺は仕事がある」

「事が終わるまではそうさせてもらいましょう。どうせこの子を扱える騎士はまだいないのでしょうし」

 

 セレスはそういうと、シートにゆっくりと背中を預けた。

 突然の襲撃にも関わらず、その様子は酷く落ち着いている。

 

 肝の据わった女だ……。やっぱり隠しボスだからか?

 と思いつつも、俺はタラップを駆け降りて騎士たちの乗るゴーレムの起動準備に取り掛かるのだった。


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