7.夜の街を歩きました


 ―― ドンッ!!

 

 薄暗い路地を俯きながら歩いていると、前から何かがぶつかり尻もちをついてしまった。

 その拍子に外套の頭巾が外れ、周りの様子がよく見えた。

 

「アイタタタタ……」


 痛むおしりをなでつつ、ぶつかってきたものが何だか確認する。

 それは黒と白の市松模様のスーツと真っ赤なシャツを着た、ターバン頭の金縁丸サングラス、髭モジャ小男だった。


 (いくら何でも個性が過ぎるでしょ……)

 

 転ばされたことよりもその男の外見に唖然としてしまい、何もできない。

 男はビクビクしながら立ち上がると、近くに積み上げてあった箱の影に隠れた。


「おい!こっちに逃げたぞ!」


 大きな声が聞こえたと思ったら、いかにもな柄の悪い破落戸ゴロツキたちがバタバタとやってきた。

 立ち上がりその様子を見る。


 (これ、たぶんさっきのオジサン探してるよね)


 さり気なく箱の方を見るが、うまく隠れていて謎の男の姿は見えなかった。

 やってきた破落戸たちの様子を伺うと、運悪く一番偉そうな(他の人を顎で使ってる)人と目があってしまう。


「嬢ちゃん!妙な格好した男がこっちに来なかったか?」


 全力で頭を横に振り、顔を伏せた。

 今更だが、目を合わせたらいけない人たちだ。


「そうか……見てないなら仕方ねぇ。まぁ、もうアイツはいいや!」


 突然腕をつかまれ、驚いて顔を上げた。

 男は下卑た笑みを浮かべながら、エリアーナを値踏みするよう眺めている。

 ゾワッと鳥肌が立った。

 周りにいた破落戸たちも「ゲヘヘ」という擬音がぴったりの笑いをこちらに向けていた。

 

「親分!こんな上玉滅多にお目にかかれネーですぜ。顔も肌もお貴族様かってくらい一級品でさぁ!」

「外套でわかりづらいが、身体もイイもん持ってそうだぞ……」

「ここまでウマそうな女、娼館にもいやしねーよ!親分、飽きたらでいいんでオレらにもオコボレお願いしますよ」


 舌なめずりして、鼻息荒く近づく男たち。

 耳の奥でキーンッと音がして、エリアーナは目を閉じた。

 周りの音が一瞬、遠のく。


「譲ちゃん、すーぐ天国にイカせてやるからなぁ……」


 腕を掴んでいる男が耳元で何か言っていた。

 熱くてヌメッとした気持ちの悪い感覚が頬にする。

 それが男の舌だと認知したと同時に、目の奥、頭の中で、何かが千切れた。

 恐怖や嫌悪よりも、エリアーナを支配する感情。

 それは……。


彼奴きゃつらよりあふれ出よ ≪湧水フォンス≫」

 

 座った目で淡々と魔法を放った。

 開かれた目からは完全に光が消えている。

 無表情なエリアーナとは対照に、目の前にいた破落戸たちはうずくまったり、倒れて七転八倒したりと、苦悶の表情を浮かべていた。

 彼らの口からは止めどなく水が出ている。


「今おじさんたちの肺から水が湧き出てるのね。

 だから息できなくて苦しいでしょ。

 でもね、私も今苦しいんだ。

 ……昨日何もかもなくしたの。

 だけど、代わりに失ってた大事なもの前世の記憶取り戻したのよ。

 だから頑張ろうって、自分一人でも幸せ見つけてやる!

 って、ない知恵絞って色々やってみたの」


 息ができず、顔色が青紫の男たちに語る。

 聞いているわけなかったが、そんなことは問題ではなかった。


「でもこの世界わからないことだらけ!

 トウモロコシが魔物ってなに?

 金稼ぎたくても方法見つからんし!

 変なオッサンたちにセクハラされるし!

 異世界転生なのに、チートが微妙過ぎでしょ!

 水魔法以外何も取り柄ない!

 目立つから外套外すこともできない!

 人望も金もなさ過ぎ!

 開始即終了になっちゃいそうなんですけど!

 この異世界の神、マジで○ねやーーー!!!」


 夜空に向かった大声で叫ぶ。

 星が煌めくだけで、当たり前だが何の反応もない。

 フーッと息を整え、足元の男たちにかけた魔法を止める。

 彼らの意識はすでになく、間違いなく死にかけていた。


れ出た命の欠片よ

 在るべきところへ逆流せよ ≪大回復マグ・レクーティオ≫」


 息を吹き返した男たちは勢いよく咽て、大量の水を吐き出した。

 その様子を白けた目で見ているエリアーナ。

 男たちはそれに怯え、一目散に逃げて行った。


(水魔法どんなに使えたって、それを役立てられる場所がなきゃ意味ないよ……)

 

 冷静さを取り戻し、周囲を見る余裕ができた。

 やっと自分が危険そうな場所に入り込んでいることに気づいたのだった。

 外套の頭巾を被り直す。

 特大のため息をついて、宿に帰るため黄金スマホをベルトバッグから出した。

 地図を開こうと一覧を見ていたら、ヌッと視線の先にターバンが現れた。


「オジョさん!助けてクレテ、ありがとネ!」


 甲高い声が前世で見たアニメの、目玉の人の声そっくりで吹き出しそうになる。

 目の前の小さいオッサンは体についた埃を払う仕草をしていた。

 でかいターバンのせいで体のバランスがおかしく見える。

 チマチマした動きがツボに入り、笑いそうになるのを口の内側を噛んで必死に我慢した。

 彼は別に笑わそうとしているわけではない。

 笑ったりするのは失礼だ。

 

「まーっタク!不良品おろすカラ、文句言いに言っタラ、逆ギレされタヨ!護衛はられるシ、大損ダヨ!」

 

 おそらくプレシアス王国で話されている言葉と違う言語圏の人なのだろう。

 発音や語尾が独特だった。


「……よくわからないけど、災難でしたね。じゃあ、私は一刻も早くここから去りたいので失礼します」


 急ぎ足で去ろうとするが、目の前をターバンが右に左にと邪魔をする。

 戸惑い下を見れば、オッサンがこちらに満面の笑みを向けていた。


「アナタ、恩人!お礼するヨ!着いてキテ!」


 そう言うと、ターバン親父はトコトコと狭い路地を進んでいった。

 一瞬無視して帰ろうかと思うエリアーナだったが、謝礼目当てに素直についていく。

 

 少し歩くと、路地を抜けた。

 その先は前世でも今世でも見たことがない、完全にお子様立入禁止エリアだった。

 ピンクやら紫やらのいかがわしいあかりの店。

 路地に立つ、怪しくも美しい女に男、獣人やエルフなどの亜人もいる。

 それに群がる人、人、人。

 下品な笑い声や掛け声、むせ返るどぎつい香水の香りに酒と下水が混ざったようなニオイ。

 視覚、聴覚、嗅覚も何もかもがカオスだ。


「オジョさーん!こっちヨ!ついてきてネ」

 

 ターバン親父は赤い扉が目を引く屋敷へ入っていった。

 庶民の家とは思えないほど大きいので、ターバン親父は大商人金持ちかもしれないと、謝礼金への期待が膨らむ。

 ドキドキしながらターバン親父のあとに続いた。


「な、な、ナンデスカこれ……!」

 

 一瞬で顔が熱くなった。

 急いで手のひらで目を覆う。

 屋敷のなかは直視できないような光景が広がっていたのだった。 




 

 

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