5.格安スマホを買いました

 

 目の前には巨大なアーチ型看板が立っている。

 『カエデ通り市場』

 どこへ向かうか決めるためにもこの国の地図が必要だと思い、市場までやってきたのだ。


 通りの両端には屋台や露天が所狭しと並んでいた。

 まだまえこく9時前だが、すでにたくさんの人で賑わっている。


(食べ物、道具、雑貨も、本当いろんなものが売ってる。服も異国っぽいものから型落ちの貴族のドレスまであるよ。魔導具に、あっちは本や魔導書かな?見てるだけでも楽しい!)


 生まれて初めて訪れたTHE異世界の市場に興奮するエリアーナは本来の目的を完全に忘れていた。

 追い込まれている自覚がなさ過ぎるのは、前世の楽天的な性格が災いしている。

 あっちを見てこっちを見てと、時間を忘れてウィンドウショッピングを楽しんだ。

 少し歩き疲れ、早めの昼食を取ったあと、再度散策を始めたときだった。


 (え!?これは……)


 衝撃のあまり動きが止まる。

 前世でおなじみ『スマートフォン』が屋台で売られていたからだ。


「お!嬢ちゃん興味あるかい?

 うちのスマホは性能抜群、デンチのちもグーンと長いよ!

 充伝じゅうでんは魔石であっという間だ。

 最新式から廉価版まで何でも揃ってるからぜひ見ていってね」


 家電大好きおじさんみたいな雰囲気の店主が、気さくに話しかけてきた。

 人は驚くと、開いた口が塞がらなくなる。

 ……本当に、塞がらなくなる。


 「お、おじさん……これは『スマートフォン』ですか?」


 今いる『プレシアス王国』は、剣と魔法のファンタジーな世界にあるはず。

 ファンタジーにテクノロジー投入とは、世界観キラーもいいところだ。


「すまーとふぉん?何だいそりゃ。

 これは『刷込すりこ式魔導書保管版しきまどうしょほかんばん』略してスマホさ。

 今時スマホを使わないなんて、神殿関係者か絶対紙本主義のお貴族様くらいだよ。

 どうだい、実物触ってみて便利だと思ったら買って損はないよ!」


 おじさんは笑いながらはスマホの使い方を教えてくれた。

 スマホは中に魔導本魔導書化した本を入れられ、図鑑や地図、人気の小説や写し絵(この世界の写真)など、入れられるものは多岐にわたるらしい。

 魔導本は街の書店で扱っていて、実際の本を買うより場所を取らないので、庶民の間では結構定番なんだそうだ。


「スマホの内部には伝導式蓄魔力箱でんどうしきちくまりょくばこ、略してデンチっていう薄く平たい箱が入っていてね。

 中魔石1個を裏蓋に載せて充伝じゅうでんすれば、1ヶ月は使えるすぐれものさ!」


 おじさんは目をキラキラと輝かせて説明してくれている。

 エリアーナの目も同じくらいギラギラと輝いた。

 

「初めて使うなら廉価版でもいいかもね。

 何冊も入れられないけど、5冊はいけるよ。

 本体だけなら金貨2枚だから嬢ちゃんでも手が出せる価格だろ」

 

 

 今後街を出て旅をするなら紙ベースの使い慣れない地図より、前世で使い慣れたグー○ルマップのような地図のほうがいいに決まっている。

 

 おじさんいわく、道案内機能がついてる地図もあるそうだ。

 


 「ただ、図鑑や地図は高いよ!安いものでも金貨5枚はくだらない。道案内機能付きの地図なら、50はするね」


 全財産でも足りない。

 泣く泣く諦めるか……。

 ため息をつきつつ、屋台を去ろうとした。


「譲ちゃん!そんな悲しそうな顔しないでよ。こっちにあるのは中古のだから、すでに地図が入ってるのもあったと思うよ。よかったら見てみて!」


 台の上にはたくさんの中古スマホがあった。

 1つずつ見ていくが、の地図が入っているスマホは見当たらない。


 (諦めるしかないか……)


 ため息も2度目となると、落ち込み具合も2倍になる。

 肩も落ち、もう探す気も起きない。


 (ん?この木箱はなんだろう)


 落ちた視線の先、台の下に木箱があった。

 その箱の中にも、たくさんのスマホが乱雑に積まれていた。


「そこにあるのはワケあり品さ。

 どれでも全部銀貨1枚でいいよ。

 もう寿命で充伝じゅうでんできないから、今あるデンチ残量が終わったらそれきりの使い捨てだよ。

 デンチの中身の『魔法苔』が大体2年くらいでダメになっちゃうからね。

 デンチの交換もできないし仕方ないんだけど、もったいないよね」


 そう言うと、店主は他の客の接客へ向かった。

 先程の言葉を聞いて、試してみたいことを思いつく。

 箱の中からキズが余りついていなく、高級そうな見た目のスマホを探した。

 たくさんのスマホを掻き分けた先、奥底にそれはあった。

 輝くボディがまぶしい、成金趣味全開の『黄金色のスマホ』だ。

 それを手に取る。


 (おじさん、ダメになったら買い取るから!)


 エリアーナは元な聖女だ。

 生き物なら何でも治す自信があった。

 デンチの中身は生命体

 チラッと店主の様子を伺う。


 (よし、おじさんがお客さんの対応に集中してる今ならいける!)

 

 スマホに向け、欠損すら治す大回復魔法をかけた。

 さらに魔力譲渡を試みる。

 エリアーナは歴代聖女一の魔力量を誇っていた。

 こんなの余裕なのである。

 はたから見たらスマホにコソコソ話しかけている怪しい人だが、そんなこと気にしている場合ではない。


 (……これは!)


 デンチ残量が7から100になっていた。

 実験は成功だ!

 しかしそれを顔に出したら絶対銀貨1枚では買えなくなるので、しれっとした顔で黄金スマホを操作した。


 (スマホに入ってる魔導本は……)


 魔物モンスター図鑑と動植物図鑑(各分布図付き)

 地図(道案内機能付き)

 プレシアス王国街角素人娘大全集(エ○本)

 【写し絵で紹介!】人気娼館体験記(エ○本)

 ねこ獣人メイドはご奉仕に夢中♥(エ○小説)

 人妻騎士は庭師の愛撫に乱れ咲く(エ○小説)

 etc(エ○本、エ○小説)


 (わー。容量いっぱいまでエ○関係入ってる。逆にすごいよ、ここまで来ると)


 図鑑も道案内機能付きの地図も入っている、願ったり叶ったりの逸品だ。

 たとえその他の魔導本がエ○のみだったとしても、これは買いだ!

 これを持つことで、確実に乙女として何か失うが、気にしたら負けなのである。

 

 「おじさん!この使い捨てスマホ1つください。お金ここに置いておくので、お願いします!」

 

 接客中の店主が目で了解してくれたので、銀貨1枚を置いて脱兎の如く屋台を去った。

 黄金スマホはエリアーナの手元で輝いている。


 

 


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