VRMMO《Gears Belt》-姉妹で攻略するポストアポカリプス-

へいん

陽はまた昇るがフォーリンスターは昇らない

確固たる決意だって妹の前では容易に揺らぐ

 フルダイブ技術が発達し、仮想現実が当たり前になって早数年。

 このたった数年で、ある一人のゲーマーがフルダイブゲームの歴史に名を刻み、伝説となった。


 彼の名は『リューセイ』と云う。

 リューセイは数多のフルダイブ型VRゲームにおいて輝かしい功績を残し、時にはゲーム世界そのものを破綻させかねないほどの暴れっぷりで世間を大いに賑わせた。


 彼の魅せるプレイングは多くを魅了した。

 時代の寵児に相応しい神懸かったアクロバティックなアクションスタイル。

 戦いながら相手を皮肉って笑いものにするトラッシュトーク。

 思わぬアクシデントさえ味方に付けてしまう運命力。


 トラッシュトークをやり過ぎて敵も多かったリューセイだが、それでも彼はVRゲーム界隈において、その名を知らぬ者がいないと言われるほどに勇名を轟かせていた。リューセイが表舞台から姿を消して三年が経った今も彼の復活を望む声が後を絶たないことからも、その人気と名声の凄まじさが分かろうというものだ。


 そう、リューセイは三年前に、ゲーム世界から忽然と姿を消していた。

 リューセイが当時プレイしていたゲームもある日から、ぱったりとログインが途絶え、そのままずっと行方知れず。当然ネットではリューセイ死亡説が流れたりもした。よくある話である。


 リューセイは、リアルに繋がるような情報は一切漏らさないし臭わせたりもしないくらい、ガチガチにガードを固くしていた。お陰で彼が本当はリアルで何をしているのか……年齢も職業も、そして本当の性別・・・・・すらも、ネトゲのフレンドたちですら誰一人として知らないままだった。

 以降はただただ憶測と推測と希望的観測がネットの海を漂うだけとなる。


 こうしてリューセイは数えきれないほどの逸話と共に過去の人となり、もう二度と誰も触れることの出来ない伝説の人となったのであった。





 ………………以上が、私の黒歴史の紹介である。





 リューセイが今どこで何をしているのか。

 その答えを知っているのは、世界で私ただ一人。

 元リューセイ――そして現在はどこにでもいる普通の女子高生の私だけ。


 きっと誰も想像すらしていないだろう。

 世間一般的には男だと思われていたリューセイが、まさか本当は女の子だったなんて。しかも優雅にティータイムを楽しむ淑女だなんて。可愛いものと妹が大好きな、花も恥じらう乙女だったなんて――本当に誰にも知られてなくて良かったと、心の底からそう思う。


 なにせ私にとって、煽りプレイ上等だったリューセイは黒歴史なのだから。

 あんな煽りカスと、この私とが=で結び付けられるのなんて我慢ならないしね。


 

 そういうわけで、今の私はただのヒト。

 他の何者でもない、つまらない路傍の石なのである。



 

 


 ◆◆◆◆



 



「アキねーちゃ! ゲーム!」


 日曜日。

 私の優雅なティータイムは、唐突に終わりを告げた。

 眼前には、今が一番騒がしい盛りの小学二年生の女児。


 この言葉足らずの舌っ足らずなバチクソカワイイ生命体は、何を隠そう私の妹だ。

 名前は楠木くすのき真冬まふゆ。宇宙一カワイイ生き物である。


 ちなみにアキねーちゃとは私のことだ。

 私の名前は楠木くすのき秋星あきほ、どこにでいる普通の女子高生。


 花の女子高生がせっかくの日曜日に家で何をしていたのかと言うと、炊事洗濯掃除と家のことを色々やっていたのである。うちは両親が2人揃って海外出張で不在なので、仕方なく私が家のことを切り盛りしてるのだ。もう一人上に姉がいるが、そっちはそっちで根無し草の風来坊みたく家に滅多に帰ってこない。


 そんなこんなで日曜は朝から大掃除したり、溜まった洗濯物をズバッと片付けたりと、それなりに忙しかった。で、午後になってようやく余裕が出来たので、まったりお茶を楽しんでいたというわけだ。……昔の黒歴史を振り返ったりしながら。


「アキねーちゃ!」


「ああ、はいはい」


 短い平穏だったなあ。

 妹のためなら別にいいけども。

 紅茶が冷めないうちにグイっと飲み干してカップを置いた。


「それで? ゲームがどうしたの? フユちゃん今のところ主語しか発してないからね」


「アキねーちゃと一緒にゲームする!」


 なるほど。

 お姉ちゃんと一緒に遊びたくてそんな必死にピョンピョンしてるのか。

 カワイイかよ鼻血出て来たぜ。


「じゃあツイスターゲームでいいかな? いいよね? お姉ちゃんツイスターゲーム大好き、妹と合法的に接触出来るからね。じゃあ先行はフユからね」


「ちがーう!! フユがやりたいのはぶいあーるのやつ!! あとツイスターきらい!」


「VRゲーム? ……VRかぁ」


 ツイスターはお気に召さなかったらしいので、折角広げたサークルマットを丸めて隅っこに追いやる。それにしても真冬がVRゲームに興味を持つ日が来るとは……むしろついに来たと言うべきか。


「フユもお年頃ってことね……私が初めてVRゲームに嵌ったのもこのくらいの歳だったっけか」


「アキねーちゃ、なんだかおばあちゃんみたいだぞ」


 誰がおばあちゃんだ。


「よかろう、秋お姉ちゃんのおさがりVRマシンを進呈しようではないか」


「やたー!」


「それでフユはどんなVRゲーをやりたいのかな?」


「これ!」


 フユがどこからか取り出したタブレットの画面を、ぐいーっと私の顔に押し付けてきた。画面にはゲームの紹介PV。タイトルは――


「――GearsBelt」


 なんというか、タイトルから鉄錆の臭いがしてきそうなゲームだ。

 とても女の子らしくない、実に男の子趣味な真冬らしいチョイスとも言える。

 とりあえず私の顔の油が付いたタブレットをティッシュで拭いてから、PVを再生してみることにした。



 以下ゲームの要約。


 GearsBelt(ギアーズベルト)とは。

 地球とは違う別の惑星。そこに住まう人類は、謎の異次元生命体アンヘルによって滅亡の危機に瀕しているらしい。そんなポストアポカリプスな世界観で、プレイヤーは対終末用汎用兵装アンチドゥームズウェポンである『ギア』を装着し、アンヘルと戦うための戦士ギアーズとして生きていく……というゲームだそうだ。


 ポストアポカリプス系かぁ。

 また随分とハードなジャンルを選んだもんだ。

 まずそもそも絶対に間違いなく子供向けではない。


「これ対象年齢いくつのゲームなの」


「15!」


「フユは何歳?」


「15!」


「嘘を吐くな小学2年生。15歳だったら私と同学年だ」


「でもやりたーい! フユも腕をぎあにして、かいじゅーと戦いたいぞ!」


 ギアーズベルトのメイン兵装らしいギアは、PVを見る限り腕や脚を機械の義肢に換装するタイプのサイバネ的な装備のようだ。男子がこういうの好きだってのは知ってるが、我が妹の趣味嗜好は私が思ってるよりずっとそっち寄りだったようだ。まさかここまでとはね。お姉ちゃんびっくり。


 だがそんなことは些末な問題だ。

 対象年齢……については、私だって散々過去に無視してきたし、このご時世にそんなもの律義に守ってる真面目な人間はあまりいないから良いとしよう。このゲームの一番の問題は、ジャンルがVRMMORPGというところにある。


「フユ、非常に残念なお知らせがあるのだけれど、私はVRMMOはもうやらないって決めてるの。やるなら一人でやりなさい」


 愛する我が子を谷底に突き落とすライオンの気持ちになりながら、真冬の要求を突っぱねる。申し訳ないがVRMMOだけは――というかオンライン要素のあるVRゲーはNGなのだ。これだけは譲れない。


「やだ! アキねーちゃと一緒じゃなきゃやだ!」


「ダメなものはダメなの」


「なんで!」


「お姉ちゃんは忙しいから。時間泥棒のVRMMOなんてやってたら、家のことが何にも手に付かなくなっちゃうでしょ」


 私がもし、かつてのように・・・・・・・VRMMOにドハマりしてしまったりしたら、その時はこの家の家事が全て崩壊すると思っておいた方がいい。


 家の中はそこらじゅう埃だらけのゴミだらけ。洗濯物は無限に山積みになり、着る服は毎日皺だらけで変な臭いが染みついているものばかり。挙句に食事は毎日三食カップラーメンとなるだろう。想像するだけでも恐ろしい。そんな環境じゃ私のカワイイ妹が健やかに成長出来ないではないか。そう思ったから私は両親が不在となった折に、デジタルゲーム全般からすっぱりきっぱりと手を引いたのだ。築き上げてきた栄光を全て放り投げて。


 だから今更VRMMOに復帰するなんてあり得ない。

 少なくとも両親が帰って来るまではダメだ。


「私は絶対に絶対にぜぇーーーーーーーったいにやらないから、VRMMOなんて」


 私は私の確固たる意志を伝える。

 すると真冬が、


「おねーちゃん……」


 と上目遣いになって、


「一緒にあそぼうよ……」


 と可愛くおねだりしてきた。


「かはっ!」


 私は吐血した。


 なんて恐ろしい……私は妹が恐ろしい……!

 コイツ、自分がカワイイってことを自覚してやがる!

 可愛さを武器に誘惑してやがる!


 くそぉ……こんな攻撃に負けるな私……!

 耐えるんだ……!


「いいよ」


 無理でした。


「やたー! アキねーちゃすきー!」


「えへへ」


 そんな感じで私は引退したはずのVRゲームに復帰することとなった。

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