話し合い

 飛竜、それはこの世界に存在する生き物。魔王から生み出されたと考えられる魔物とは異なり、遥か昔から人々の生活と密接に関わっている。時には人々に使役され、戦や移動手段として重宝される彼らだが、本来の性質は非常に獰猛である。


 「飛竜の群れの討伐」


 実物を見たことが無いリクにでも、その飛竜の群れと戦うことが如何に厳しいものなのかは理解しているつもりではいた。それでも、冒険者歴が長く、他の冒険者との関りも深いエリックの仲間達はリク以上にその厳しさを理解していた。


 「私はいいけどね。飛竜の群れ相手とか、滾るじゃん」


 鋭い歯を見せながらニヤリと笑うミゲリア。元来好戦的な気質を持っている獣人である彼女にとって、同格以上の相手と戦うのは楽しみでしかない。


 「わ、私は、少し不安かも」


 逆にリクを除いたこの中で、冒険者としての経験が最も少ないシルアは、飛竜と戦うことを想像するだけで不安がこみ上げる。


 「俺だって、不安が無いわけじゃない」


 この中で最年長であり、経験も豊富なガーボンは険しい顔をしているが、そこから不安の色はあまり見えない。彼の精神面での強さはこのパーティにとっての安定剤となっている。


 「――だが、失敗するのを想定して、依頼を受けるお前じゃないよな、エリック」


 「もちろんだよ。僕達なら勝てる。そう思ったから皆に提案したんだ」


 ガーボンが信頼の眼差しを向け、他の3人が視線をエリックに向けるが、微笑みながらもどこか真剣さを漂わせるエリック。


 「今までの僕達なら、難しかったかもしれない。それでも僕達には、新しい仲間ができた」


 エリックの言葉に全員が視線をリクに移す。周りの視線を受けたリクは、苦笑いを浮かべる。


 「ちょっと荷が重すぎないか?」


 「そうよ、エリック。私達は、まだリクと一緒に戦ったこともない。連携だって、ちゃんとできるか」


 リクの言葉にシルアが同意し、少し重い空気が流れる。現状ではエリックとミゲリアは依頼に積極的。リクとガーボンは中立。シルアが消極的といった状況だ。


 「リク、パーティを組んで戦闘をした経験はあるのか?」


 「少しはあるが、ほぼ無いと言ってもいいかもな」


 リクの言葉を受けガーボンが目を閉じ考え込む。


 「そいつなら大丈夫よ、ガーボン」


 「なぜそう言える。分けを聞かせてもらおうか」


 意外にも、そこに助け舟を出したのはエリックではなく、ミゲリアだった。


 「こいつの戦いを昨日見たの。それですぐに分かったんだけど、こいつは戦闘の中での判断速度が異常なのよ。だから臨機応変に対応が求められる対集団戦には抜群ってわけ」


 昨日の模擬戦を興味本位で訪れ、偶然リクの戦闘を見たミゲリアの中では、彼の戦闘能力には疑いは無かった。因みにモルドが嫌いなミゲリアは、モルドが優勢になったらすぐにでも帰ろうと思っていたので、仮に相手がリクでは無かったら即座にその場を立ち去っていただろう。


 「――信じていいんだな」


 「はっ、私の事を信用できないってわけ?」


 仲間の言葉を聞き、再び少しの間考えるガーボンだったが、そこまで時間がかかることも無く目を開ける。


 「わかったよ。もう俺は反対するつもりはない」


 「ありがとう、ガーボン。シルア、まだ不安かな?」


 依頼の受注にガーボンが賛成の意思を示したことで、エリックはシルアに意思を確認する。


 「私はまだリクの事は分からない。あのモルドを一方的に倒したって聞いたから、実力は本当なんだと思うよ。それでも私は見たわけじゃないから」


 本来なら十分な実力はあるのだが、戦闘の事になると精神面の弱さ故に失敗することが偶にあるシルア。そんな中で彼女はリクの事を信じたいが、今の彼女にはまだできないでいた。


 「でも、リクの事を信用してる皆を信じる事なら、私にもできるかな」


 「そっか、ありがとうシルア」


 シルアも実質的に前向きな姿勢を示したことで、話し合いは終わりへと向かう。


 「で、一応確認なんだけど」


 エリックはこの話し合いで、依頼を受注する理由になったと言ったにも関わらず、これまで話し合いにあまり参加していなかった人物に再度視線を移す。


 「――大丈夫だよね、リク?」


 「……それ、今聞くのはずるくないか?」


 一度は意見が割れたが、リクも含め、結果的に全体での意思が統一されたことによって、この話し合いは終わりを迎えたのだった。




 * * * *




 「そう言えば、さっきは悪かったな」


 「ん?何がよ?」


 依頼を受注する為、エリックが受付へと向かっている間、リク達4人はテーブルについたまま、会話を続けていた。突然、リクに謝罪をされたことでミゲリアは怪訝そうにする。


 「じろじろ見て悪かったよ。獣人と知り合ったのは初めてだったんだ」


 「あー、そんなの気にしなくていいわよ」


 「ミゲちゃんは可愛いからね~、見ちゃうのも仕方ないよね」


 「可愛いとか言うな!あとまた耳を触ろうとしてくるんじゃない!」


 リクの謝罪を軽く流したミゲリアは、シルアに反論しながら、耳を触ろうとしてくる彼女を抑え込んでいる。


 「リクの生まれはどこなんだ?獣人に知り合いがいないってことは帝都ではないよな?」


 「俺は田舎の村生まれなんだ。だから獣人とかドワーフも、ここに来てから初めて見たんだよ」


 「そうなんだ。じゃあさ、リクも触ってみなよ。ミゲちゃんの耳は凄いんだよ~」


 「触っていいのか?」


 「いいわけないでしょ!?」


 反射的にリクが言葉を返すと、ミゲリアが声を荒げる。実の所、初めてできた獣人の知り合いに興味があったリクだったのだが、強く断られ、内心で少し凹む。


 「因みに俺は帝国生まれだ。あとエリックもそうだな」


 「私は聖国出身だよ。ミゲちゃんは獣国だよね?」


 「もう長い間、帰ってないんだけどね」


 シルアの出身地、聖国ゼトワールはここから南方に進んだ先にある国で、煌龍教を国教としている。一方で獣国ティールはここから更に西に位置する国だ。


 「偶には帰んないと、ミゲちゃんの親が泣いちゃうよ?」


 「手紙は定期的に書いてるから大丈夫よ」


 彼女達の会話を聞いて、リクの頭にも故郷の村が思い浮かぶ。ただ、ここにいる全員と違い、リクの両親の中にリクは存在していないという事実が彼の心を苛む。


 「リク、大丈夫か?」


 「――ああ、里帰りは大切だよな」


 「皆、お待たせ。それじゃあ出発しようか」


 依頼の受注を済ませたエリックがようやく戻って来た。各々が席を立ち、出口に向かう。4人の背中を見ながらリクも後に続く。彼らはリクにとって、村の外での初めての仲間だ。故郷に戻るためにまだまだ問題が山積みのリクだったが、彼らとの冒険に少し胸を躍らせてもいた。

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