悪趣味な魔導具

 「ここがギルドか。かなり大きいな」


 よく分からない店や、ラヴァさんの店に立ち寄ったことで多少時間がかかったが、ようやくギルドに辿り着けた。ギルドが存在する帝都の中央は特に活気に溢れており、村育ちの自分には少々居心地が悪い。


 「よし……行くぞ」


 覚悟を決めてギルドの中に入る。ギルドの中は多くの冒険者に溢れており、中には既に酔っぱらっている冒険者達もいるため、あまり目立たないように素早く受付まで移動する。


 「冒険者ギルドへようこそ!何か御用ですか?」


 「えーっと、冒険者登録をしたんで……だけど」


 「冒険者登録ですね。それではこちらの紙に記入をお願いしたいのですが、文字の読み書きは大丈夫ですか?」


 「大丈夫……だ」


 軽く返事をして、紙を受け取り情報を書いていく。事前に商人の護衛の際に知り合った冒険者の話では、冒険者間では相手に下に見られないように敬語は使わないのが普通らしい。普段とは違う口調を使うのは違和感があるが、これは慣れるしかないだろう。


 一通り情報を書き終えたので、紙を受付で提出する。


 「ありがとうございます。えーっと、名前はリクさんで17歳。出身は、えーっとルクス王国のどちらでしょうか?」


 「……書かないと駄目か?」


 「あ、いえいえ!王国って事がわかれば大丈夫ですよ~」


 こちらの言葉に一瞬焦った表情をした受付の女性。恐らくはこちらが正確な場所を言えない事情があることを察したのだろう。深堀りされたら困っていたので非常に助かる。


 「そしたらですね、こちらの魔道具の中に手を入れてください」


 「これも、魔導具なのか?」


 それは見たことの無い魔道具だった。台の上に不思議な透明な球体があり、まるで水のように揺れている。


 「手を入れた人の魔力量と魔力適性が判っちゃう優れ物なんですよ。これの能力は最初の等級を決める際の参考にさせてもらいます」


 「……なるほどな」


 能力は全部でSからEの6段階で表示されるらしいのだが、表示される情報を聞いてあまり良い予感がしない。それでもこれに手を入れなければ冒険者になれないと言いうのなら仕方がない。意を決して手を球体の中に入れる。水っぽく見えた球体だが、本当の水ではないらしく、手が塗れる感じはしない。むしろ見た目に反して何も感じない。


 「あ、情報が出ますよ。あちらをご覧ください」


 「え?あちら?」


 受付員に言われた方向を見てみると、ギルドの天井にこの魔道具と同様の球体があり、そこに文字が浮かび上がろうとしている。まさか、


 「ちょっと待て!?まさか、全員が見えるあの場所に俺の情報がが出るのか!?」


 「はい、そういった魔導具ですので……あ、いま手を抜いても、もう遅いですね」


 笑顔で手遅れだと言われて文句をいくらでも言いたくなるが、それどころではない。なんだこの悪趣味な魔導具は。こんな人によっては恥を晒しかねない馬鹿みたいな魔導具を作った奴に今すぐにでも罵詈雑言を浴びせたいのだが、魔導具は製作者が不明だったことを思い出す。


 「ああ、もう最悪だよ」


 「あ、やっと出ましたよ」


 こちらの呟きは聞こえなかったようだ。もうどうにでもなれ。


 『魔力量 B 魔力適性 無』


 「魔力量Bは凄いで……あ、はは、は」


 途中まで魔力量を褒めようとしていた受付員は、こちらを見ながら何とも言えない表情で苦笑いを浮かべている。後で聞いた話だとBは平均を上回る魔力量で優れた評価らしいのだが、それ故にその後の魔力適性が際立ってしまっている。


 「がはははは!魔法を使えないくせに冒険者になろうとしてる馬鹿がいるぞ!」


 「見ろよ!それなのに魔力量はBだ」


 「魔力量はあるのに適性が無い。可哀想な無能もいたもんだ!」


 酔っ払い達がいる方から大声と笑い声が聞こえてくる。わかってはいたが、魔力適性が無いのは王国だけでなく、帝国内でも無能と思われてしまうらしい。


 「そ、それではリクさん。実力を見る為にギルド内の訓練場で模擬戦を行いますので」


 「……わかった」


 受付員に言われてギルドの奥に進んで行く。奥には扉があり、その先に訓練場があるらしく、ギルドに登録したら誰でも自由に使用できる、と移動しながら彼女が教えてくれた。


 「この奥が訓練場で―」


 「おいおい、お前が、さっき魔道具が魔力適性無しって言ってた奴か?」


 「……」


 扉に入ろうとすると、3人の冒険者が扉の前に立ちふさがった。さっき受付の方で大笑いしていた連中だろうか。


 「モ、モルドさん、これから彼の実力を確認するための模擬戦を行いますので」


 「あ?だったら、俺がその模擬戦をこいつとやってやるよ。資格はあるんだろ?」


 「え、ええ確かに、そうですが」


 いまのやり取りの間も、モルドと呼ばれた冒険者を含めた3人は、ニヤニヤしながらこちらを見ている。どうやらあの魔道具のせいで完全に下に見られてしまったようだ。こういう時の対応は決まっている。


 「モルドとか言ったか。そんなに俺と――」


 「おい、モルド!お前はまた何か問題を起こす気か!」


 喋り始めた瞬間、奥の扉が勢いよく開き男性が現れた。年齢は自分とさほど変わらないように見える男は激しい剣幕でモルドに詰め寄る。


 「エリック~、俺はお前の仕事を助けてやろうとしただけなんだぞ?感謝してくれてもいいんだぞ?」


 「うるさい!お前はそうやって、また自分よりの冒険者をいたぶるつもりか!」


 「人聞きの悪い事を言うなよ。俺はただ、魔法も使えないがこれから苦労しないように早い内に教えてあげるだけだぞ?」


 「それが虐めじゃなく、なんだっていうんだ!」


 自分の事を無視して怒鳴り合い続ける2人の冒険者。彼らを見て受付員はおどおどしているのだが、このまま黙っているこちらでもない。取り敢えず確認のために受付員の肩を叩く。


 「なあ、こいつらは何なんだ?」


 「彼らは、銀等級冒険者のモルドさんとエリックさんです」


 「あいつが言ってた資格ってのは?」


 「それは、銀等級以上の冒険者は等級を決める際の模擬戦を担当できるんです。本来はエリックさんがリクさんと模擬戦を行う予定だったのですが」


 これで状況は理解できた。モルドとか言う冒険者が模擬戦と称して自分の事をいたぶろうとしていると。そしてそれを本来の担当であるエリックが止めようとしているのか。このまま自分が何もしなければ、模擬戦は本来の予定通りにエリックと行われてるのだろう。だったら自分がやることは1つだ。


 「大体な、適性が無い無能なんかに冒険者は――あ?」


 「お前はそうやって相手の表面しか見ないから――ん?」


 「あ、あの、リクさん?」


 自分が2人の間に割って入ったことで、注目が自分に集まる。注目されながら話すのは苦手だが、今は別だ。できるだけ喧嘩にならないように言葉を選ばなければ。


 「お前、モルドとか言ったか。そんなに模擬戦がしたいならやってやる」


 「リクさん!?」


 「君、本気で言っているのか!?」


 「ぎゃははは!残念だったなエリック!本人の御指名とあればやるしかないよなぁ!!」


 高笑いをしながらモルドは先に奥に行ってしまった。自分の後ろでは受付員とエリックが不安そうにしている。


 「あいつの実力は?」


 「モルドさんは最近銀等級になったばかりです。それでも、元からの振る舞いが悪かったせいで昇級が遅れていただけで、実力は既に銀等級の中でも平均はあるかと」


 「君!悪い事は言わない、モルドとの模擬戦を止めるんだ。彼はこれまで模擬戦と称して何人もの新人冒険者を病院送りにしている」


 「気にしないでくれ」


 銀等級平均の実力者。これでこの帝都の冒険者達の実力が大体わかりそうだ。それに仮に模擬戦をしなくても、あいつとはいずれやり合っていただろう。


 「母親の教えなんだ」


 「は?どういう意味だ?」


 昔、村で周りから蔑まれていた時、母親から厳しい稽古を受けながら学んだ教訓。その教訓がこれからの冒険者人生、とりわけこの武力が重視される帝都では大切になるだろう。


 「魔力適性で見下してきた奴は徹底的に叩き潰す」

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