100戦目

 「行ってきま~す!!!」


 元気な声で家から飛び出した少女は、村の中を歩きだす。いつもの荷物にいつもの装備。村に住んでいる人ならばシルエットを見ただけで彼女が誰なのか一目瞭然だろう。


 「あ、ツバキお姉ちゃん。今日も訓練行くの?」


 「そう!もっと強くならないといけないからね。アカネちゃんも稽古頑張ってね!」


 アカネと軽く挨拶をし、村の門へと向かうのだが、今日は村の中の様子は普段とは違っている。通常よりも多くの兵士が村の中を巡回し、警戒を強めている。


 「原因は……これだよね」


 ツバキは路上にある掲示板に貼られている紙を神妙な顔つきで確認する。2日前、この村の道場が襲撃されたそうだ。ツバキも幼い頃から世話になっている道場だ。襲撃者の内3人は襲撃の際に殺されたが、内3人は未だに逃亡を続けている。加えて村の中を捜索した所、4人の村人が死亡しているのが見つかった。襲撃犯の仕業だろう。


 「おい、君」


 「あ……兵士さん」


 掲示板に貼られている手配書を見ていたら。通りかかった兵士に話しかけられた。兵士は険しい顔で自分の事を見つめている。


 「今後、あのような真似は2度とするな。君の邪魔が無ければ、襲撃犯の1人は捕らえられたかもしれないんだ」


 「はい……すいませんでした」


 自分自身もなぜあのような事したのかは分からないのだが、自分は2日前の夜、逃亡する犯人1人の拘束を妨害してしまい、昨日は村にある兵士の詰所で説教をされたばかりだ。加えてあの出来事を見ていた一部の村人からは疎い眼で見られるようになってしまった。自分は何故あんなことを、


 「この村の治安維持は、我々に任せてもらおうか」


 最後に短く述べ、兵士は村の巡回に戻って行ってしまう。歩いていく兵士を見送り、再び手配書に掲載された襲撃犯の姿図を確認する。


  「はぁ……この村にも、居づらくなっちゃったな」


 襲撃に立ち会った道場の師範であるレオさんは襲撃者によって負傷させられ、気を失っていたため彼らの顔は覚えていないが、ミズキさんは襲撃者たちと交戦したため彼らの顔をしっかりと把握していた。そしてその特徴から、彼らが王都でも指名手配されている腕の立つ5人の暗殺者集団だというのが判明したらしい。


 「でも、それだと数が合わないんだよね。5人集団だけど、3人は死亡、3人は逃走中。全員で6人」


 逃走中の2人の名は、ベルトとキクス。情報によると、元々は王都で冒険者をしていたが、現在は暗殺業を行っているらしい。そして正体不明なのが1人。兵士達の推測では、彼らが新たに加えたメンバーらしく、この人物が先日、この村の中で自分が遭遇した人物でもある。


 「特徴は、黒い髪に青い瞳。特殊な布を使用した防具に刀、か」


 暗殺者集団は、この村の道場を襲撃するために刀に精通している仲間を加えたという事なのだろうか。事実彼らは、犠牲を払いながらもこの村で最強と言われているミズキと戦闘を行った上で逃走した。彼女自身もこの人物の技量は凄まじいものだと兵士達に警告していたくらいだ。


 「そろそろ、行こうかな」


 兵士達が巡回を強化しているこの村は当分の間は安全だろう。加えて自分は兵士に釘を刺されてしまった。しばらくは訓練に専念するとしよう。




 「もしかしたら、冒険者になるには今がいいタイミングなのかもね」


 ツバキは森の中を駆け抜け、いつもの訓練場へと向かいながら独り呟いていた。兵士達と一部の村人から疎まれた。気にしないでいい、とは言ってくれたがミズキとレオにも顔向けができない。幼い頃から殆ど毎日あの道場には顔を出していたが、今となっては足が重い。ミズキは母親にも近い内に村を出ることを伝えているので準備は既に終わっている。


 「うーん……考えるのは後!」


 訓練場に到着したツバキはいつも通り準備運動を始めるのだが、ストレッチをしていると周囲に何かの気配を感じる。最初は魔物かと思ったが、違うようだ。恐らくは人。何者かがこちらを観察している。


 「この場所を知ってるなんて」


 刀を構え、周囲を警戒する。この場所は普通であれば、人が立ち入ることの無い地帯であり、現れるなら森に潜む盗賊の可能性が高い。


 「出てきなさい!いるのは分かってるよ!」


 大声で叫び、静寂が場を支配する。だがその静寂は茂みをかき分ける音で破られた。音の方向を警戒するツバキ。そして茂みから現れた人物を見てツバキの警戒は更に加速する。現れたのは恐らくはツバキ自身と同じぐらいであろう年齢の少年。それでも警戒を緩めることはできない。黒い髪に青い瞳。そして特殊な防具に刀。


 「手配書にあった姿図の特徴と、同じ」




 * * * *




 リクが村から逃亡をしてから、既に2日が経過してた。この2日間は村の近くにある森の中で過ごしていたのだが、襲撃犯の捜索の為、昨日から森の中は頻繁に兵士達が出入りを繰り返している。森の中で兵士達の話を盗み聞ぎしたが、リクを含め3人の襲撃者が指名手配とされ、逃走中となっているらしい。情報はギルドと兵士達の情報網を通して、近日中に王国内に広まるだろう。そうなればリクはギルドに行くこともできず、兵士達を警戒して過ごさなければいけなくなる。


 「そろそろ、この国をでないといけないかもな」


 ルクス王国を出るのならば、向かう先は隣国であるベンドルフ帝国だ。戦を生業とし、世界中から幾多の冒険者が帝国を拠点としている。そこならば自分も刀術を使い、生活費を稼げるはずだ。少なくともほとぼりが冷めるまでは王国内にいてはならない。


 「今日こそは、来てくれるといいんだけどな」


 リクは森の中でツバキを待っていた。彼女が日課としている訓練を行う森の奥に存在する訓練場。王国を出る前にリクは彼女には確認したいことがあった。それを確認することで、時魔法のルールが完全に把握できると彼は踏んでいた。昨日、ツバキはこの訓練場には現れなかったので、リクは近くにある川原で一夜を過ごしたのだった。


 「……誰か来たみたいだな」


 遠くから誰かが駆けてくる音が聞こえ、リクは木の上で息を潜める。そのまま暫く待っているとツバキが現れた。彼女はいったん周囲を警戒するが、すぐにその場で準備運動を開始する。


 「よし、行くか」


 リクは木から飛び降り地面へと着地する。その気配を察知したのかツバキが刀を抜き、周囲と警戒し始める。隠れる気が無いリクはそのまま無防備に茂みを抜け、ツバキの元へと辿り着く。自分の姿を見た瞬間、警戒が尚更強まるのを確認してリクは自分の中にあった仮説がほぼ正しい事を確信する。

 

 「手配書にあった姿図の特徴と、同じ」


 「――お前は、俺の事を知ってるか?」


 「ええ、道場を襲撃した犯人の1人でしょ?」


 逃亡の時とは裏腹に、敵意に視線を向けてくるツバキ。やはり彼女の記憶からも自分の事は完全に消えているようだ。時魔法、魔力を消費することもなく発動できる凄まじい魔法だと思っていたが、こんな代償があるとは。


 「俺は、戦うつもりはないんだけど、―」


 「そっちにはなくても!」


 言葉を言い切る前にツバキが魔法を放ち、仕掛けてくる。炎球ファイアボールを回避した所に彼女が刀を振り下ろしてくるが、回避は容易い。全ての斬撃を回避した上で距離を取る。


 「刀も抜かずに逃げるだけなんて、調子に乗らないで!」


 ツバキは魔法で炎矢フレイムアローを無数に放ってくるが、それも回避。大きく跳躍した所で地面が赤く光始める。これは―、


 「これで、終わりよ!」


 地面から噴き出してくる炎を回避した所で、敢えて隙を見せる。このタイミングで隙を見せればツバキなら、


 「はぁ!!」


 「やっぱり、そうくるよ……な!」


 勝負を決めようとツバキが斬撃を繰り出してくるが、この隙はフェイントだ。焦って大振りとなった攻撃を躱し、そのまま接近し足払いを決め、ツバキを地面に転ばせた所で腕を掴み、ツバキの刀を彼女の首元に当てる。


 「そ、そんな」


 「悪いな、経験の差ってやつだよ」


 ツバキには自分との模擬戦の記憶は既にない。そうなればこれまでは自分の回避の癖を織り込んだ上で行っていた攻撃。それらが全て初見の相手に対してのものとなる。そうなれば逆にツバキの癖を見抜いているこちらが負ける理由は無い。


 「勝機と捉えた時に力みすぎる癖。直した方がいいぞ?」


 「黙りなさい!よくもミズキさん達を!」


 怒りの表情を眼前で浮かべるツバキだが。これで時魔法についての確認は取れた。最後に確認したいことは1つだ。


 「これが最後だ。リクって名前は知ってるか?」


 「黙れ!そんな名前は知らない!」


 未だに時魔法の使用回数は0のままで一向に増加する気配はない。つまり、敵としてはカウントされないという事なのか。まだまだこの時魔法について把握しなければいけないことはあるようだ。


 「っ!」


 突然拘束が解かれたことで一瞬驚きながらも刀を振るうツバキから距離を取る。彼女は刀を再び構え、魔力を高めている。だがこれ以上自分がここにいる意味はなさそうだ。さっさとここから離れようと思ったが、1つだけ言いたいことがあった。


 「あー、やっぱり最後にもう1つだけ」


 「……」


 「――俺は、約束は絶対に守るから」


 「なっ!?待ちなさい!!!」


 叫ぶツバキを無視して森を駆け抜ける。向かう先はベンドルフ帝国だ、戦闘に秀でた帝国ならばこの魔法についても判明するかもしれない。この魔法には未知な部分が多すぎる為、多用はできない。当分の間ルクス王国にも、村にも戻れないだろう。それでも目的は変わらない。なんとしてもツバキが、母さんが、父さんが住む村を守るんだ。その為には皆の記憶を取り戻す術を探らなければ。


 「そういえば……さっきので100戦目だったな」

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