母親 vs

 静かに歩きながら道場へと入って来たミズキは道場内の片隅にいるレオに視線を移し、彼が死んでいないと判断し、そのまま殺意に満ちた視線を道場内の3人に向ける。


 「全員、殺す」


 そう呟いたミズキは道場内を駆け抜け刀を容赦なく振り下ろすが、それは相手の武器によって受け止められた。自分の刀が受け止められた事を受け、ミズキはその殺意に満ちた眼を細めながら静かに呟いた。


 「……へぇ」


 「―――!?」


 そのまま刀を払われたミズキは距離を開けずに無数の斬撃を繰り出し続けるが、それらは全てぎりぎりの所で躱されてしまう。それでもミズキは一切攻撃の手を緩めない。これこそが彼女が冒険者時代に鬼姫と言われた所以の波状攻撃である。幾多もの斬撃を全て防がれた上で対象に距離を取られ、ミズキは内心で舌打ちをする。自宅で自分を奇襲してきた連中よりかも、手練れが道場にいた。加えて道場に入り状況を確認した限り、敵は道場への奇襲の方に人数を割いたようだった。そうであればレオが遅れを取っても仕方ないだろうともミズキは感じていた。レオは元来、対集団はあまり得意ではない。

 

 「―――!?―――!!!」


 「……死になさい」


 何かを叫んでいる相手の声は無視したままミズキは斬撃を繰り出し続ける。縦横無尽に幾多の方向から斬りかかるが、それらを全て対処され、決定打を与えることができない。だが敵は防戦一方でミズキに攻撃を加えることは無い。


 「―――!―――!」


 視界の隅に逃げる男達が入るが、ミズキは気にしない。奴らは再び仕掛けてくることがあれば、いつでも殺すことができると彼女は判断した。それより問題なのはこれまで攻撃を仕掛け続けているのにも関わらず、未だに一太刀も浴びせることができていないこの男だ。この男を生かしていたら、後々厄介なことになる。ここで殺すしかない。


 「いかづちよ」


 一瞬距離を取り、静かに魔法を発動させたミズキは雷を全身に纏う。ミズキは雷魔法を使用することで、全身の身体能力、反応速度を爆発的に向上させることができる。遠距離魔法はほとんどできない彼女だったが、元来の刀術のを活かすためには最適といえる魔法適性だった。


 「―――!―――!」


 「……」


 ミズキにとって、これから殺す相手の言葉を聞くほど無価値なことは無い。時には言葉によって隙を見出し、逆転の一手を打ってくる場合すらある。それこそが彼女が冒険者時代に培った物であり、それが戦闘中の彼女をより鬼姫と周囲に言わしめんとする要因でもあった。


 雷魔法で得た速度によってミズキは床を踏みしめ、そのまま跳躍。天井を蹴り一気に急降下し、刀を振り下ろすが、間一髪のところで躱され、道場の床が一気に崩壊する。


 「―――!!!」


 回避した相手は未だに攻撃をすることは無く。ミズキに向かって何かを叫んでいる。


 まさか、これすらも躱してくるなんて。今のは使える場所は限られるが、回避されたことは殆どない奥儀だった。それこそ過去に人で回避してきたのは、それこそカザネだけだった。攻撃してこない所を見ると相手は未だに本気を出していない可能性すらある。自分は攻撃は得意だが、防御は苦手だ。一転して相手に攻め込まれると綻びを生む可能性すらある。だったらそうなる前に、


 「一気に……」


 ミズキは全身の魔力を高め、更に機動力を増し、道場のまだ残っている床、壁、天井を跳び回りながら加速を続ける。ミズキ自身への身体への負荷も大きいもう1つの奥儀。加えて道場が耐えてくれるかどうかも分からない。それでも道場は直せるが、人は死んだら治せない。


 「……殺す」


 家族を守る為なら今ある道場など捧げてやる。跳び回りながら刀で切り刻もうとするが。相も変わらず決定打を与えることはできない。それどころか、相手は武器をしまった上でこちらの攻撃を全て躱しきっている。このままではこちらの肉体と道場が耐えられない。だがこのまま諦めるわけには―、


 「……!」


 こちらを躱し続けていた相手が急に移動を開始した。男は壊れた道場の穴からそのまま外に逃げようとしている。しかもこちらの攻撃を全て躱しながらだ。恐ろしい実力だと言わざるを得ない。


 「待ちなさい!」


 男を逃がすまいと攻撃を加え続けるミズキだったが、男は遂に道場から脱出してしまう。追撃をしようかどうか迷ったミズキだったが。これ以上の雷魔法の使用で肉体が悲鳴を上げ始めた為、道場内に留まる。


 「はぁ、はぁ……顔は覚えたわよ」


 今度、村に現れたら確実に殺すと決心をし、ミズキは刀を収め、道場の中でも唯一まともに原型が保たれている一角に横たわっているレオに近づく。


 「レオ、大丈夫なの?」


 近くでしっかりと見てわかったことだが、意識がないレオの身体は服に血が付着し、破れてはいるものの無傷だった。誰が治療してくれたのかは分からないが、これは僥倖だとミズキは思う。


 「あぁ、良かった……レオ」


 涙ぐみながらレオの身体に覆い被さるミズキ。仮に道場を失ったとしても彼を失うことだけは、絶対に耐えられないとミズキはレオの胸の上で涙を流す。彼女にとってレオは何物にも代えられない一番大切な存在だ。なぜなら―、


 「無事で……本当に良かった」




 ミズキにとって、レオは家族なのだから。

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