訓練狂

 「はぁー、なんで俺が買い物の手伝いなんて」


 「いいじゃん、いいじゃん!」


 この日、リクは買い物の手伝いとしてツバキと共に村の中を歩いていた。リクとしては手伝いは乗り気ではなかったのだが、母親にどうしてもと言われたので、渋々承諾したのだった。


 「俺、今日は魔力制御の訓練しようとしてたんだけど」


 ぶつぶつと文句を言うリクの不満も知らずに、ツバキは非常に楽しそうだ。そんな彼女は満面の笑みでリクの前を歩いていたりする。


 「大丈夫だって!後で私が模擬戦やってあげるから!」


 「やってあげるって……そんなの関係なくツバキは俺に模擬戦仕掛けに来るだろ」


 「ふふん、まあね」


 昨日の時点での模擬戦の戦績はツバキ曰く、97戦42勝55敗らしい。昨日は久々に負けてしまったため、リクとしては精神鍛錬も込みで魔力制御の訓練をしたかったのだが、どうやらそう簡単にはいかないらしい。


 「それで?今日は何を買うんだ?」


 一旦訓練の事は頭から外し、リクはツバキに具体的な用を尋ねる。買い物の手伝いと言っても自分の助けが必要な事なんて滅多にないはずなのだが。


 「うーんとね、結構買う物あるよ。ほら、これ自分で読んで」


 ツバキはポケットからメモを取り出すが、自分で読むのが面倒なのか、リクに手渡す。


 「ふーん……え、まじかよ」


 そのメモを読みながらリクは思わず声を漏らしていた。メモに書いてあった物は食べ物や服などの軽いものではなく、机や椅子などの家具だった。

 確かにこれらを全部家に持って帰るのは非常に重労働だ。とは言え、本来この規模の物を買う場合、店側に追加料金を支払って貰うのが常識だ。


 「てか、そもそもだ。なんでこんなに家具が必要なんだよ!?」


 「なんかね、母さんが部屋を模様替えしたいらしくて?それの買い物らしいよ」


 「この量の家具は、もう模様替えって次元じゃないぞ……」


 うんざりするリクだったが、ここで家具の運搬は訓練に活かせるのではないかと思いつく。


 「そうだ、重量のある物を持ちあげるだけじゃなく……」


 「あれ?おーい、リ~ク~?聞こえてる?」


 ぶつぶつと立ち止って呟くリクに向かって遠くからツバキが呼ぶが反応が無いので、彼女はリクに歩み寄る。彼女が近くに来ても考え続けるリクにうんざりして耳元で叫ぼうとするツバキだが、


 「よしっ!!!」


 「きゃっ!!!」


 急に顔を上げ、笑顔で走り出したリクにツバキは驚き身体が止まる。そんなツバキを無視してリクは先に進み、彼女の方を振り返る。


 「おい、ツバキ!何してんだ!早く行くぞ!」


 そう言い店に走り出したリクを見てツバキは叫びながら走り出した。


 「ちょっと!!!意味不明なんだけど!!!」



 * * * *



 「えーっと、これでメモにあるのは全部ですよね?」


 「ふぅふぅ……あ、ああ、でもツバキちゃん。これ全部1人で持って帰る気かい?」


 店で買い物を終えたツバキだったが、店主は何とも言えない顔をしている。彼女が購入した家具の総重量は、合計で100g以上に及び、通常であれば何人かで運ばなければいけない量だ。事実、店の前に並べるだけで、店主が何往復もして、ようやく並べ終えたのだった。

 現在は、全ての家具は持ちやすいように強固な紐で1つに結ばれている。


 「大丈夫ですよ!こんな時の為に今回は助っ人を呼んでいるので!」


 「助っ人?そいつは……」


 不思議がる店主の前でツバキが呼ぶと、店の前で用意してたリクがツバキの元に現れる。


 「いやいや、いくらレオさんの息子が来たって流石にこの量は無理だよ」


 「どうかな?いけそう?」


 笑う店主を無視してツバキはリクに確認を取る。リクは家具を確認した上で自分の掌を見つめ、魔力を確認する。


 「大丈夫。いい訓練になりそうだよ」


 そういってリクは一気に家具を紐ごと持ち上げ、背負う。そして、一気に走り出した。


 「あ、ちょっと!えーっと、ありがとうございました」


 走り出したリクを直に追おうとしたツバキだが、一旦立ち止り、店主にお礼を言い走り出した。

 そんな2人を見ながら店主は唖然としていた。



 * * * *



 「…………」


 通常であればこの重量の家具は一度には運べないが、リクの鍛え抜かれた肉体と、訓練で身に付けた魔力制御がそれを可能にしていた。


 「……大丈夫だ、魔力の制御を忘れるな」


 本来全身を強化する身体強化の魔法をもってしても、重量のある大きな物を運搬するのは困難だ。それでも身体強化を身体全体に使うだけでなく、更に部分的に魔力を高めることでリクは100kg越えの荷物を走りながら運ぶことができていた。

 足への負荷を考え、走りながら地面を踏み、蹴る瞬間だけ魔力を高める。しかもそれを一歩踏むごとに魔力の強度の増減を繰り返していることは、並の魔導士にもできない芸当であったが、リクは幼いころからの訓練を通して、それを可能とする魔力制御力を身に付けていた。


 「それじゃあ……近道するか!」


 村の大通りを走っていたリクだが、ツバキの家への最短ルートを狙う為、路地の方面に走っていく。細い路地は本来であれば、背負っている家具が邪魔で通れないので、リクは新たな道を開拓する。


 「ここで魔力を……両脚に!!!」


 路地の前で一瞬だけ止まったリクは、一気に両脚への魔力を高め、空高く跳躍。屋根の上に着地するのだが、ここで思い切り着地をすると、屋根が破損してしまう恐れがある。それを防ぐためリクは着地と同時に足の裏から屋根全体に魔力を広げ、着地の衝撃を分散。そのまま屋根の上を走り抜け、ツバキの家へ一気に向かう。



 * * * *


 

 「ふぅぅ」


 ツバキの家の前に到着したリクは荷物を下ろし、休憩をしていた。この重量を背中に背負いながらのランニングは、中々良い訓練となった、それに加え、跳躍などを通して、複雑な魔力制御も必要となった。今後の訓練に取り入れてもいいのかもしれない。


 「こーらー!!!リ~ク~!!!」


 一休みしていると、遠くからツバキが顔を真っ赤にしながら走ってきた。リクが荷物を持ちながら走っていたのに比べると随分と遅い到着だ。


 「おお、遅かったな、ツバキ。訓練が足りてないんじゃないか?」


 軽く煽るリクだったが、ツバキの様子がどこかおかしい。顔を赤くしているのはどうやら息が上がっているからではないらしい。


 「あんたねぇ!!!あんなところでジャンプして!!!屋根に跳ぶとかどうかしてるでしょ!!!」


 「……でも屋根は全く壊してないから大丈夫じゃないか?」


 確かにあんなところで大きな荷物を背負ったまま跳ぶのは変かもしれないが、自分もそこまで馬鹿ではない、とリクは考えたが、ツバキの顔はますます赤くなっていく。


 「大丈夫じゃないのは地面のほうよ!」


 「……え?」


 リクが呆然としていると、ツバキが溜息をしながら言葉を続ける。どうやら彼女も少しは落ち着いてきたようだ。


 「はぁ、リクがあの状態で思いっきりジャンプしたから、地面が思いっきり凹んじゃったのよ。しかも周りにひびを入れてね」


 「……まじか」


 「謝りにいくから、ついてきなさい」


 「……はい」

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