第一章【目覚めた力と旅立ち】

95戦41勝54敗

 ここはルクス王国の東方に位置するサクラ地方。剣術が盛んな王国内で、唯一刀を用いた刀術が主になっている地方である。


 「ふっ!ふっ!ふっ!」


 そんな地方のとある村の丘の上で、木刀の素振りをしている少年がいた。黒い髪に青い眼、一見すればどこにでもいる普通に少年だが、その身体は強固に鍛えられ、まるで一本の鍛え上げられた刀のようである。


 「おーい!リ~ク~!!!――おりゃあ!!!」


 「え?って、おわぁ!」


 その少年-リクの名を呼びながら、突然同じく木刀を持った少女が斬りかかった。リクは驚きながらも奇襲を受け止めた後、そのまま木刀を薙ぎ払う。少女は薙ぎ払いを軽々と躱し、首元まで伸ばした黒髪をなびかせながら後ろに飛び退く。


 「待て待て!いきなり何すんだよ!ツバキ!」


 「何って?いつも通り、一日一戦!」

 

 「お前には騎士道精神ってものはないのかよ、、、」


 「騎士?私達は騎士じゃなくて、、武士でしょ?」


 そうじゃないだろと頭を抱えるリクを見ながら、疑問を浮かべる少女-ツバキは、再び木刀を構え直し、表情を真剣なものへと変える。


 「それじゃあ、リク。今日の一戦だよ」


 「…あぁ、いつでもかかってこい」


 ツバキと同じく木刀を構え直したリクも臨戦態勢を取る。


 「いくよ!」


 「…!」


 前へと駆け出したツバキをリクが迎え撃つ。日課である模擬戦が始まった。



 * * * *



 「…あちゃ~、今日は負けか~」


 丘の坂に座りがらなツバキが悔しさを露わにする。模擬戦の結果はリクの勝利に終わった。


 「はぁ、これで95戦41勝54敗だね」


 「ツバキ、お前、いちいち何回やったのか数えてるのか?」


 「うん、だって悔しいじゃん?負け越して終わるのはさ」


 「…そうだな」


 悔しそうな表情を浮かべるツバキの横に座りながらリクは微笑む。


 「いつも言ってるだろ?ツバキは、勝機と捉えた時に力みすぎなんだよ。だから今回みたいに俺のフェイントに引っかかるんだ」


 「う~ん、分かってはいるんだけどね。やっぱり『ここだ!』って思った時は一気に行きたくなっちゃうって感じなのかな?」


 「この村の大体の相手ならそれで何とかなるだろうけど、実力が拮抗してる俺とか、ましてや父さんや母さんじゃ…ってなんだよ?」


 喋っている途中でリクは言葉を止める。ツバキが恨めしい眼でリクの事を見つめていた。


 「リクってさ、嫌味家なの?」


 「…は?なんでそうなるんだよ?」


 「え~、だってさ、この模擬戦の戦績で、私とリクの実力が拮抗してるだなんて本当に思ってるのかな~?」


 ニヤニヤしながら言葉でリクを刺してくるツバキだが、それを聞いてもリクの表情は微動だにしない。まるで彼女が何を言っているのか理解できていないようだ。


 「何言ってるんだよ?この毎日やってる模擬戦だって、最初の内はツバキの方が勝ってたじゃないか」


 「…確かにそれは、そうだけどさ」


 煮え切らないような表情をするツバキにリクは言葉を続ける。


 「俺がツバキに勝てるようになったのは、ツバキの癖をある程度だけど、把握することができたからだよ。初見でお前に勝てる人なんて、俺らと同い年じゃ殆どいないんじゃないか?」


 それは事実だった、模擬戦を始めた当初、リクはツバキの勢いのある刀術をいなすことができず、連敗を重ねていた。それでも現在の所、彼が勝ち越しているのはあくまでも経験故である。

仮に何も知らない剣士10人がツバキとリクと戦闘をした場合、彼女の方がより多くの剣士に勝てるだろう。


 「う~ん、それじゃあ、それも納得が……」


 「ん?どうした?」


 リクの言葉に納得しかけていたツバキだったが、言葉を止めて表情が固まる。そのまま固まった表情は笑顔へと変わるが、眼が笑っていない。


 「それってさ……私が単細胞だとでも言いたいのかな?リクは?」


 「え?……あ、いや、違う!!!」


 「やっぱり…リックて嫌味家?」


 「そういう事を言いたいんじゃなくて、お、俺は!」


 何と言えばいいのか、脳内をフル回転させて考えるリクだったが、笑い声が聞こえ、顔を上げるとツバキが大声で笑っていた。


 「あっはっはっは!……大丈夫だよ。それがリクの優しさ、なんだよね?」


 「い、いや、俺はただ思ったことを言おうと…」


 「まあ、ちょ~っと、不器用かもしれないけどね」


 困惑するリクを尻目にツバキは丘を下り、リクの方を振り返る。


 「それじゃあ、リク。また明日ね」


 「…あぁ、不意打ちはもう止めてくれよ?」


 「……てへっ」


 リクの言葉にツバキはウィンクをして家へと向かう。


 「俺は少し走ってから帰るか」


 リクは溜息をつきながら走り出した。

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