貧乏奨学生レイシア 閑話集6 お父様とお母様

みちのあかり

第一部

一章 教会改革 領主視点 9~10話

 人生50年。死産と1歳までの死亡率はかなり高い。冒険者は生き急ぐ。老兵は去る。老い先は短い。だから、若く体力のある内に世代交代できなかった者は、何もやり遂げることができず後悔のまま老いていく。


 それを知っている責任ある立場の者は、早い段階で隠居して若者にチャンスを与えようとする。若者は認められようと奮闘努力し成果をあげる。それが持てるものの役割。なかなか権力にしがみついて上手く譲れない者もいるが。


 それと、教会は別だ。年齢を重ねると徳が増える、とか言ってジジイ共がトップに君臨している。煩悩が増えるだけじゃないのか? 老害としか言いようがない。



 俺クリフト・ターナーはホーリー貴族学園を卒業してから、父の下で領地経営を学び手伝いをしている。その一環で父から孤児院の改革を課題として出されたんだ。


 ……内密に調査したら、ひどい有り様だった。


 中央から派遣された神父はこんな田舎は嫌だとばかりに、孤児院の予算を本部に賄賂として横流しをしながら、自分の懐まで潤わせる始末。


 孤児達は労働力としてあちこちで働かされその賃金まで掠め取る。挙げ句人買いに子供を売る。


「何故放っておいたんだ」


と父に調査書を叩きつけた!


「この期間でよく調べた。でもまだ足りないな。神殿は調査書だけでは煙に巻いてしまう、古狸共の集まりだ。これも持っていけ」


 父は証拠となる品々を机に積み上げた。父も怒っていたらしい。私はそれらを持って王都の中央神殿に殴り込んだ。



 教会は事実を認めたが、横領も賄賂も、孤児の売買すら公表しないようにあちらこちらから圧力をかけてきた。うちだけじゃない。これが一般的な孤児院の在り方だと。


 憤りを感じながらも、俺は教会へ貸しを認めさせ、新しい神父の指名権を勝ち取った。教会にどっぷり浸かった年寄りは駄目だ。できればキャリアのない若いヤツがいい。


 そう言うと、「話し合ってきます」と担当者は席を立った。なぜ認められない。イライラした俺はお茶を出しに来た修道士に嫌味の一つも言おうと思い顔をみた。そこには、どこかで観た顔があった。


「シャルドネゼミのバリューか?」


 学園で見たことがある。確か成績はいいが変わり者、人間関係が苦手なのに何かと目立つ有名人だった。


「はい。確かにシャルドネ先生にはお世話になりましたが……貴方様は」


「俺は領主候補科のクリフトだ。学科は違うが同期生だよ」


 懐かしさのあまり、学園の話や領地の話、教会の内部の話など付き合わせてしまった。

 しかしバリューはこんな短い会話でも分かる程、頭の良さが滲み出ている。なんでこんな才能溢れる者が教会に? 教会の毒に晒すのは惜しい人材だ。我が領に欲しいな。


「バリュー様、我がターナー領の神父になっていただけませんか」


 思いっきり丁寧に膝を曲げてお願いしたら、バリューのヤツあたふたしだした。思わず笑いそうになったよ。


「お止めくださいクリフト様。椅子に座って下さい。私ではなんとも。上司を呼んできます」


 老害共は、「見習いごときに」などと怒ったり、他の者を勧めたりあの手この手で止めさせようとしたが、俺が調査書の控えをチラつかせたら真っ赤になりながら


『神父見習いとしての派遣』


として認めた。神父見習いなので予算を削るそうだ。


 まったくしみったれた話だ。こっちの体制も考えてくれだと?誰が組織内の都合など考えてやらなきゃいけないんだ。

 

 そして俺は素晴らしい仲間を手に入れる事ができた。そして私達は自領の教会を改善した。



◇ ◇ ◇


 孤児院の改修、虐げられていた孤児のメンタルケア、食事の改善、教会への寄付集めと安定的なスポンサーの開拓、孤児院の社会的信用の向上、孤児の普段の仕事探しと就職先の斡旋、前任の神父と繋がっていた悪徳商人と関係者への処罰、等々やるべきことが山積みだった。


 前の神父何やらかしてくれたんだ。まったく。それに対してバリューの有能さよ。あの時バリューと出会えた事を神に感謝した。


 えっ、教会が嫌いじゃなかったかって? 神は信仰してるよ。組織が信用できないだけさ。



 教会の改革も一段落ついた頃、バリューにこれから何をしたいか聞いてみた。


「孤児達に読み書きを教えたいです。本が読めるように。マナーも教えたいです。町の人から嫌な目で見られないように。少しでも良い仕事にありつけるように」


 何てこと考えているんだ! 俺はバリューの考えに驚愕した。

 

 所詮孤児は孤児。可哀想な孤児に居場所と食事を与えておけばいいんだ、俺はその程度しか考えてなかったのか。ちっ、教会の奴らと大差ねーじゃないか……。


「できたら、平民の子供達にも一緒に教えたいのですけどね」


 もう、最高じゃないかバリュー。尊敬するよ。「まるで学園みたいだな」 と言ってみたら、破顔一笑ってこう言う事? って顔で答えた。


「そうですね。私はシャルドネ先生のような教師に成りたかったのです」


 ちくしょー、可愛らしいじゃないか! いつもは無表情なのに。女だったら惚れているよ、まったく。俺は決めた。やりたいようにやらせてやるよ。「予算はぶん取ってやる。やれるだけやってみろ」と言うと抱きつかれた。その後、バリューはあたふたと離れ、膝を着いて、抱きついた謝罪と、感謝と、忠誠を俺に告げた。


 

 教会改革の功績を認められ、俺は父から「これからはお前達の時代だ。よい領主になれ」と領主の座を譲位された。


 父は、レイシアが生まれた三年後に、安らかな顔で母の待つ神々の国へ召された。


◇ 


「それにしても、ずいぶん変わったよな」


 レイシアの洗礼式の相談に教会を訪れたは、お茶を飲みながら当時をなつかしんだ。バリューは「全ては神の御心とクリフト様のおかげです」と言うとやわらかな笑顔で答えた。


「ところで洗礼の後から、レイシア様に孤児院で勉強させませんか」


 貴族の子供は学園の入学(13歳)に合わせて、早い子でも10歳位から初めて読み書きを習い始める。それなのに孤児院では4歳前後から読み書きを教えている。


 10歳で卒院しなければならないのと、6〜7歳にもなれば外で日銭を稼いだり、院内の仕事ができるから読み書きを覚えるのは早めに終わらせたいと言う事らしい。


 天才の考えは常識には囚われないみたいだ。


「早くないか?」


 私がバリューに言うと、反論された。


「孤児でもほとんどの子は一年もあれば読み書きと簡単な計算は身に付きます。クリフト様のお嬢様であればすぐに覚えるでしょう。早めに読み書き出来ればさらにいろいろな事も吸収できます」


 それでも5歳だぞ。そりゃうちの子は可愛いし、利発だし、性格いいけど5歳……


「そうか?ゆっくりでもいいと思うが……」


「私は、そこらの家庭教師より的確に、そして深い知識と教養を伝える事ができると自負しています」


 (だろうな)と、とりあえず頷く。


「もし10歳になってから私に預けますと、レイシア様は4歳の子供達と同じ環境で勉強することになります。周りには読み書きも仕事もできる6歳からの子供達に囲まれて。プライド保てますかね」


 (それはやだな〜)


「勉強は一人では中々身に付かないものです。家庭教師次第では嫌いになってしまうことも多々あります。今でしたら、同じ様な年齢の子供達と一緒に遊び、一緒に学び、切磋琢磨しながら成長できます」


(そんなものか?)


「それに奥様身重なのでしょう。何かと環境が変わる時はよい機会です。奥様の負担軽減にもなります」


 (妻の負担軽減か)


「とりあえず、洗礼後2時まで私に預けみて下さい。だめなら止めればいいのです。その間奥様とデートでもしていたら如何でしょうか」


 (妻とデートか。二人きりデート、久しぶりだな。まあ一度預けてもいいか)


 私は妻とのデートを楽しみに思いながら、レイシアをバリューに預ける事にきめた。

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