第26話 動く影

 夕方、誰も使っていない演習場が実はある。

 大勢で使い演習場とは違い、そこはこじんまりとして物も少ない。


 ここは普段、申請をして個人的に使う為の場所だからだ。


 例えば、休日に利用したい時なんかは個人の為に大演習場を一々使わせる訳にも行かない。

 そこで、申請性の小さい演習場が作られた……らしい。

 

 俺は昼からそこで斧を振るっている。

 小さいといっても、身の丈を超えるこのハルバードを満足に振れるくらいには広い。


 お袋の言いつけって訳じゃないが、この斧を貰った時からここでトレーニングするのが日課になった。


 コセルア達には騎士としての正式訓練があるんだから、そこで領主の息子だからってわがまま言って付き合わせる事は出来ねえ。


 朝練以外は一人で黙々とトレーニングするしかないって事だ。


 ハルバードの重心は当然柄の先に集中する。かなりの重さのそれを十分に振るうにはとにかく反復練習しかない。

 とりわけ、俺の体は小柄だから、始めた頃は重さに振り回されないようにするだけでも四苦八苦だったな。


「――はっ」


 斧を横薙ぎに振るう。体全体に圧力が掛かる感覚だ。そしてそれは僅かな隙になる。

 その一撃で仕留める、または致命傷が与えられなかったら……。


 それを想定して即座に動けるようにしなけりゃならん。頭じゃない、体で反応するんだ。


 長物は間合いに入られたら途端に弱い。その長さで切り返しが苦手だからだ。


 ――掻い潜られたら……。


 片手を離して拳を前へと突き出す。


「ふぅ……」


 一呼吸。


 ――今ので死んだな……俺が。


 そして、俺は再び斧を振るった。

 つい先日の事を思い出しながら……。


 ◇◇◇


「その後、領地内に手引きをした者が居ないか調査をしたところ……直接の関係があるかは不明ですが、ある噂と、ある奇妙な物を目撃した人物を発見致しました」


 コセルアがそんな話を始めたのは、前回の調査から数週間経ったあとだ。


 お袋が領地内の裏切り者のいる可能性を推理し、それを元に気づかれないよう慎重に調査をしていたコセルア達。

 例によって例の如く、執務室から出て来たコセルアを捕まえた俺は、調査の進捗について聞き出した。


 コセルアも俺が聞きに来る事を想定していたのか、普通に話してくれた。


「で、その噂って?」


「領地内の一角に住まうとある貴族の屋敷に、ここ数ヶ月に渡って人や物が行きかっている。というものです。それだけならば何も怪しいところはございませんが……」


「当然、それだけで済まない理由があるんだろうな。危ないもんでも運ばれてくのを見た奴が居るとか?」


「おおむね。つい最近、布の掛かった大型で箱状の何かが運ぶ一団がその屋敷へ続く道を進むところを領民が偶然目撃したとのこと。時間帯にして夜の事です。その領民は日課としている夜の散歩の途中でした。異様な気配を察知して、木陰に隠れてそれを見つめていたらしいのですが……その何かが時折、不自然に揺れていたそうです」


「揺れる? 内側から何かが揺らしてた、って事かもしれねぇな」


「その領民も同じ事を考えていたようで。その日は月明りも強く、目を凝らせば正体が分かるかと思って観察していたところ、風が起こって瞬間的に覆っていた布が捲れたらしいのですが……」


 そこで区切るコセルア、若干だが雰囲気が強張るのを感じた。


「……得体の知れない怪物を見た。領民はそう言っておりました。侯爵領に住まう人間はその身を守る為に、領土内に出没する魔物の類は幼い頃から覚えさせられます。なのに得体の知れない、と表現したとなると。……恐らく、侯爵領の外から連れて来られた可能性が高いかと」


「……なんてこった」


 手引きした人間を探していたら、別の問題が引っかかるとはな。

 何の目的でその貴族がそんな事を知らねえが、面倒事が増えたのは間違いねえな。


「しっかし、そいつも運がいい。そんなヤバいもん運ぶ連中に見つかってたら、今頃あの世だったろうぜ」


「本人もそれを分かっているのか、夜に外へ出るのは止めたそうです。現在判明したのはそこまで、調査対象が貴族となれば、いくら領地に居を構えているといっても迂闊には手が出せません。それに見つからないように夜に動いていたとなれば相手も慎重なはず、下手に動けば証拠を隠されてしまう可能性があります」


「物が運び込まれるって噂が出るぐらいなら、昼間も物が動いて可能性があるな」


「そして恐らく、そちらは目くらましの為のダミーかと。本命は人の居ない夜中」


「今まで以上に動き難くなるな。……次から次に問題が起こるなんて、アンタも大変だ」


「仕事ですので。それにもしかしたらその問題同士、繋がっている可能性がある。そう侯爵様も仰っていました。……坊ちゃまも同じ事を考えておられるのでは?」


「……買い被り過ぎなんじゃねえか?」


「いえ、そうは思いません。坊ちゃまは聡明な方であると確信しております」


 自信のある言い分に、思わず頭を掻いてしまった。

 そう褒められるのは、あまり慣れていないもんだから。


「そんな期待されると、俺も下手が打てなくなるじゃねえか。ズルいなアンタ」


「申し訳ありません。ですが、坊ちゃまならば一角の人物になれると、やはり私は確信しております」


「……そりゃあどうも」


 そしてまた、お互いそこで別れた。

 今回はコセルアが執務室から離れたところで捕まえたから、お袋に話を聞かれる事もない。

 だから視線を感じる事も……ん?


 もしやと思い、廊下の角の向こう執務室を見る。……居た。

 扉を開いてジッとこっちを見ていた。


 お袋が口をパクパク動かしたかと思えば、また奥へと引っ込む。


(な、ま、い、き。……おいおい)


 ◇◇◇


「ふぅ……。さて、今日はこんなところでいいだろ」


 夕陽も落ち始めた時間帯。そろそろ演習場から出なきゃな。

 それに今日は行かなきゃならん場所がある。



 シャワーを浴びて着替えた。指輪も嵌め直し、後は事前にシーレルに頼んでおいた軽食を持って完了だろう。


 先日、コセルアから話を聞いた俺は、その貴族の屋敷について独自に調査をする事に決めた。

 決行は今日、夜動き出すという情報を元にこの時間まで待っていたんだ。


 外で月を見ながら飯を食いたいと嘘をついてしまったのは、シーレルに悪かったがな。

 また、事前に馬を借りる許可も取ってる。お袋に言った時、ごねられると思いきやすんなりと貰えたのは拍子抜けだったな。


 俺の行動に制限を掛けなくなってるのは、やっぱ俺がある程度力を付けてきたからだろ。と思いたいが。


『あんまり遠くには行かない事ね。分かってるでしょうけど』


 釘こと刺されたがな。だが遠くへってのは守れない話だ。



 馬舎へと着いた。そこでとある人物と待ち合わせをしている。


「お待ちしておりました、坊ちゃま」


 コセルアだ。だが制服を着ていないし、剣も身に着けていない。


「一応、また忠告をしておきますが……本当に向かわれるのですね?」


「ああ。だからアンタも連れて行くと決めたんだ。お袋にも許可を取ってる。……飯食う許可だけどな」


 俺が何を言うか分かっているので、これ以上は何も言っては来ない。

 ただ僅かに、小さな溜息を吐くだけだ。


「さあ行くぜ。なぁに、夜明けまでに帰ってくりゃいいんだ。出来たらの話だがな」


「あまり不安にさせるような事を言って頂きたくはありませんが……。仕方ありません、御身はお守りします」


「その意気だ」


 互いに馬に跨り、先行するコセルアについて行く。

 目的地は勿論……ふざけた事をしている阿呆の元へだ。

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