第14話 報いを受ける怪物

「ちぃッ!!」


 俺達は咄嗟に散開して直撃を避ける。

 巨体が落ちて来てとんでもなくデカい音がしたが、なんとかなった。


 都合が良かったのはゲートがあった地点が開けていた避け易かった事、そして偶々逃げ込んだ先の茂みが俺の武器を置いていた場所だった。


 抱えていた女をその辺に投げ捨て、武器を構えてそいつの前へと出る。

 同じように別の茂みからアルストレーラが現れて、コセルア達とは違う佩び方をした腰の剣に手を当てていた。


 子供が居ないのはやっぱり俺と同じように茂みにおいてきたからだろう。


「キミ、ここで戦ってはせっかくの手掛かり君達の身が危ない。ここは一旦この場から引き離すべきじゃないかな?」


「同意見だ。女の方は癪だが、ここで死なせたらそれこそ何も分からなくなる」


 顔を見合わせた俺達は、対峙する化け物の視線を誘導する為に駆け出す。


「グルルル……ッ」


 俺達が背を向けて逃げ出したのを好機と捉えたのか、そいつは唸り声を上げながら追って来た。

 だが幸いな事に巨体だ。足が速いが小回りは効かない。


 俺達はそいつに追われながら森を駆け抜ける。そして――。


「ちょうどいいところに出たな」


「天運はどうやらボクたちを愛しているようだ!」


 この状況で随分な言い分だが、俺達は森の奥の草原へと出ることが出来た。

 ここでなら思う存分戦うことが出来るだろう。


「時間は掛けられねぇ。厄介なのはこいつだけじゃねえんだ」


 おそらくこいつの手下らしい化け犬が、そこかしこにいる。

 せっかくこいつを引き離しても、手間取ってそいつらが子供と女を食ったら俺達の負けだ。


 ここからが正念場だ、さあ気合入れて行くぞ!


「グォオオオオ!!!」


「何時までも威勢よく吠えられると思うんじゃねえぞ……ッ」


「その通りさ! そして――それを今から証明してあげよう!!」


 アルストレーラが腰の剣に手を掛けた時、勢いをつけて駆け出す。

 目標は目の前の図体のデカい化け犬だ。


「もらうよッ、二つ頭君!!」


 鞘から抜き放ったと同時にその勢いのまま、残像を生み出しながらその首の一つへと刃が歯を立てる。


 だが……。


「グルル……ッ」


 敵も図体だけで群れのボスになったんじゃねえんだろう。とてつもない速さもそれに反応を示して、頭の向きを反らしてわずかに回避する。

 腕を伸ばし切ったアルストレーラの隙も見逃すはずがない。


「おっとっ!」


 反らした首を再び動かし、その重量を武器に跳ね飛ばした。

 だがアルストレーラもやるもので、その動きにすら反応して反対の手で鞘を抜いて盾代わりにして直撃を避ける。


 しかしその重さだ、ショックは殺せるものじゃない。吹き飛びながらも空中で回転し、地面へと着地する。


 注意がアルストレーラに行った隙を狙って、俺も棍を叩きつけるが、もう一つの口に噛まれそのまま弾き飛ばされてしまった。

 その最中に棍を地面に突き立てる事で、俺も手傷を負わずに地面に立つことに成功。


「チっ」


「流石に簡単じゃないね。それに――今にも不味いものを放ちそうだよッ!」


 その言葉通りだ。

 化け犬のボスはその二つの口に電気を帯びさせ、今にも解き放とうとしている。


「ちっ、早いとこケリをつけてやる……ッ」


 俺は再び駆け出す。だが今度はさっきとは真逆の方向からだ。

 ボスが電気を溜めている隙に、懐へと潜り込む。


「ガァアアア!!」


 吠えると同時にその口から電撃が放たれる。しかしそれは俺を狙ったものじゃなかったようだ。

 狙いはアルストレーラの方だったようで、俺の横を通り過ぎていく雷光を見て確信する。


 来る!


 その読み通り、余所を向いた俺をボスの爪が襲う。


「くっ……!」


 棍を爪に向けて突き出し、なんとかそいつが俺の体に当たる事は無かったが、咄嗟の行動じゃそれが限界だった。


「かはっ!?」


 吹き飛ばされた俺は、宙を舞って地面に叩きつけられる。その一瞬で背中の痛みと共に肺の空気が全部外に出た。


「クソッタレが……っ」


 足が震えながらも、棍を杖代わりになんとか立ち上がる。

 犬畜生の癖してムカつくんだよ……ッ。


 雷撃が飛んで行った方向を見る、そっちにはアルストレーラが居たからだ。


「ぐ……っ」


 だがその心配は杞憂に終わる。アルストレーラも無事だ。

 無事なだけ、って言った方がいいな。


 剣で防いだんだろうが、所々服が破れ、血も流れている。

 それでもその顔から笑みと闘争心が消えてないのは、騎士の意地ってところか。


(やるじゃねぇか。正直見直したぜアルストレーラ、ただもんじゃねえとは思っていたがな)


 だが、次はもうねぇはずだ。

 俺はボスの突進を回避して、アルストレーラの隣まで駆けて行く。


「よお、いい格好じゃねぇか」


「ふふ、戦場での傷は騎士としてのボクをより美しく見せてくれるさ」


「それだけほざけりゃあ心配もねえな。……お互い、このままじゃあ倒すどころじゃねえがな」


 あっちは一撃で俺達を沈めるパワーがあるし、経験もある。

 対してこっちは一太刀も入れてないと来た。


 こいつは精神的にキツいって話だ。だが……。


「下がる理由にはならねえ。野放しにしたらこの状況を仕組んだ奴の思う壺だ」


「だろう? ボクもそれは面白くない。……今からちょっとしたマジックをお見せしよう。キミからは拍手を貰いたいな」


 マジック。つまり奥の手って事か。


 化け犬は、その筋肉を活かした力強い踏み込みで俺達に向かってくる。

 それに対して、アルストレーラは再び剣を鞘に納めると……その体を、何かが包み始める。


「そいつは……オーラってやつか」


「今のボクの全力を披露しようじゃないか。成功したら褒めて称えて、お願いだ」


 オーラ。

 トレーニングをつけてくれた時、コセルアから聞かされていた話だ。


『我々のような近接戦闘を行う者には、剣術などの戦闘法に加え、オーラと呼ばれる力を基本的戦術と致します。それは魔法を扱う魔導士にとってのマナに近しいものであり、人間がその身に持つエネルギーの一つとなります』


 そう言ったコセルアは木刀を手に持って……。


「さあ行くよボス君ッ! イレスカトラの一大妙技、とくと味わってくれたまえ!!」


 身を包んでいたオーラは、剣にも到達して今まさに迫り来る化け犬のボスへと抜き放たれた。


 風切り音と共に現れたのは斬撃、だったんだろう。

 一瞬にしてエネルギーの塊みてぇのが出て来たと思ったら、それが頭の一つに食い込み、そして切り落としていた。


「ガァアアアア!?!?」


 残った方の口から痛みの咆哮が聞こえる。

 だが飛びかかって勢いがそのままだ。


 力尽き、それでも不敵に笑うアルストレーラはその末路を勝手に悟っているようで――俺はそれが気に入らなかった。


「……えっ?」


 アルストレーラに向けて横っ飛びし、そのまま飛びつくように押し出す。

 さっきまで俺達が居た場所にはあのボスが、無様な態勢で突っ込んでいた。


「キミ……」


「褒めて欲しいんだろ? そいつを聞く前に死ぬなんざ心残りだ。違うか?」


「……まいったね。これじゃあジェントルを守るレディに成り切れない」


「お互い様と行こうぜ。……あとは任せな」


 アルストレーラをそのまま地面に寝かせたまま、俺は棍を構えた。

 相手は起き上がろうとしてる化け犬のボス。ここまで手間掛けさせたクズ野郎だ。


(思い出せ、さっきのこいつと――あの時のコセルアをッ!)


 あの時、コセルアは手に持ってた木刀にオーラを纏わせ……そして訓練ようの巻き藁を真っ二つに叩っ切った。


 奴が態勢を立て直そうとするのが見えた。だがまだだ、まだ焦るな!


「き、キミ!?」


 背後からアルストレーラの声が焦った聞こえてくる。だがまだだ……!!


(今までトレーニングじゃ出来無かった。だが、今なら――やるっきゃねぇ今なら……!)


 あの時の感動と高揚感、そしてアルストレーラの心意気をこの足りねぇ頭に叩き込めば……!


 体の奥、いや、そう言っていいのかもわからねえところから熱が生まれるのを感じる。

 それがどこかなんて問題じゃねえ。クソッタレをブッ潰すだけの気概をこいつに叩き込む!


「……光った。キミ、まさかキミも……」


 体は熱いのに、頭が冷えて来る。今なら出来るって確信をくれる。

 体から腕へ、腕から得物へ広がる……!


「テメェのイキがりもこれまでだな……クソ犬ッ!!」


 オーラが足に息を吹き込んでいく。

 爆発するみてぇに地面を踏みぬいた俺の足裏が、まるでジェット噴射の勢いで俺の体をブッ飛ばす。

 狙うもう一つの首!


「お別れの時間だ――」


「ッ……」


「――テメェの首にバイバイしな……!」


 鉄の塊に過ぎない俺の棍が、オーラを纏って刃となって首を切り飛ばす。

 草っぱらに血をぶちまけながら宙を舞っていた首は、ボトっという気の抜けた音と共に地面に落下した。


(ふぅ……、ッ!?)


 途端、これまでにない頭痛が俺の脳みそに噛みついてきやがった!


「ぐぅうっ!」


「き、キミ? 一体どうしたんだいキミ!?」


(何だよこれよぉ……、力のツケとでも言いてぇのか。くそっ)


 心配する声に振り向く暇は無い。

 このままだと意識が……。


(ナメんじゃねぇ!!)


 左手の拳を強く握った俺は、そいつで力一杯自分のドタマに叩きつけた。


「お、おい!? 本当にどうしたんだい!」


「…………何でもねぇ。さっさと行くぞ」


 痛みで痛みを中和。馬鹿としか言いようのねぇ馬鹿理論に掛けて殴りつけた結果、少しはマシになった。

 時間ぐらいにはなったはずだ。


「ついて来い!」


 倒したボスだって本命じゃないんだ。

 俺は言う事を聞かなくなりかけてる体を無理矢理従わせて、茂みに隠していた二人の元へと走った。



「……へっ、何とか。何とかってか……」


 茂みを覗くと気絶したままのガキ。そして……。


「こっちも無事だ! やり遂げたね、ボク達……!」


 はっ、元気のいい声を出しやがって……。


「ああキミ!?」


 体の無理も限界だった。

 倒れて行く体、必死の形相で駆け寄ってくるアルストレーラのツラを見て、ふと思った事。


(そういや、犬連中を見て無いな……)


 そうして視界が黒み掛かって行き……。

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