第2話 一難を越えて出会い

「…………ぁああ!? いってぇ……。何だ頭が……?」


 後頭部の強い痛みと共に目が開いた。

 まず分かったのはどこかの部屋。薄暗くてどこかいまいち分からない。


(どういうこった? あの感覚……どう考えても俺は死んだろ。じゃあここは……)


 ……そうか。こいつはいわゆる死後の世界って事か。

 てっきり三途の川の土手にでも放り出されるもんだと思っていたが、ここは死人の待機所か何かか?


「死んでも痛ぇってのは分かるんだな。……こればっかりは死ななきゃ分からないって事か」


 まさか高校生で死ぬとは。それもよりにもよって好きな女の手で。

 独りよがりだったのか俺は……。何がカップルだ、馬鹿みてえだったな。


 次も人間に生まれ変われるかは分からないが、もしなれたら恋は勘弁したいぜ。

 ……記憶無ぇか、そん時は。はっ。


 まあいいや、案内人が来るまで横にでも……。


 そう思った時、扉が開く音が聞こえた。


「おい。ほんとに上物拾って来たんだろうな?」


「しつこいぜおい。見りゃあわかるってな。これで金に困らない生活を送れるってもんよ」


 近づいてくる声は女が二人。随分汚え喋り方だが、その手の連中とは縁があったから思う所は無い。

 しかし、上物って何の話だ? 何を拾って来たって?


「こいつか? へへ、なるほどかわいい顔してるじゃねえか」


「だから言ったろ。これなら高く売れるぜ、へへ。さっさと連れてってこんな国ともおさらばしようぜ」


 足音が俺の傍で止まった。俺は直前で目を閉じたから起きた事に気づかれないはずだ。

 しかしかわいい顔ねえ。そんな言い方するくらいなら相手は動物か? そんなもん近くに無かったが……あ? もしかして……。


 不意に腕が掴まれた。……かわいい顔? とんだ趣味してんなこいつら。


「にしてもロープで縛ってろよ。逃げられるかもしれねぇだろうが」


「何言ってんだ? ここには扉は一つだけ。どうあがいてもあたしらと鉢合わせするんだぜ? どうやって逃げるってんだよ」


「おいおい心配してのはお前に対してだ。最近腹回りが出て来たって言って無かったか? いざって時に逃げられねぇかってことよ」


「馬鹿言ってんじゃねえよ。どこが太ったってんだ? 仮にそうでもガキ一匹相手に遅れなんて――ぐふ!?」



「とらねぇってか? ああ?」



 目を開いた俺は、俺の腕を掴む女の鳩尾に向かって膝蹴りを入れる。


「っ!? ……」


 俺より背が高いせいか若干のジャンプが必要だったがうまく入ったようだ。

 女の片割れは耐えきれずに気絶。


 だが、今のでもう一人の警戒は上がったはずだ。


「て、てめえ!? ガキのくせによくもやりやがったな!!」


「ガキに手玉に取られるテメエらがマヌケなんだよオバン!」


「お!? ……このっ! あたしはまだ二十代だ!!」


 いい感じに頭に血が上ってくれたおかげか、殴りかかる動作が随分単調になった。


「このっ、当たれ! 避けてんじゃねぇぞガキィ!!」


「当たって欲しかったら土下座でもするんだな。考えてやらんでもないぜ?」


「ナメてんじゃねぇええ!!」


 俺もこんな連中にいつまでも構う気はない。

 突き出してくる右腕に合わせて襟首と手首を掴むと、肩を胸元に差し込む。そして女の勢いを利用しつつ、地面に膝を低く曲げた足を付けて背負い投げの体勢に移行。


「だらァ!!」


「んなぁ!?」


 俺の投げは見事に成功し、女は綺麗に背中から地面に落ちる。


「がっはァ!!?」


 倒れた女の顔は口から泡を吹いてやがる。失神したか? まあいいか。


 これで女共は制圧。しかし気になったのは二人共俺よりデカいって事だが。

 ……そんな事は後でゆっくり考えればいいか。


 てっきり死人の待機所だと思っていたが、まさか人攫いとはな。いや、この場合魂攫いか?

 あの世でもこの手の連中がいるとは知らなかった。これも一つの発見だな。


「さて……三途の川でも探すか。いつまでもこんな所にゃいられねぇしな」


 クソみたいな死に方で未練もあるが……どうあれ死人が何時までもこだわってても仕方が無い。だって死んでるんだからな。ああだこうだ駄々捏ねても無様になるだけだ。

 現世から離れてしまった以上はもう幽霊にもなれねぇしな。文句の一つだって……。


 ごちゃごちゃした小汚い部屋から小汚い二人を置き去りにして、俺は外へと扉を潜った。


 薄暗い廊下といくつかの部屋。

 外に出るのが目的なのでそのまま進んで行き、おそらく玄関だと思われる場所を見つける。


「さて、あの世の国ってのはどうなってるんだろうな? こうなると、ちと楽しみになって来たか」


 ロクでも無い幕締めだったんだ、せめてあの世の始まりには期待したいもんだが……さて。


 ドアノブに手を掛けようとした時、何故かガチャという音が聞こえ、開かれた。



「坊ちゃまご無事ですか!! ……はっ、坊ちゃま!? 脱出なされたのですね」


 開いた先から出て来たのは――何故か俺を見て坊ちゃまだとかほざく、これまた俺よりも背の高い女だった。


 その女が心配そうな顔をして俺の体をベタベタと触って来る。

 一体なんだこの状況は?


「お怪我はありませんか? もし御身に傷の一つでもついたかと思うと……」


「おいちょっと待ちな」


「……何でしょうか? それにそのお言葉遣いは……」


「さっきから随分と気安いけどよ……アンタ誰だ?」


 そうすると、つい今まで冷静に気を遣っていた顔が驚いて目を開いていた。


「……私の事が分からないのですか坊ちゃま?」


「分からねえな。そも、その坊ちゃまってのは何だ? 人違いじゃねぇのか? ここには他にも捕まった奴がいるかもしれねぇし、その一人なんじゃ」


「いえ、そのはずがありません。その端正なお顔に気品溢れる雰囲気を私が見間違えるはずなど。ですが確かに言葉遣いなどは……やはりどこかお体に不調を?」


「あん? ああ……確かに頭が痛いな。どっかでぶつけたのか……どっかは知らねぇが」


 ここに運ばれる時に雑に扱われたって所か。人の事誘拐しておいてこんな扱いとはな、誘拐犯としては三流以下だな。


「なるほど。ではそれでしょう」


「は? 何が?」


「頭を強く打ったショックで記憶を失われている。そのような言葉遣いもその影響なのでしょう。……なんという」


 何故か勝手に哀れみ始めた謎の女。よく見れば腰に剣をぶら下げているし、この服装。何かの制服だろう。

 ……もしくは危ないコスプレ女の道楽に付き合わされているかだ。


 付き合い切れねえ。


「何の用か知らないがな、俺は行くぜ。集合時間があるのかは知らないが、人を待たせるのは嫌いなんでな」


 人、と言っていいのか。この場合は死神か?

 とりあえず三途の川の案内人の所に行って、あの世ってのを案内して貰わないと。


「お待ちください! 一体誰と待ち合わせをしているというのです?」


「ああ? だからあれだよ……死神的な?」


「何を仰っているのですか!? まるで死人のような事を」


「アンタこそ何言ってんだ? その死人なんだから、勝手な都合で待たせたら悪いだろうが」


「坊ちゃまはこうしてここに生きていらっしゃるではありませんか。質の悪い冗談はお止め下さい」


 生きてる? 何を馬鹿な、あんな風に車で跳ねられて助かる訳ねぇだろ。

 仮に助かったとしても病室で蹲ってるはずだ。


 それともこれがあの世ジョークか? こっちの常識やらトレンドやらはからっきしだから分かんねぇんだよな。


 どうにも引き下がりそうにねえし……ここは一旦気が済むまで付き合うか。それで後で一緒に頭下げて貰おう。


「わかったわかった。何時まで付き合えばいいか知らんが、そっちに合わせてやるよ。その代わり後でちょっと付き合って貰うぜ」


「坊ちゃまの頼みとあれば。……さあ、参りましょう。皆、心配しておられます」


 はあ、茶番に付き合ってくれる仲間までいるとはな。意外にダチの多いタイプらしい。

 俺はコスプレ女と一緒に建物から出る事にした。

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