第9話 予想外の訪問者

舞踏会での出来事は、『足を痛めたカトリ王女がウィルロア王子と踊りたい一心で無理をしてしまった』と伝えられ、『心配したウィルロア王子は自ら王女を抱き上げ会場を去って行った』と、二人の仲睦まじい姿が派手に伝わり美談として国中に伝わっていた。

 結果的には二人の仲の良さをアピールできたので良かった。


 翌日からはキリクが言った通り、王城内ではデルタの一団とラステマの政務官がせわしなく動き回っていた。

ウィルロア以外の王族、国王やアズベルト、王妃は忙しそうで、王族専用の食卓には誰も席についていない。

 ゆっくり食事を取る暇もないようで、食事は各々私室でとっているそうだ。

 そんな中でもウィルロアは一人、広いテーブルに座ってゆっくりと食事を堪能していた。政務に携わっていないウィルロアはいつも通りの日常を過ごしていた。


 それから数日経って、ウィルロアは珍しく国王陛下の元を訪ねていた。

 指定された時間に訪ねたつもりだったが、執務室には先約がいた。

宰相レスターは書類を手に、国王と話し終えてウィルロアとも軽く挨拶を交わした。退出しようとするの呼び止め、折角だからと彼にも同席してもらうことにした。


「時間を設けていただき感謝します。先だって私の侍従についてお話がございましたが、実は私から、先日兄上の侍従を解任されたマイルズ侍従を、私の側付けにしていただきたくお願いに参りました」

「マイルズを?」

「はい」


 陛下はウィルロア自ら侍従を希望したことに驚いているようだった。

 それもそのはず。ラステマに戻ってからのウィルロアは、全く政治に興味はなく侍従が付くのものらりくらりとかわしていた。

 しかしここ数日は皆の忙しさを目にし、怠け者ウィルロアも考えた。

 できれば政務になんて関わりたくないし、これからは和睦の象徴というしがらみからも解放されて、悠々自適に暮らしたい。

 次期国王となるアズベルトもウィルロアに大人しくしてもらった方が安心だろう。

そう思っていたのだが、さすがに王族として皆が忙しく動き回っているのに何もしないのは心苦しいし、アズベルトとの関係も違う視点から攻めてみようか、と進路変更することに決めた。

 ウィルロアが日常業務を担えば少しは皆の休める時間も増えるだろう。そしてアズベルトも少しは自分を認めてくれるかもしれない。

 そのためには先ず侍従がいなければ始まらなかった。

 ラステマの王族に就く侍従は特別で、高位侍従と呼ばれる。王族の政務や身の回りの世話、相談役と、常に主と共にある側近中の側近である。国内での位も高く、自身も上位の爵位を持っていなければならない。教養と地位、忠誠心を持ち合わせた者しか務まらないため、当てはまる人物を探すのは至難の業で、ウィルロアの侍従探しも本人のやる気のなさもあって難航していた。

 ウィルロアが名を挙げたマイルズ侍従は、元はアズベルトの侍従であった。

 あの廊下での叱責の後、本当にマイルズが辞めさせられたと知って、これはいい機会だと立ち上がった。

 王太子であるアズベルトには元々侍従が二人おり、マイルズはここ二年程前に就いたばかりの新しい方の侍従だそうだ。

 兄からのおこぼれという形にはなるが、王太子の侍従に就いたとあれば身元もしっかりしており経験もある。

 更に兄上とも見知った顔だから、アズベルトの怒りが治まれば(彼の短気は大抵三日後には何事もなかったように治まる)兄との橋渡しにもなるかと期待した。

 そんな考えもあって自ら侍従にマイルズを指名したのだが……。


「勿論、兄上に支障がなければで構わないのですが……」


 どうしたというのか、陛下とレスターは驚いた顔をし、顔を見合わせていた。


「あの?」

「いや、これは驚いたな。今レスターからも同じ話をされていたのだ。お前の侍従にマイルズを推薦したいと」

「カンタール宰相が?」

「はい。アズベルト殿下の元で培った経験が、ウィルロア殿下の助けになるのではと、差し出がましくも愚息を推薦させていただいた次第です」

「え!」


 愚息、だと?


「マイルズはレスターの息子だ」


 これは失敗した。


「そうでしたか。何も知らず失礼を」

「息子と言っても政務に関しては平等に扱っております。宰相としてマイルズ侍従ならば殿下のお力に成り得ると考えました」

「一応アズベルトに話を通してからにしようと言ったところだが、お前もマイルズを望むのならばこのまま話を進めよう」

「……ありがとうございます」


 それからウィルロアは執務室を後にし、足早に私室へと戻った。


「あ、殿下――」


 部屋の前に待機する護衛の呼び止めに、「暫く一人にしてほしい」と口早に伝えた。

私室へ籠るとしっかり鍵をかけた。


「ああー! 失敗した!」


 まさかマイルズがレスターの息子だなんて。確かに以前彼の口から息子の話は聞いていたが、長らく外国に勉強に行かせていたはずで、ウィルロアとの面識はない。


「しかもあの男、息子を『イル』って愛称で呼んでたし全然気づかなかった!」


 これだから情報が足りないとミスを犯してしまうんだ。

 マイルズはアズベルトが叱る程無能ではなかった。

 デルタの一団を迎えたセレモニーでは、主の選んだクラバットのモチーフがデルタ人に反感を買う物だったから変えていた。

 晩餐会では主の失礼な態度を救うために会を中断させた。

 廊下で叱られていたのも、アズベルトが用意したアクセサリーを、カトリに届けなかったのを叱られていたのだ。

 更にアズベルトの与える影響力を丁寧に伝え、舞踏会場に戻るよう進言していた。

 少々若すぎるかなとも思ったが、二年侍従として勤めた経験もあり、逆に自分と年が近ければ良き理解者となってくれる、そんな淡い期待もあった。

 だが奴がレスターの息子なら話は違う。


「くそっ! レスターとは関わらないと決めた矢先にこれかよ! 何たる失態、阿呆か俺は。自分の息子を推薦するって職権乱用公私混同もいいとこだ! あいつ絶対なんか企んでるだろ。何が平等に扱ってるだ胡散臭ぇ。陛下も陛下でレスターを信頼しすぎなんだよバカ野郎!」


 一息悪態をついた後で、慣れた私的空間に違和感を覚え、はっとした。


「!?」


 感じたのは、視線――?

 だがここはウィルロアの私室で鍵もしっかりかけている。

扉を叩く音で振り返る。


「殿下ぁ! 先程殿下にお客様がいらしてぇ! お部屋でお待ちいただいておりますぅー!」


 防音設備がある部屋なので、外から大声で伝える護衛。

 ふ、ふざけんなよ能無しが! 言うのがおせーんだよ!

 視線を感じ、恐る恐る視線を移した先には、ありえない人物が立っていた。

 いつもの能面……、とはいえない驚きに目を見開き、立ち尽くすカトリ王女と目が合った。

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