第4爆 爆弾狂、奈落の玄関口に立つ!

第19破 神殿兼冒険者ギルド兼酒場!?

 砂海の行き着く果てには断崖絶壁が立ち塞がっていた。

 岩壁に刻まれた階段はつづら折りに伸び、荷物を抱えた人間たちが往復している。その横を木製のクレーンにぶら下げられたいくつもの昇降機が引っ切りなしに上下していた。


「おお、いよいよ到着っすね」

「おう、ここがサウスゲイト――通称<奈落の玄関口>だ」

「その通り名はなんとかならなかったんすかねえ」

「知らねえよ。俺様がつけたわけじゃねえ」


 奈落の玄関口だなんておどろおどろしい名前がついているけれど、活気に溢れた港の様子からはとてもそんな恐ろしい場所には見えない。波切号以外の渡砂船も何隻も停泊していた。


「って、あ、あれ? 砂海を渡ってこの街サウスゲイトに来られるのって、波切号だけって話じゃ……」

「中央航路を渡れるのが俺様の船だけって話さ。砂海の縁をぐるっと迂回すりゃ他の船でも来られるし、険しいが陸路もある。何倍も時間がかかるがな」

「時の刻みは金貨の重みって言うっすからね。商売するなら近道するに越したことはないっす」


 なるほど、タイム・イズ・マネーってことか。前世でも特急と鈍行では料金が違っていた。波切号はお金で時間を買いたい人向けってことなのか。


 波切号が接岸し、杭にもやい綱が結び付けられる。錨も降ろされて、キーウィ族の船員たちが帆をたたみ始めた。


 断崖の上から昇降機が降りてきて、甲板の上に着地する。木製の檻のようなそれに乗り込むと、改めてロジャーさんに向き直った。


「さて、あんたらには世話になったな。帰りも乗るならサービスするぜ」


 ロジャーさんが制帽をちょんとつまんで持ち上げる。


「船長さんも商売上手っすねえ。帰りのことはまだ考えてないっすけど、お世話になるときにはよろしく頼むっすよ」

「くれぐれも無理はするなよ。瘴気領域の魔物はこっちとはわけが違うんだからな。ま、大魔法使い様がいれば余計な心配だろうが」

「あ、いや、そ、その、そんなことは……」

「ははは、冗談だよ。荒事は好きじゃねえんだろ?」


 昇降機が巻き上げられ、波切号の姿がだんだん小さくなっていく。たった10日間の船旅だったけど、なんだか寂しい。前世の友だちはネットにしかいなかったから、こういうお別れの経験ってないんだよな。ゲームを引退した人でも、SNSではつながってたし。


 そういえば、この世界に郵便ってあるのかな。もしあるのなら、ドワーフ村のガガドンガさんたちに手紙を出したいな。ノミとトンカチ、すっごく活躍してますって。あとお茶碗も使ってますって。お茶もお酒も、なんならただの水でもあのお茶碗で飲むとまろやかになって一段味がよくなる気がする。


 そんなことを考えるうちに、ガションと昇降機が止まった。揺れる足場に若干もたつきつつ陸に上がる。


 眼前に広がる町並みは木造ばかりで、レンガ造りのキーウィ族の街とはまるで違っていた。行き交う人たちはケモ耳の獣人、すごく背が高くて腕が長い人、二足歩行の爬虫人類などやっぱり様々だが、キーウィ族はいなかった。


「キーウィ族は雨が苦手なんすよ。サウスゲイトは雨が多くて湿気がちっすから、こっちには住んでないらしいっすね」


 そういえば、昇降機を降りてから空気が湿り気を帯びている気がする。振り返ればからっからの砂漠が広がっているのに不思議だなあ。異世界ならではの気候ってことなんだろうか。


「ま、ひとまずは情報収集っすね。前線・・の情報は噂話程度でもなかなか伝わってこないっすからねえ。あっ、そこの人、ちょっと道を伺ってもいいっすか? メルカト神殿に行きたいんすけど――」


 前線・・って何だろう? って尋ねる間もなくトレードが通行人に道を聞いて歩きはじめてしまった。木版が敷き詰められた街路をことことと足音を立てて進む。木版には隙間があって、雨水が溜まらないようになっているようだ。


「さてと、到着っすね」

「えっ、ここが、神殿……?」


 神殿というからには、大理石で出来た立派な建物を想像してたんだけど……。目の前に現れたのは木造の建物だった。スイングドアがついていて、ジョッキを描いた看板が出ている。おまけに中からは酔客のざわめきが聞こえていた。


 こ、これってもしかしなくても酒場なのでは……?


「お邪魔するっすよー」


 しかし、トレードは躊躇なく店内に入っていく。酒と料理と汗の匂いが入り混じった臭いがむわっと鼻をつく。店の中にはテーブルがいくつも並んでいて、そこには何人もの酔客がジョッキ片手に料理を囲んでいた。


 腰に武器を帯び、使い込んだ革鎧を着た人。真っ黒なローブを羽織って長い杖を持った人。丸太のような棍棒を背負い角の生えた大男に、尖った長い耳の金髪美女。いかにもファンタジーの酒場って感じの光景が広がっている。


「ちょっとすんません。通るっすよー」


 人混みをかき分けながらトレードが店の奥に進んでいく。奥には横長なカウンターがあり、その向こうでは忙しそうに鍋を振るう料理人やジョッキに酒を注ぐウェイトレスがいた。


「あ、あの、トレード? ここって本当に神殿なの?」

「神殿兼冒険者ギルド兼酒場っすねー。大きな街だとちゃんと分かれてるんすけど、大概の街だと一緒くたになってるんすよ」


 神殿と冒険者ギルドと酒場が一緒くた? いや、ライトノベルなんかじゃ後者はよく一緒になってるけど、神殿と……???


「おっと、神像があったっす。これで神官を呼ぶっすよ」


 カウンターの端に、高さ30センチくらいの木製の坐像がちんまりと置かれていた。ターバンを巻いた若い男がモチーフで、やや彫りが深く地球でいうなら中東系って感じがする。右手は親指と人差指で「儲かりまっか?」の形を作って胸の前に、もう片手には金属製のベルがついている。


 トレードさんがベルを指で弾くと、ちりんちりーんと澄んだ音が店内に響き渡った。


 神官ってどんな感じの人なんだろうな。白い髭を蓄えたおじいちゃん? それとも、清楚な聖女様って感じなのだろうか? 狂信的なナイフ使いの可能性もワンチャンあったりして……ってさすがにそれはないか。どんな人が出てくるのか、ちょっとドキドキする。


 背後の客席からバタバタと音が近づいてきた。

 神官様かなと思って振り返ると――


 ――そこには寝癖だらけのピンク髪のお姉さんがいた。


 頭に大きな黄色い花の髪飾りをつけ、ゆったりしたローブを羽織っている。だらしなくはだけた胸元から豊かな谷間が見えていた。酔っ払いが絡みに来た? ひょ、ひょっとして痴女とか、露出狂ってやつかも? 目を合わさないでおこう……。


「やあほー、いらっしゃーい。メルカトの神殿へようこそぉ。ひっく。お姉さんが神官のヒナギクちゃんでぇ~す。あっ、酒場の店主と冒険者ギルドの代表もやってまぁ~す」


 は? え? いまなんと……?

 このお酒臭いお姉さんが神官……なの!?




【おまけ解説:キーウィ族の生態について】

 キーウィ族が雨や湿気を苦手とするのはその長い体毛のせいです。乾燥した砂漠に適応するため、保湿性が非常に高いのですが、一旦濡れると乾くまでめっちゃ時間がかかります。そうなるとカビが生えたり虫が湧いたりしてとても大変なことになります。キーウィ族を見かけても水をかけたりしないでくださいね。

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