【1-6回想】火の鳥

「あ、流れ星」

「ちげえよ。あれは多分火の鳥だ」

「火の鳥?」


 指を指しながら私が言うと、隣に座っていたシンクは首を横に振りそう言った。

 辺りが寝静まり、街の光も少なくなった頃。二階の寝室の大きな窓脇に腰掛けながら、こうして天体観測をするのが楽しみだった。

 耳や尻尾が見えないようにと、ブランケットを頭から被りながも、足を交互に揺らしながら隣でシンクの話に耳を傾ける。


「火の鳥ってのは、全身を炎に包まれた鳥で、聖園みその領域から来るって言われてるんだぜ」

「聖園領域⁉︎ すごい……! そんな遠い所から来るなんて!」


 でも何をしに来たのかな?

 疑問を口にすれば、シンクは手にしていた望遠鏡を覗き込みながら答えた。


「そりゃあ勿論、神様の命令だろ」

「神様の命令かぁ」


 じゃあ、意地悪な命令も引き受けたりするのかな。なんて思いながら膝を抱える。

 シンクやアンナおばさんは優しいけれど、学園ではいつもピリピリとした空気がして嫌だった。

 きっと自分以外にも獣人や半獣人はいるはずだ。そうは思っていても、度々耳にするのは人々の良からぬ言葉。これも全て神様が許したからだとキリヤは言った。

 それを思い出し、窓枠から足を持ち上げ膝を抱えると、それに気付いたシンクはちらりとだけ見る。


「寒いのか?」

「ううん。ただ、ムッてなっただけ」

「何だよ。ムッて」

「ムッはムッだよ」


 頬を膨らませてより分かりやすく感情を訴えれば、シンクは「何だよそれ」と言って呆れる。

 肌寒くなったのもあり、くるりと外から室内に身体を向けると、そのままベッドへと向かう。シンクも部屋に入り窓を閉めれば、手にしていた望遠鏡を机に置いて自分のベッドに潜った。

 ブランケットごと布団に入り、顔だけを出せばシンクの方を見る。もう寝に入ったかと思いきや、ベッドサイドのランプを付け、教本を手にしていた。


「今から勉強?」

「勉強っていうか、見直し? 俺のクラス明日テストだから」

「そうなんだ……って、え、明日テストなの?」


 大丈夫? と訊ねれば、シンクは真顔でこちらを見る。そして間を置いて静かに言った。


「大丈夫じゃない」

「だろうね‼︎」


 いつもの事だが、何故ギリギリまで勉強を始めないのだろうか。

 段々と顔に焦りが見え始めるシンクに、自業自得とはいえ流石に気の毒になってくると、起き上がりシンクの傍にやってくる。


「これは……昨日私のクラスでもやった所だね」

「えっ、じゃあテストの答え覚えてるか⁉︎」

「覚えているけど……身につかないよ?」


 そう言い付け加えるも、シンクは縋り付くように肩を掴み「頼む!」と声を上げる。


「一生のお願い‼︎」

「それ……先週も聞いたよ?」

「本当にこれで最後だから‼︎」


 頭を深々と下げ手同士を擦り合わせるシンクに、私はため息を漏らした。何だかんだで助けてしまう私も甘いのだが、致し方ない。


「じゃあ、ちょっと待ってて。書くから」

「助かった……!サンキュー!」

「……次はちゃんとしなきゃダメだよ?」


 もうすぐ中等科の進級試験もあるし。

 そう私が口にすると、シンクは苦々しく「やる時はやるよ」と返す。


「この間だって、芸術魔術とかは俺が勝っただろ」

「それはそうだけど」

「それに、俺はこのスタイルが合ってんだよ」


 だから心配するなと、何故かシンクは胸を張っていった。私は半信半疑ながらも、答えを書いたメモ用紙を渡した。


※※※


 そして次の日の下校時間。


「……」

「……」

「……はぁ……」


 重苦しい空気の中、弱ったシンクのため息が聞こえた。どうやらテストの結果が散々だったらしい。

 一応私の書いた答えは合っていたらしいが、やはり一夜漬けにも限度があったようで、先程見せてもらったテストは空欄が多かった。


「だから言ったじゃん。身につかないよって」

「うるせー! この後やるつもりだったんだよ!」

「嘘だ! おやつ食べたら絶対この後ゲームするもん!」

「明日からやるんだよ‼︎」


 半ば涙目になりながらシンクは声を荒らげると、うわーんと嘘泣きしながら前へ駆けていく。

 私も追いかけていくと、シンクは家の近くの茂みの前で足を止めしゃがみ込んだ。


「シンク?」


 何かあったのかと彼の元に向かえば、彼の手に見慣れない物があった。背後から覗き込めば赤い鳥の羽根。しかもそれば手の平よりも大きく長かった。

 振り向いたシンクと目が会った後、二人して再度その羽根を見れば、ふと昨晩の記憶が思い浮かぶ。


「「火の鳥だ‼︎」」


 二人して声を上げれば、シンクはそれを隠すように制服の中に隠し、小声で「行くぞ」と顎を指した。

 それから急いで家に戻り、寝室で改めてその羽根を見れば、羽根の先からはチリチリと火の粉らしき光が散っていた。


「シンク、熱くないの?」

「うん。不思議と。けどすげえ……やばいもん拾っちまった」


 言い伝えによると、火の鳥の羽根は地面に落ちる前に殆どは燃え散ってしまうらしい。だから、燃え尽きずに落ちているのはかなり貴重だと聞いていた。

 シンクは笑顔になり、ベッドに寝転がりながらその羽根を眺めていると、その羽根は段々と光を帯び、火の粉の量も増えていった。


「……シンク」

「何だ?」

「何か、焦げ臭くない?」

「焦げ臭い?」


 シンクが起き上がり辺りを見回す。少し前から何かが焦げるような匂いがしていた。

 シンクは最初首を傾げていたが、羽根とは別に火の粉が上から降ってくると天井を見る。私も見れば、天井が燃え始めていた。


「っ、シンク‼︎」

「やべーっ‼︎」


 叫び、私達は下に降りる。

 尋常じゃない慌てぶりに、下にいたアンナおばさんと何故か帰ってきていたキリヤが廊下に顔を出した。


「どうしたんだい一体」

「天井が燃えた‼︎」

「天井が燃えた⁉︎ シンク、あんた一体何したの‼︎」


 アンナおばさんが怒る中、キリヤはすぐ様二階に駆け上がる。私も向かえば、パシャリと水が飛び散るような音が聞こえた。

 遅れて部屋に入れば、煙と共に一息つくキリヤの姿があった。


「キリヤ……火、消えた?」

「とりあえずはな。んな事より、お前ら何したんだ」


 やれやれといった表情で言われ、たまらず謝ると、ベッドの傍らに落ちている火の鳥の羽根を指差す。指差したそれをキリヤも見れば、目を丸くさせ手にした。


「これ……どこで拾ったんだ」

「下校中に、拾った。昨日火の鳥飛んでたし、もしかして〜って思って……でもまさか燃えるとは思わなくて……」

「……まあ、知らなくて当然か」


 キリヤは困ったようにその羽根を指で回すと、「少し待っていろ」と言って、羽根を持って下に降りる。何をするのかと思いついていくと、隣にある私達の自宅に戻り、部屋から工具を持ってリビングに出てきた。

 その時、いつの間にか後をつけて来たのかリビングにはシンクもいた。

 キリヤは私とシンクをリビングのテーブルの椅子に座らせると、目の前に工具箱などを置いて説明を始めた。


「確かに火の鳥の羽根は珍しいが、このまま持っておくと天を遮る物を焼いてしまうんだ。だから……」

「?」


 工具箱から取り出したのは、防炎性のグローブだった。それをテーブルに置いた羽根の上に置くと、その上からキリヤは手を置く。


「まずは時を遅らせる魔術をかける。それで、燃える速度を遅らせると、魔術を固定化させる効果のある魔石入りの合成樹脂などを塗る」

「なるほど」


 キリヤのやり方を見つめながらシンクは興味深く頷くと、キリヤは工具箱と共に持ってきたその合成樹脂のボトルを開け、筆と共にシンクに渡した。


「やってみろ」

「お、おう」


 強く頷き、言われた通りに羽根に樹脂を塗っていく。樹脂によって毛羽立ってしまったが、しばらくすると馴染んでいき、石のように硬くなる。


「おぉ」

「これで燃える事は無くなった。ただし、取り扱いには気を付けろよ。羽根とはいえ神の力は籠っているからな」


 間違った取り扱いをすれば、さっきの比じゃないからなと、キリヤはニヤリとして呟く。脅しにも似たその忠告にシンクは青褪めれば、何度も頭を縦に頷いた。


(キリヤは何でも知ってるなぁ)


 相変わらずすごいなと思う一方、予定よりも早い帰宅に首を傾げていると、キリヤは私を見るなりこう言った。


「コハク、もしかして何で今日早く帰って来たんだって顔してんな?」

「! ……何で分かったの」

「分かるさ。お前はよく感情を顔に出すからな」


 フッと笑うと私の頭を撫で、キリヤは席を立つ。


「たまたま今日は仕事が早く終わったんだ。たまには良いだろう?」

「! ……うん!」


 強く頷く。と、玄関からドアのノック音が響き、キリヤが返事する。ドアの向こうから聞こえて来たのはアンナおばさんだった。


「もうすぐ夕飯だよ。家においで」

「お、分かった」

「はーい」


 キリヤが返事した後、続けてシンクも大きな声で返した。シンクが一足早く向かえば、玄関から今日の夕飯の話が聞こえてくる中、私も向かう。


「今日はお好み焼きだってよ」

「やった」


 キリヤに言われ小さく喜べば、キリヤも笑って先程よりも強く頭を撫でた。

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