【1-2】キリヤという男②

 それからノルドの案内に従い、エレベーターに乗って今度は降っていると、その中で先程のキリヤの態度の理由についてノルドが話してくれた。


「キリヤはさ、魔鏡守神まきょうのまもりがみをよく思ってなくてさ。だから、僕達の事もちょっと複雑に感じてるんだよね」

「僕、達……?」

「うん。あ、そういえば話してなかったっけ? 僕も魔鏡守神の子なんだよ」

「⁉︎」


 思わず凝視すると、ノルドは笑ってポケットから紅く楕円形の石を取り出す。

 その石は魔鏡守神の子だけが持つと言われており、元いた領域で少し前から共に過ごしている異母妹も持っている。


「話を聞くとどうやら僕が年下みたいだね。改めてよろしくね。お兄さん」

「あ、ああ……よろしく?」


 疑問符付きで頷き、差し出されたノルドの手を握った後、ノルドはキリヤの話に戻る。

 ノルドも最初、キリヤの所に訪れた際は何度も追い返されたらしいが、何だかんだあって今は傍にいる事を許して貰っているらしい。

 彼は彼でそれなりに苦労したみたいだが、先程までの会話を見る限りはキリヤはかなり気を許しているように見えた。

 話を聞いている間にエレベーターが止まると、扉が開き外に出る。そこはさっきまでいた階とは違って、荒れた路地裏の様に見えた。

 シルヴィアの肩を引き寄せながらノルドの後を追うと、たどり着いたのは、鉄の様な薄い板の扉が付いた小さな部屋だった。


「お疲れ様。ここが僕達の家だよ」

「家、なのか」

「うん。狭いけど、ま、許して」


 そう苦笑いして、ノルドが先に入ると、俺達も恐る恐る中に入る。


「お、お邪魔します」

「します……」


 玄関らしき小さなスペースに、朱雀すざく様合わせて三人で固まると、ノルドが戻ってくる。


「部屋案内するね。あ、シルヴィアちゃんは別室が良いよね」

「あ、えとお気遣いなく……どこでも」

「大丈夫大丈夫。部屋は用意してるから」

「あ、ありがとうございます」


 ノルドに言われ、シルヴィアは頭を下げる。

 時間も時間という事で、案内された部屋に入ったシルヴィアと別れた後、俺と朱雀様はリビングに向かうと、そこにはキリヤがいた。

 低いテーブルには沢山の空き瓶などが置かれていて、ソファーに寄りかかりながらタバコを口にしていると、俺達が来たことに気付いたのか、無表情なままタバコを灰皿に押し付ける。

 そんなキリヤにノルドは呆れた様子で言った。


「換気扇の近くで吸ってよ。また匂いつくでしょ」

「うるせえな。好きに吸っていいだろ」

「ったくもう……あ、お二人とも好きな所に」


 そう言われ朱雀様と目を合わせると、とりあえずキリヤの正面にあるソファーに座る。

 キリヤとは目が合わず気まずい空気が流れるが、リビングの棚にある絵を見て、視線が止まる。

 よく出来た絵で、キリヤらしき男の傍には可愛らしい金髪の少女がいた。

 それを見つめていると、キリヤがぽつりと呟いた。


「その写真に写っている嬢ちゃん。それがお前の母親だ」

「! ……母さん?」

「ああ。……何だ。顔は覚えているんだな」


 俺の返事にどこか安堵した様子でキリヤは言う。絵だと思ったが、キリヤの話を聞く限り少し違うらしい。

 ノルドがやってくるまで、その写真とやらを眺めていると、急にキリヤは立ち上がり部屋を出る。そして少しして戻ってくれば、また別の写真を差し出された。

 それを受け取ると、そこには二人の獣耳や尻尾が付いた夫婦が写っている。服装や背景からしてどこかの王族らしい。

 と、それを見た朱雀様が、写真に写る男と俺の顔を交互に見ながら言った。


「何か、すごくフェンリルに似てるな」

「俺に似てる?」


 そうか? と返すと、キリヤが頷き言った。


「そりゃあ、お前の祖父だしな。けど確かに最初見た時は驚いた」

「祖父……という事は、母さんの両親か」

「ああ。けど、あいつが産まれて間も無くお二方は亡くなったがな」

「亡くなった……?」


 顔を上げ、キリヤを見る。キリヤは黙り込んだ後、俺を見つめ返し訊ねた。


「お前がどこまで知っているかは知らないが、その様子だとこの領域の事は全く知らないんだろ? 興味があるってんなら話してもいいが」

「……母さんの事ならば」


 聞きたいと言うと、キリヤは分かったと返す。

 時刻は午前三時過ぎ。静かな時計の針の音だけが部屋に響く中、キリヤは膝の上で自分の指を絡めたりしながら、ゆっくりと話し始めた。

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