ゲームの世界に転生してスライムとキマイラと美味しい旅をするんだが

第5話

　　　１００年間の暇（暇）

「わっ、わっ、わっ」

翼はユキの背にしがみつきながら、あまりのスピードに目を開けていられなかった。

「着いたぞ」

「酷い、あそこ」

ユキが背中に翼とリーフを乗せたまま飛び上がる。

一体のキマイラが年配の村人に襲い掛かろうとしていた。

ザシュッ

ユキがキマイラの脇腹を突飛ばし、胴体に着地する。

「グええっ」

ユキが着地するには、キマイラ身体は小さかった。

「お前はッ、ぐあ、止めてくれ」

ザシュッ

ユキが片足でキマイラの頭を踏みつけると、トマトのように簡単に頭が潰れてしまった。

「大丈夫ですか」

翼は目の前の現実を直視出来ずに震えているおじさんに声をかけた。

「た、助かった。あ、あなた様は神獣様ではないですか」

「うむ、遅くなってすまぬ」

「あなた様が助けて下さったと言う事は、天罰ではなかったのですね」

「我はキマイラの反逆者達から追い出されて、この者達に救われたのだ」

「おおっ、そうでしたか。ご苦労されたのですね」

「他の村人達はどうしたのだ」

「山の祠に隠れています。私は生き残りと食料がないか確認に来たのです」

「食料がある場所を教えて下しい」

「はい、こちらです」

村で唯一の食料品店の倉庫に案内された。

「待て」

立ち入ろうとする村人をユキが引き留める。

「がああっ」

食料を漁っていたキマイラが襲い掛かってきた。

「しつこい奴らめ」

ユキはキマイラの首に噛み付くとグルングルンと振り回した。

ユキの口に首の肉の半分を残して、キマイラの身体が吹き飛んだ。

吹き飛ばされたキマイラに息はなかった。

「ユキ、大丈夫か」

同族の反乱に抵抗をしなかったユキが戦っているのは、多分俺達の為だ。

キマイラ達は、正統な王の後継者であるユキを放ってはおかないから。

「うむ、リーフが腹を空かせておるぞ」

「ごはん」

「食料を全てこのリュックに入れて下さい」

翼はいつも背負っているペタンコのリュックを取り出した。

これはこのゲームで手に入れたマジックバッグの一種で、収納箱と同じように沢山の荷物が入る。

「さすが神獣様のお連れ様。マジックバッグをお持ちとは」

翼は村人を手伝って棚の食料を全てマジックバッグに詰め込んだ。

「山の祠に行って、腹ごしらえでもするか」

店を出て、村人の案内で山の祠にたどり着いた。

「ギャー」

「助けてくれ」

祠の中から叫び声が木霊する。

ユキは誰も言葉を発する間も無く祠の中に飛び込んだ。

二頭のキマイラが暴れまわっていた。

キマイラが前足で村人の頭を叩いただけで、頭が吹き飛び祠の壁にぶつかり落ちた。

「止めよ」

キマイラの動きが止まり、振り返る。

「これは逃げ出した王様じゃないか。人間どもを配下に王国でも作るつもりか」

「お前のような弱虫に、キマイラの国は任せられぬ」

二頭のキマイラが同時に襲い掛かってきた。

「くおおおおっ」

ユキが叫ぶと壁が崩れそうな程震えて、二頭のキマイラが竦み上がる。

「小物の分際で勘違いをしたようだな。我が手心を加えてやったのが分からぬのか」

ユキが前足でキマイラを軽く叩くと、二頭とも祠の壁に激突して崩れ落ちた。

ぱらぱら

頭から小さな岩が降ってきた。

「ヤバい、皆さん、祠から出て下さい」

「きゃー」

「うわっあ～」

慌てた村人が出口に殺到した。

転んだ村の子供の襟首をユキが加えて祠の外に出た。

「皆、神獣様が助けて下さったぞ。反逆者が神獣様を王国から追い出したから、こんな事になったんだ」

「うむ」

ユキは加えていた子供の襟首を離して、子供の背中を鼻先で押した。

「収納オープン」

翼はワインの樽を出して、先程の倉庫から持ってきたコップにワインを注いだ。

そして村人に飲むように配った。

すると元から低い村人達の失われた体力が全回復したようだ。

「ああっ、力が漲る」

「傷まで消えてしまった」

「神獣様と使途様だ」

村人は跪いてお礼を口にした。

「いたいの？」

「大丈夫だよ」

皆、が回復して良かった。

またリーフが葉っぱをあげるとか言い出し兼ねない。

リーフが痛い思いをするのは嫌だ。

「村の安全な場所で、食事でもしましょう」

翼は村人達を助け起こした。

◇◆◇

祠に案内してくれた村人が村長だったらしく教会に連れていってくれた。

炊き出し用の窯も二つあるし、鍋も放り出してあった。

まあ、人数も多いし、俺のも出して一気に作るか。

「収納オープン」

冷蔵庫、ワインの樽、

焚き火台をだして、窯と一緒に火をつけた。

「米を研いでタンクから水を注いでおく」

野菜を大きめに切って、蓋付きの鍋二つで煮込む。

米は３０分浸しておきたかったけど、今回は仕方ないや。

米も火にかけて炊く。

野菜が柔らかくなったら、特製のブレンドカレー粉を入れる。

片方には唐辛子を入れて、片方には入れずによくかき混ぜる。

最後にインスタントコーヒーを一匙加えてコクと苦味をプラスして出来上がり。

倉庫にあった皿にご飯を盛り付けて、大人用のカレーと子供用のカレーをよそる。

「さあ皆さん、スプーンでご飯とタレを一緒にすくって食べて下さい」

「我も食べるぞ」

「リーフも」

「今、よそるからな。あと、お手製のラッキョウと福神漬けも置いとくんで、お好きにどうぞ」

ユキ用に取っておいた大きめな葉っぱに、ご飯とカレーを大盛りにのせた。

リーフには、翼と同じ専用の皿にご飯とカレーをこんもりのせた。

ちなみにリーフは子供用の甘いけどスパイシーなカレーだ。

「ビリビリおいしい」

リーフはまた新たな味に目覚めたようだ。

「うむ、なかなかだ」

ユキは、物凄い勢いで食べていく。

「こんなに美味しいシチュー初めてです。辛いのにコクと旨味が凄い。手が止まらない」

村人も子供達も気に入ってくれたみたいだ。

「ユキ、行くんだろ」

「うむ」

「着いて行こうか？」

「いや、直ぐに終わらせて帰ってくる」

「分かった。リーフと待ってるよ」

確かに、翼とリーフを守りながら戦うのは厳しいだろう。

人質にでもなったら、ユキが困る。

でもちゃんと帰ってこれるのか？

◇◆◇

ユキを見送ってから、翼は村の再建を手伝っていた。

滞在場所として、教会を利用させてもらっている。

寝泊まりの部屋もあるが、長く滞在するつもりはない。

主に食事作りがメインだが、村人が喜んでくれているのでヨシとしよう。

「翼様、必要な物があれば用意しますのでおっしゃって下さい」

「呼び捨てであいですよ。それに今は再建に物資も必要でしょう。俺の事は気にしないで管さい」

「ありがとうございます。ですが使途様を呼び捨てに等出来ません」

「使途様って何ですか？」

「獣の神からの使者が神獣様で、人の神からの使いが使途様です」

「だったら、俺は使途なんかじゃありませんよ」

「秘密なのですね」

いやいやいやいや。

「では私はこれで」

村長が一礼して出ていった。

「ユキちゃんまだ？」

リーフは一緒に旅を始めたユキが帰って来ないので心配そうだ。

「ユキ遅いな。俺とリーフだけで、プリン食べちゃうか」

「たべる」

リーフは喜んでブリンが出てくるのを待った。

翼は冷蔵庫からプリンと葡萄ジュースを出した。

「どうぞ召し上がれ」

「ぷるん」

いや、プリンだけどね。

「おいしい」

リーフは２本の腕を出して、頬っぺたを押さえる仕草をした。

誰かの真似を覚えたんだな。

「美味しいか。良かったな」

ユキ、早く帰って来ないとお前の分のプリン、リーフが全部食べる勢いだぞ。

◇◆◇

　山を利用した王国は、堅牢な要塞のようだった。

翼を持つキマイラだからこそ出入り出来る王宮に、ユキは易々と侵入した。

そしてあっという間に、キマイラ王国の反逆者達を一掃していった。

先代の王に仕えていた忠臣や王族達は、山の中心部に隠された牢獄に閉じ込められていた。

ユキが牢を破り、王族と臣下を救いだした。

「王子様、ご無事だったのですね」

先代王の側近で、歳を取り王宮を退いていたキマイラが頭を下げた。

「うむ」

「王子様がお戻りになったので、王国も落ち着きを取り戻す事でしょう」

「うむ┅┅」

ユキは複雑な表情を見せた。

「王子様？どうかされたのですか」

「我は刺客を放たれたので、敵を殲滅しに来ただけだ。王宮には残らん」

「何をおっしゃっているのですか？この国を民を捨てると言うのですか」

「うっ、１００年位なら、外の世界を遊学してきてもいいだろう」

「遊学でございますか」

年老いたキマイラが、ユキの健康そうな様子を見た。

「王宮にいた頃よりお元気そうですな。では１００年はこの年寄りにお任せ下され」

「よいのか」

「外の世界に何か面白いモノでも見付けたのでしょう。立派な姿でお戻り下され」

「じい、達者でな」

ユキは１００年間の暇をもらって、喜び勇んで村に駆け降りた。