第3話 後悔

父と母による監視行為は、兄弟にはおよばず、どういうわけか私にのみ向けられていた。



大学生の私が毎日父に探しまわられていた中、弟と妹は学生生活を満喫し、妹は友達の家に自由に泊まりに行き、彼氏とも自由に外出していた。



弟と妹はなにも悪くないと頭ではわかっていながら、


2人はなんの束縛もされずにずるい。特に、弟は、小さい頃からえこひいきされてずるい。


と、心の奥でずっと複雑な思いを抱えていた。








私が家を出たあと、父と母による監視行為は止んだ。もうどうすることもできないと思ったのだろう。






弟は無事正社員として新たな仕事をみつけ、正社員として再就職できなかった私は、期間定めの労働者としての人生を歩み始めた。














社会人数年目の時、母方の祖父が亡くなった。



仕事人間で、いつも優しくて、オシャレで、真面目で、料理も家事もできた祖父。



孫たちが風呂から上がると、ポマードの香りとともに、いつもドライヤーで優しく髪を乾かしてくれた。




これは母からあとで聞いた話だが、反抗期の私の愚痴を祖父にいうと、祖父は必ず「千夏ちなつは利口な子だから、大丈夫」と母に言い聞かせたのだそうだ。



母がいないと何もできない父を、私は「父親」という目で見たことがなかった。なんでもかんでも母任せで、椅子から一歩も動かず、一日中家にいて家族やテレビに文句ばかりいい、ぐうたらしていた父。




祖父は、真逆の人だった。


夏休みに、祖父の職場によく遊びにいった。 


祖父の立派な椅子に座り、席札と名刺を眺めて得意げに椅子を回転させて遊んだ。 


お気に入りの山葡萄のジュースを買ってもらい、大人ってなんてかっこいいんだと幼心に思ったものだ。




しかし、反抗期以降、私は祖父に何一つ感謝を伝えられていなかった。


いつもつまらなそうに、1人携帯をいじっていた。


入院中にお見舞いにいって、ちょっと照れ臭いアドバイスをもらったときも、本当は嬉しかったけど、うつむいて不貞腐れた顔をしていた。 


私が祖父に憧れていたことすら、全く気づかなかっただろう。



人ってこんなに急にいなくなってしまうんだ。


私は祖父に、なにひとつ伝えられなかった。



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祖父の葬儀のため、社会に出てから初めて、弟の車で、兄弟3人で祖父の家に向かった。




道中、私と妹はもちろんだったが、普段感情を表にほとんど出さず、抑圧して生きているように見えていた弟が、声をつまらせ、裏返らせて大泣きした。





幼いころから、弟ばかりずるい、と、姉として弟のことをちっとも可愛がってやらず、なんて嫌な姉だったんだろう、今までどれだけつらい思いをさせてきたんだろうかと、弟の涙を見て、様々な想いが込み上げてきてやりきれなくなった。








祖父宅に着くまでの2時間、私達はどす黒い雲から降る雨の中、3人で泣き続けた。














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