第20話 頬であってもキスはキス

 将来の義妹から頬にキスを貰った俺は、幸福感に包まれていた。

 しかしその場面をヤンデレ嫁(予定)に見つかって大ピンチ。

 

 もしかしたら見られていないかも知れない。

 こんな期待を胸に今日も生きる。



「カケル様・・・?」

「や、やぁエステル」


 どうやらバッチリ見られていたようだ。

 姫様はお怒りだ。俺には分かる。

 しかし、ここは俺たちのテリトリーではない。

 問答無用の調教モードには入れないだろう。


「あら、お姉さま!」

「アンジェ・・・カケル様と何をしていたの?」

「なにって、おしゃべり?」


 疑問符を付けながら俺の方を向いた。

 ナイスパス。


「そうそう。たまたま会ってさ、自己紹介がてらちょっと話してたんだ」

「・・・へぇ、そうでしたの」


 これで納得してくれないかな。

 幻覚か夢だと思ってくれたら嬉しい。


「わたくしには、き、ききキスしたように見えたのですが・・・」

「うん!でもほっぺにちゅってしただけだよ?」


 ピシッと空気が凍り付いた。

 今日はいい天気のはずなのに、周りの景色が白く見える。

 この子は天真爛漫か、それとも怖いもの知らずなのか。

 

「お姉さまだってキスくらいしてるでしょ?」


 ピシャッと落雷が落ちた。

 本日はブリザード時々サンダー。

 

「き、ききキス!?そんなのまだ早い・・・え、アンジェに・・・?」


 エステルの顔がみるみる青くなっていく。

 先を越されたなんて思ってたりしないだろうな。

 キスと言っても頬だ。キス界隈ならノーカンだと思う。


「頬にだから!挨拶みたいなものだよ!」

「そうなの?お兄さまが初めてだったのに・・・」


 今度はアンジェがしょんぼりしてしまった。

 目に涙を浮かべている。

 

 (初めてが、俺・・・?)


 なんてことだ。

 義妹の初めてを貰ってしまったのか。

 俺界隈では頬でもカウントしなければならない。

 この子を傷付けるわけには。


「ごめんアンジェ。嬉しかったよ」

「よかったぁ。約束のキスだもんね!」

「・・・は?嬉しい?約束?」


 な、なんてことだ。

 エステルから光が失われている。

 

 二人のどちらかを上げれば、どちらかが下がる。

 まさに王手飛車取り。 

 

「エステル・・・?次また会おうってだけだよ・・・?」

「お兄さまがまた会いたいって言ってくれたもんね!」

「へぇ・・・そうなんですね。おにいさま」


 爆弾投下。空襲警報発令。

 まさかわざとじゃないだろうな。

 姉がアレだから、妹も要素を持っていたりするのか。

 いや、きっとアンジェは純真無垢で純情可憐なだけ。

 

 暴虐非道なエステルとは違うはず。

 今日は四字熟語がよく出るな。

 調子が良いんだろうな。あはは。


「そ、そうだけど。エステルが思ってるのとは違うというか」


 説明し辛いが、姫様は大きな勘違いをしている気がする。

 子どもがじゃれているだけなのに、なぜか修羅場臭が充満しているからだ。

 

「どう違うのですか?」

「それは、えっと」


 へい、ユズハ。俺はどうしたら良い?


「・・・(ふるふる)」


 無言で首を振られた。

 どう答えたらエステルは納得するだろうか。


 そもそもどうして俺は困っているのか。

 『ほどほどのロリコン』にとってアンジェはまだ対象外だし。

 この子は将来のお兄さまに甘えているだけ。


「ねー、お兄さま?」

「ど、どうしたの」


 暇を持て余したのか、腕にしがみつかれる。

 子どもって怖い。

 ほらエステルがもう限界に近い。


「いつお姉さまと結婚するの?」

「・・・え?そうだなぁ」


 俺にも爆弾が投下された。

 そんなもの、ハーレム形成が落ち着いたらに決まっている。

 まぁ言えないけど。


「でもいいなぁお姉さま。こんな素敵な人と結婚できて」


 もしかして、この子なりに空気を読んでくれているのだろうか。

 なんて健気なのだろう。 


「そ、そうですか・・・?うふふ、結婚・・・ふふ」


 急激にほんわかするエステル。 

 アンジェは空気を操る魔術師か。


「ねぇ、いつ結婚するの?」


 もはやぶら下がる勢いの義妹に急かされる。

 無邪気で可愛いなぁ。


「うーん。俺がもっと素敵になってからかな」

「え!もっと素敵になるの?」

「そうだね。エステルと釣り合うように」


 とにかく強く。

 少なくとも、彼女のレーザー光線を避けれるようになりたい。

 

「カケル様が素敵に・・・はぁ」


 良かった、エステルは自分の世界に入ってくれた。

 これで鞭打ちは回避できただろう。


「そっか!楽しみにしてる!」

「頑張るよ」

「・・・またすぐ会おうね」


 小声でそう告げると「じゃあまたね!」と言ってアンジェは離れて行く。

 次の機会があれば、ゆっくり話したいものだ。

 

「ねぇお姉さま」

「どうしたのですか?」

「お兄さまがもっと素敵になったら、わたしも欲しくなっちゃうかも」

「もう、アンジェったら・・・」


 そう言い残し、今度こそ去っていった。

 置き爆弾なんてやるじゃん。

 エステルの顔笑ってないじゃん。


「はは、アンジェは冗談が上手いんだなぁ。ね、ユズハ」

「・・・左様ですね」


 メイドさんはこっちに振らないでと言いたげな顔をしている。

 気持ちは分かるけど、一人だと心細い。


「ね、エステルもそう思うでしょ?」

「あの子が冗談・・・?ふふ、面白いですね・・・」

「ハハハ、ほんとだよね」

「・・・そんなに面白いですか?」


 俺は女心を理解する能力が欠如しているらしい。

 アンジェのことも泣かせかけたし。

 それともこの姉妹が特別なのだろうか。


「いや、でもさ子どもが言ったことだし」

「わたくしがいるのに・・・アンジェにまで・・・」

「俺は何もしてない!」

「き、キスしました・・・わたくしの妹に・・・」


 やっぱり気にしてたんだ。

 でも、


「俺からした訳じゃないし、頬だよ?」


 カウントはしたけど、世間的にはノーカン。

 異世界キッスはまだ未経験。


「頬でもキスなのに・・・わたくしもしたことないのに・・・!」


 とうとう涙目になってしまった。

 妹にここまで嫉妬するなんて。

 嫉妬されるのは嬉しいけど、この子が相手だと心中フラグにしか感じない。


「と、とにかく部屋に戻ろう?誰か来るかも知れないし」


 会話はずれてるし、多分変なスイッチが入っている。

 部屋に行くのも危険だが、ここで爆発してしまったら、危険以前に俺が死ぬ。


「そうですね。部屋でゆっくりお話を聞きますわ」

「ひっ」

「ふ、ふふ・・・」


 心中か虐待なら、俺は虐待を選ぶタイプの勇者だ。

 湧き場の調査について話を進める前に、エステルのフラストレーションを発散させなくてはならない。


 これも勇者の仕事だ。


 (頑張れ、俺・・・)


 悲壮感を漂わせながら、部屋に連行される勇者カケルであった。

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