第7話 メイドと言えば・・・
「・・・ふぅー」
最弱異世界生活2日目。現在夜。俺がいるのは大浴場。
なんとか地獄の木刀フリフリを乗り越えて、ようやくのリラックスタイム。
ドドドドと音を出しながらお湯を出し続けているなにかの像。
名前は確か、シーサーペン・・・マーライオン。
覚え方は、まず口で『マ』と発音。口が開くと思うので、後は簡単。
口を開けているライオン。マーライオン。
覚えづらい。
こんなどうでも良いことを考えられる程リラックスできている。
一人って素晴らしい。
前々世では独りはなんとなく寂しいと思っていたけど、この世界に来てからはそんなことは思わない。
バランスが大事ってこと。
「ふふふ・・・いい湯だなぁ」
元日本人だった俺は、温泉が好きだ。
大きい風呂に入ると旅行に来た感覚になるのも良い。
記憶そのまま異世界に来ているから、ある意味旅行に近いのかも知れない。
「それにしても治癒魔法って凄いなぁ・・・」
エステルに治して貰った身体を見ながらしみじみと思う。
さっきまでの俺を思い出しながら、回想タイム。
♦♦♦♦
地獄のような時間の終わりを、教会の鐘が伝えた。
「今日はこれくらいにしておきましょうか」
「・・・ぜぇ・・・ぜぇ・・・じぬ・・・痛い・・・」
適度にユズハが水分補給を挟んでくれたおかげで、脱水症状こそ出なかったが、俺の身体は悲鳴を上げていた。
身体中痛いし、両腕は筋肉が切れてるんじゃないかくらいだ。
そして両手は真っ赤に染まっていた。
拷問でしょう。
それでも頑張れた?のは、延々2人が俺の事を見張っていたからだ。
「はぁー・・・うふふ、なんて無様なんでしょう・・・」
こんな感じで両手を頬に当てながら、喜んでいるのか見下しているのか分からない姫様と、
「・・・・・・そろそろ水を飲んでください」
何か用事がある時以外じっと俺を見続けているユズハ。
なんだか怖い。それに加え二人とも俺より強い。
よって俺は逃げることも許可が出ないと休むこともできなかった。
「うぅ・・・痛いよう・・・」
アドレナリンが切れたのか、痛みに意識が向かうと一気に膨れ上がる。
そして半泣き。
「あはっ・・・こほん」
姫様の性格がとことん悪い。なに「あはっ」って。
なにがそんなに面白いの?
怒りが沸いてくるわけではない。疲れすぎてそれどころでもない。
むしろ余計涙が出てくる。
どうしてだろう。情けない。
「ひぐっ・・・頑張ったのに・・・」
「な、泣かないでください。今のはわたくしが悪かったです」
あわあわと珍しく反省モードっぽい姫様が、駆け寄ってきた。
恐怖を感じる場面だが、痛いやら辛いやら悲しいやらで動けない。
「こんなことで泣いてしまうなんて・・・なんて情けない・・・うふふ・・・でもこれはこれで・・・こほん」
「どうじでぞんなごどいうのぉ・・・いたい・・・」
「あらあら・・・いま治してあげますからね」
情緒が忙しい姫様は、反省していたと思ったら歪みまくった笑顔で俺を罵倒し、最後には集中するように真面目な顔になった。
この一瞬で3つの表情。赤ん坊でももう少し落ち着いている。
エステルが俺の身体に触れると、ぽわぽわと白い光が包んだ。
(これがこっちの治癒魔法なのか・・・)
前回の世界では、もちろん俺は受けたことなどないが、青い光だった。
(それに、無詠唱・・・)
この世界では無詠唱が当たり前なのかも知れないが、前回はそうでは無かった。
それなりに高度な技術だったはず。
もちろん俺は以下略。
どちらにしてもエステルの魔法は高レベルなのだろう。
本人も魔力が高いと言っていた。
「ぐすっ・・・なにこれ、凄い」
「そうですか?」
「ほんとに凄い、魔法みたいだ・・・」
「ま、魔法ですよ?」
初めて(意識がある状態で)治癒魔法を受けた俺は、感動していた。
手の傷が癒え、急速に身体の痛みが消えていく。
どこにどう効いているのか全く分からないが、筋肉痛まで消えるものなのか。
筋肉の成長的にどうなんだろう。細かいことはいいか。治ったし。
「凄い!痛くない!」
「初めて治癒魔法を受けたような反応ですわね」
「初めてだよ!前は・・・前は、必要なかったんだ」
「そうでしたの・・・そんな顔をなさらないで」
そっと、エステルが俺の頬に手を添える。
なんだか優しい。泣いている時ですら笑っていたのに。
彼女の顔は慈しみに満ちている。
新しいスイッチでも発明したんだろうか。
それにしても、俺の顔をそんなに撫でなくても。
「あ、あの・・・エステル?」
「・・・ふふ、うふふ・・・子犬みたい」
はい!別のスイッチ入りました!
一体全体このお姫様はどんな教育を受けてきたんだ。
俺がこんなキャラにしてしまったと思っていたが、あれは誤りだ。
この人元々こんな感じだきっと。
目は怪しく光り、頬は紅潮、口元を大きく歪ませている。
これでも一応、ガレリア王国第一王女様。大丈夫かなこの国。
「今日はゆっくり休んで、明日も頑張りましょうね。カケル様・・・ふふ」
「は、はは・・・頑張るます」
ようやく手を離し、「それでは失礼致します」と言ってエステルは去っていった。
「・・・怖かった」
「勇者様」
「ひゃい!」
「入浴の準備ができておりますので、ご案内致します」
「急に話しかけないで・・・」
「・・・?」
またきょとん顔をしておられる。はい可愛いですね。
でもわざとじゃないよね。信じていいんだよね?
毎度のことながら、これは心臓に悪い。
俺のレベルが低いから気配に気付かないだけか。きっとそうだ。
それはそれで自分の心が傷付く。自虐は止めよう・・・。
「次は声を掛ける前に声を掛けて欲しい・・・」
「・・・?かしこまりました・・・?」
自分でも何を言っているのか分からない。
つまり、俺が言いたいのは存在感アピール。
もっと自己主張をして欲しいのだ。
頭にハテナを浮かべていそうなユズハだが、返事はしたからきっと大丈夫だろう。
なにせ彼女はパーフェクトメイドだから。
そしてユズハに案内され、やってきたのが大浴場。
回想終わり。
♦♦♦♦
暗くなるまで身体を虐めて、お風呂でその疲れを癒す。
なんだか部活を思い出す。
いや、死にそうになるくらい身体を虐めたことは未だかつて無かったけども。
この大浴場は、俺の部屋がある建物と同じ場所にある。
そもそもこの建物自体が本来は賓客用だったらしい。
それを勇者のためにと、貸し切り状態にしたのが王様らしい。
なんとも思い切った人だ。
ちなみに衛兵や使用人がいないのは姫様の仕業。
実際はユズハの他にメイドが3人いるらしいが、その姿を見たことは無い。
アサシンとか忍びの類なのだろうか。
簡単に城の構造を説明すると、まず城門から入ると太い道に出る。
そのまま前を見ると、正面が謁見の間や王族の部屋、また家臣の仕事場など城の機能を備えているイメージ通りのお城。
視点戻して右を見ると、兵士の詰め所や俺が召喚された訓練所があるエリア。
そして左が今俺がいる建物。
階段や通路や中庭など、細かい点は割愛。
ちなみに城門から出ると、城下町が広がっている。
いつか行きたいな。行けると良いな。
「・・・おっと、女神様」
「どうしたのですか、露出狂」
「違います!」
確かに裸だが、決して露出狂ではない。
そもそも一人になるタイミングが今まで無かったのだ。
トイレよりはマシだろう。
「やっと一人になれたから連絡したんですよ」
「別に寝る前でよかったじゃない」
「・・・確かに」
即論破されてしまった。
「でもいつも俺の事見てるんだから、裸も初めてじゃないでしょ」
「見るのと見せられるのは違うのよ」
「さいですか」
俺は想像してみた。
ユズハの下からこっそり覗き込んで・・・ドキドキする。
では逆にユズハがメイド服をたくし上げて・・・やっぱりドキドキする。
「一緒じゃん」
「はぁ、もうそれでいいです。変態くん」
「やめてください・・・」
「で、なんの用ですか?」
どうして女神様呼び出したんだっけ。思い出せない。
このままだと本当に露出狂の変態になりかねない。
「あー、えー・・・」
「裸を見せるために呼んだの?」
「い、いやぁ・・・あっ、城から脱出したいんですけど」
「やめといた方がいいんじゃない?多分無理だし」
「ですよね」
会話、終了。何か話したいことがあったはずなのに思い出せない。
ここに来てまだ2日なのに、色々ありすぎてきっと整理ができていないんだろう。
「あれ?・・・カケル。後ろに誰かいる」
「!?」
驚いて立ち上がった。後ろ?を振り向くが女神様しかいない。
当たり前だ。映像を切っていない。
「へんたいっ」
「っ・・・それじゃ」
最後に罵倒されたが無視して映像を切る。
湯気でよく見えないが、確かに誰かの影がある。
まさかこれは・・・。
(どきっ!お背中お流し致しますイベント!?・・・これしかない)
タオル姿の男女。嬉し恥ずかしドキドキイベントだ。
「勇者様」
この声は、ユズハ!
そうだよな。背中を流すといえばメイド。メイドといえば背中を流す。
「ど、どうしたのカナ」
冷静に、気付かないふりを。
しかし、
(あれ・・・?シルエットが・・・)
姿を現したのは、メイド姿のユズハだった。
「か、解釈違い!」
「・・・?」
「いや、なんでもない」
どうしてメイド服のままなんだ。
風呂場の湯気と湿度でびしょびしょになるでしょ。
でも裸足だ・・・うん、いいよね。
(それにしても・・・)
彼女はいつの間に入って来たんだろうか。
いくら湯気があるからって、女神様は俯瞰視点で見ているはずなのに。
謎が多いメイドさんである。
じっと彼女を見る。
それに気付いたのか、ユズハも微笑みながらこちらを見た。
見つめ合う二人。
「・・・あ!」
俺は慌てて股間を隠した。恥ずかしい。
(あれ・・・恥ずかしい?)
俺は自分の身体に自信を持っていた。
最初の着替えだって羞恥心は無かったし、前の世界でも同様だ。
自分から積極的に見せていた訳ではないが。
(・・・自信、喪失・・・?)
バシャンッと音を立てながら膝から崩れ落ちる。
最弱なうえに自慢の身体もすら恥ずかしい。
俺に残されたものはもう・・・。
(この眉目秀麗な顔だけ・・・イケメンならいいか)
切り替えよう。俺にはまだ顔がある。
イケメンってお得だよね。
「大丈夫ですか?勇者様」
「平気だよ。それよりどうしたの?」
「お背中をお流ししようかと思いまして」
「やっぱりそうだよね!」
嬉し恥ずかし・・・どうしよう。恥ずかしい。
そもそも風呂とトイレと寝る時以外は見張られてるのに、風呂まで取られたら精神崩壊を起こすかもしれない。
前回の世界では全く気にならなかったが、今の俺はちょっとナーバス。
「えっと・・・自分でできるよ」
「かしこまりました」
俺の心情を察してくれたのかは分からないが、あっさりと引き下がってくれた。
自信を取り戻したらお願いしよう。
「そうしましたら・・・私はもうここには来ませんので」
「えっと、どういう意味?」
「二度と勇者様の入浴のお手伝いは致しません」
「そ、そんな・・・」
新手の虐めか。いや、もしかしたらメイドのプライドを傷付けてしまったのか。
彼女からしたらこれも仕事の一環なのだ。
一人の時間と、メイドさんとのお風呂タイム。
心の天秤はガチャガチャと揺れている。
でも、彼女は断ったら二度としてくれないと言っている。
そうだこれは義務。
ユズハが仕事なら、俺はそれを受ける義務がある。
下心とかではない。
「やっぱり!お願いしようかな・・・!」
「・・・くすっ、かしこまりました」
ユズハはこちらを見て笑っていた。
悪戯っぽく笑う彼女に思わず胸が高鳴る。
いや、それよりも。
「謀ったな・・・」
「そんなことしていませんよ。勇者様」
どうやら俺の頭脳は彼女よりも劣るらしい。
でもいいんだ。
せっかくなので、この状況を楽しむことにした。
「勇者さま。いかがですか?」
「うん、気持ちいいよ」
細かい描写はいずれまた。
寝る前に念のため、女神様にレベルを聞いた。
「木刀を一日振っただけで強くなるなら、誰も苦労なんてしないわ」
「ですよね」
よって俺はまだ1レベル。
勇者カケル
レベル1
スキル
・とくしゅ言語知覚(モンスターの声が聞こえる)
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