第6話 無茶な命令出した結果

 アリスを自分の部屋に連れ込むのはこれが二回目だ。当然リラックスできるわけもない。それに加えていまから話す内容は重いものだった。そのため口火を切ろうにもなかなかそうできずにいた。

 連れ込んでどれくらい経っただろうか。わからないが彼女は痺れを切らしたらしく、時計を気にする素振りを見せていた。そしてとうとう向こうから先にいわれてしまう。


「……あの、私に話したいこととはなんでしょうか。明日は学校がお休みとはいえ、メイドとしてやらなければならない仕事があります。なのでなるべく手短に済ませてもらいたいのですが」

「そ、そうだよな。時間も時間だしな」


 俺はせき払いした。とはいえいきなりもなんだ。世間話からスタートさせることにした。


「最近、仕事のほうはどうだ」

「まぁおおむね困ったこともなく勤めさせていただいてます。お給金にかんしましても特に不満はありません」

「そうか」


 話を広げようにもそれ以上はできなかった。自分の会話スキルの低さには辟易とする。口を閉ざしてしまった。

 大事な話があるといわれてついてきてみたら。アリスは肩透かしを食らったようだった。不審の眼差しで俺を見ている。


「……用件はそれだけでしょうか? でしたらここらでおいとまさせていただきます」


 だがそうはさせない。まだ本題にすら入ってないのだ。


「いや待て。話はほかにもあって――」

「どうか手短にお願いします」

「そう! 学校のほうはどんなかんじだ」

「はて? どんなかんじ、といわれましても……」

「たとえば恋愛関係とか?」


 そこでこちらが何を知りたいのか察しがついたようだ。はっとした後、疑わしげな目つきを俺に向けてくる。


「もしかして放課後のあれ、見られてましたか?」

「ああ、じつをいうとな……」

「それでどう返事するか気になると。大方そういったところでしょうか」

「まぁだいたい合ってるな」


 だいたいどころかまさにそれだった。断れと命じる以前に。返事がイエスなのかノーなのか。気になって知りたくてどうしようもなかった。

 つい前のめりになってしまう。


「で?」


 ところがアリスは答えてくれなかった。


「そういうのはプライベートの問題ですので。申し訳ありませんが秘密、とさせていただきます」


 たしかに彼女のいうことはもっともである。いくらメイドとてそうした義務はない。

 だがそれでも俺は納得いかなかった。答えがノーであるならばへんに隠す必要もないのだ。むしろ疑いは強まるばかりだった。

 もしかすると本当にオーケーするつもりなのかもしれない。相手の最上はなんといってもイケメンだし。言動からみてもありえない話ではないだろう。


 だとしたらいよいよ最悪の事態だ。もうためらっている場合ではない。二人がくっついてしまう前に先手を打つのだ。俺は覚悟を決めた。


「フン。べつにいいたくなければそれでもかまわんが。だがもしも良い返事をするつもりなら……それだけは看過できんからな」

「……はい?」


 アリスの表情が曇った。あきらかに気分を害したようだ。


「要するに告白を断れと。プライベートなことにもかかわらず、そんな無茶な命令をされるといった解釈でよろしいでしょうか」

「そのとおりだ。どうしても聞けないというのならそのときは覚悟しろ。おまえも、おまえの親族諸共、我が九竜家から追い出してやるからな。その後の行き場もないと思え?」


 あまりの自分勝手さにあきれて物も言えない様子だった。アリスはバカバカしいといわんばかりにため息をついてみせた。

 実際何ひとつ言い訳できなかった。やり口は強引だしパワハラ以外の何物でもなかった。それを承知のうえだ。そうまでしてほかの男に取られたくなかった。


「ついでに今後にかんしても同様だ。もしまた誰かに言い寄られても必ず拒否しろ。いいか? これはご主人である俺からの命令だ」


 と、アリスは顔を上げた。どうしてもこれだけは聞かなければならないと、顔にそう書いてあった。


「ひとつよろしいでしょうか」

「うむ」

「なぜそこまでして私に男を近づけさせたくないのです?」

「それはだな……」


 もちろん正直に打ち明けることなどできやしない。あまりに自分がみっともないからだ。自分の物にしたいからだなんて。立場や自尊心からしても絶対に許されない。

 かといって嘘をいうのも違う気がする。たんなるいやがらせだとかいって、いくらでもかわすことはできるが。必要以上にきらわれたくなかった。

 なので俺は正直に、けれど暴露にならないような言葉を選んだのだった。


「なんとなく、むかつくからだ」

「むかつくから? なんですか、それ」


 アリスは吐き捨てるようにいった。まぁ想定内の反応だ。できるだけきらわれたくないとはいえ、かなりひどい命令を出したことに変わりないのだ。怒るのも必然だろう。「ほんとバカバカしい」と独りごちた後、苛ついた足取りでその場から離れようとする。


「用件は以上ですね? では失礼させていただきます!」


 残念ながら彼女の返事は聞けなかった。だがここまで強くいっておけば、少なくとも最上の告白を受け入れることはないだろう。一家放免されてまで尽くすような相手には見えなかったからだ。

 しかし念には念をだ。去り行く彼女の後ろ姿に向かって釘を刺しておいた。


「いっておくがこれは脅しなんかじゃないからな……?」

「うるさい○ね!」

「え」


 ★


 なんだかものすごい暴言吐かれたような気がするが……まぁいいだろう。ひとまず告白の件はどうにか片付いたことだし、今日のところはぐっすりと眠れそうだ。

 これからどうやってアリスを振り向かせるか。課題は山積みだった。だがそんなものは徐々に乗り越えていけばいいのだ。焦る必要はない。

 一生ほかの男になびかないのか、確信があるわけではない。しかしすぐにということは考えにくい。俺には時間があるのだ。明日の休みにでもじっくり模索してみよう。そうして一日を閉じたのであった。


 床についてどれくらいの時間が経っただろうか。俺はふと目が冴えてしまった。あれほど気持ちが落ち着いていたというのに。尿意を催したとでもいうのか。

 が、そんなかんじでもなかった。なんせ寝る直前にトイレは済ましてあったのだ。膀胱が圧迫されているといった感覚はないに等しかった。

 けれども違和感があるにはあった。膀胱というよりも……もっと身体の上のほうだった。おそらくみぞおちのあたり。ずっしりと質量のあるものが乗っている感覚だった。


 それだけではない。手足にも異変のようなものを感じた。四本ともすべてだ。みぞおちとは違い、上に物が乗っているというかんじではないにしろ、何かに拘束されているような。身動きにほとんど自由が利かなかった。

 まさかこれがいわゆる金縛りというやつか。生まれて初めて体験した。


 原因は諸説ある。霊的なものであるとかストレスなどの精神的なものであるとか。

 しかし正直どれもぴんとこなかった。先にも触れたとおりこの日の夜は直近の問題がクリアになってちょうどリラックスできていたし、生まれながらにして霊感があるわけでもない。そもそもオカルト的なものを受け入れられない性分だった。

 すべてにおいて当てはまらない。とはいえこうなったからには何かしらの原因があると見るべきだ。どうせ目が冴えてしまったことだし……身体がいうことをきいてくれない中、俺は視線だけを動かして原因を探ろうとした。


 その先には暗闇が広がっている。明かりはすべて落としたし、カーテンも月光が差し込まないよう閉め切っていた。

 それでも時間が過ぎるにつれ次第に慣れてきた。夜目が利くようになってきた。もちろんはっきり見えるわけではないけれど。だいたいどこに何があるかくらいはわかるようになっていた。

 物陰として把握できているのだろう。テーブルや椅子……あるべきところに必ずそれが見受けられた。


 だがそんな中に唯一不自然な箇所があった。つまりあるはずのないところに物陰が。しかもなんとみぞおちのあたり。俺の真上にそれがあったのだ。

 たちどころにぞっとした。とても信じたくはないが。まさか本当に霊的なものに取り憑かれているとでもいうのか。

 少なくとも金縛りの正体はそれで間違いないだろう。


 俺はどうすべきか迷った。このまま何も見なかったことにして狸寝入りをするか。あるいは言葉が交わせるかは不明だが、なんとか説得して退散してもらうかの二択だ。

 迷ったすえ俺は決断を下した。勇気を振り絞って頼んでみることにしたのだった。

 どうせ寝つこうと思っても不可能なのだ。いつまで続くかわからない恐怖におびえるくらいなら、もういっそのこと一気に行ってしまったほうがいい。

 俺は唇を唾で湿らした後、上に乗っかる謎の物体に向かって話しかけた。


「えっとその……すまんがちょっと重くて寝られんからどいてもらえないだろうか?」

「淑女に向かって重いとは失礼ですね」

「なんと。喋った。幽霊が」


 衝撃的かつ希少な体験だった。世界広しといえども。幽霊と意思疎通ができた人間はそうそう見つからないのではなかろうか。しかも何気に女性という個人情報まで入手できたし。


「重い、といったのは言葉の綾でな……。悪かった、訂正する。だから俺のささやかな頼み事を聞いちゃもらえんかな」

「うーん。それはちょっと無理ですね」

「なんと狭量な」


 ここまでいって断られるとは。幽霊ってのはみんなそういうものなのか?

 だが人に金縛りを与える時点で。彼らはイタズラ好きの自分勝手なのかもしれない。


「そこまでしていったい何がしたいんだ。人に危害でも加えようというのか」

「そうですね。願わくば抹殺したいところです」

「はんっ、抹殺だって? 実体すら持たないやつがどうやって。まさか絞め○そうってんじゃないよな。ハハハ」

「まさか。そんな生ぬるいことしませんよ。もっと苦しめてやりたいです。そのためには何がいいか考えたとき、和也様を社会的に抹○するのがよかろうと、そういう答えに至りました」

「俺を社会的にね。アハハ。具体的には何をして」

「恥ずかしい姿を世間に晒すのがもっとも効果的だろうと思いました」

「たとえば俺の全裸をSNSに流すとかか」

「ええ、まさにそうするところでした」

「そいつはきついなぁ」


 想像しただけでもダメだった。下手したら女性の裸より拡散力が強いだろう。某獣先輩なんかを見ていればわかる。一生ネットの玩具として扱われるに違いない。

 となると当然大手を振って外出することもできなくなる。

 けれど俺の余裕が失われることはなかった。アハハと高笑いで応える。


「でもそれだとまず動画に収める必要があるなぁ。果たして実体のないおまえにそんな真似できるのかなぁ?」

「何寝惚けたことを……。できるに決まってるじゃありませんか」

「へぇそうか。ならいますぐやってみせろよ。ホレホレ」

「ほんとにいいんですね、和也様」

「だからやれるもんならやってみろってんだ!」

「かしこまりました」


 そのとき物陰が動いた。上に乗っていたそれが。あろうことか移動を開始したのだった。とんとんと足音を鳴らしながら窓辺のほうに遠ざかっていく。

 すっかり重量から解放された俺は、呆気に取られていた。幽霊が動くのはまぁ想定内だが、まさか人間のように足音を立てるとは想定外だったからだ。


(あれ、ふつう幽霊って浮遊してるものじゃなかったか?)


 もしかすると……俺はいやな想像をした。正体は幽霊なんかではなく人だった?

 どっと冷や汗を掻いた。そうなるとひとりだけ心当たりがある。

 淑女(女性)、声、話し方……そして『和也様』と俺のことをそう呼ぶ人物。そんなの彼女以外には考えられないだろう。

 だがすぐに頭の中から追い払った。いやいや。そんなはずはない。


 無断でご主人様の部屋に入って、寝ているところを馬乗りになり、あまつさえ抹殺したいなどと暴言を吐く。そんなメイドがこの世に存在するわけがない。いくら恨みを買っていたとしても、あの彼女が後先考えないだなんてありえない。

 おそらく投影したに過ぎないのだ。先程まで彼女がそばにいたから。そうするのに都合が良かったというだけの話だ。


 だがそんな現実逃避も長くは続かなかった。彼女がカーテンをさっと引いたとき、月夜によく見覚えのある美しい銀髪が浮かんだ。

 その幽霊なんかよりも神秘的な光景をしかと目に焼き付けてしまった以上、もはや言い逃れはできないだろう。そこには俺が愛して止まないメイド、みっともない姿を晒してまで独占したいと思わせるほどの美少女・灰原アリスがいたのだった。


 幽霊の正体見たり羞花閉月(花も恥じらい月も恥ずかしがって雲に隠れてしまうほどの美女、とのこと)。

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