プリズンブレイカー 〜転生初日に監獄にぶち込まれた勇者の逆転劇〜

社畜のクマさん

第1話 憧れのゲーム世界と冒険の始まり

(あぁ…夢にまで見た世界が目の前に広がっている。)


 現実世界で見たことが無いくらい荘厳な玉座の間

 そこに8人の少年少女が集められていた。玉座から立ち上がり世界平和について力説する王の話を聞いていた。


 王の話が長いためか、その場の人間は髪の毛を弄ったり話を聞いたフリと上の空だった。

 その場では3人のみが王の話をしっかりと聞いていた…


 一人はこの城の兵士と同じ鎧を装備した騎士。

 背は高く茶髪の短髪、さわやかな雰囲気で気さくそうなお兄さんタイプ。


 背が高く屈強そうな青年・シルヴァン。


 もう一人は155cmと女子らしい平均的な身長だがスレンダーな体つき。

 ダークネイビーの長い髪やエメラルド色の大きな瞳は目立ち、彼女の小さい顔をより小さく見せる。


 見る角度によっては美人とも可愛らしいとも取れる少女・クロエ。


 そんな2人が霞むほど、目立つ外見の少年が話を王の話を真剣に聞いていた。

 太陽の様な髪色で黒耀石の様に見る者を吸い込みそうな魅力的な瞳を輝かせて…


 顔だけみれば王都に沢山いそうな中性的な男子だ。

 しかし明るい髪色と魅力的な瞳のせいか、その場にいる男性の中ではなぜか誰よりも存在感があった。


 笑顔が似合いそうな明るい雰囲気で、その場にいる全員が何故か彼と仲良くなれそうだと思わせる。


 そんな目立つ彼のお陰で、王の視線は彼に釘付けだ。他の者の不敬な態度は気にも留められていなかった。


 彼もそんな王をじっくりと見ていた。

 いや…正確には王を見ると言うより、キャラデザインが記憶の中の王と違わないかを確かめていたのだ。


 彼の名はアギト・ノアール。

 この世界に転生した主人公青年だ。


『ファンタジー・クエスト』

 それが彼が転生した世界の元のゲーム名。

 制作者は不明でネットで無料配信されたゲームだ。


 広大な世界に自由度の高いストーリー。

 数えきれない数のエンディングがあるために、主人公アギトとして何百回もこの世界を救って来た。


 無料ゲームとは思えないクオリティで、実際にその場にいるような臨場感溢れるリアルなゲームだった。


 死んだりゲームオーバーすればセーブデータは消え最初からやり直しになる。

 その上難易度は非常に高く、その仕組みのせいでクリアを諦める人間も沢山いた。


 攻略本は無い。未だに完全クリアしたという情報が無いから。


 そんなゲームを何百回もクリアしたからこそ、この世界の隅々までの情報は頭に入っている。

 どこにアイテムがあるか?金策は?効率の良いレベリングの方法等…


 だからこの世界に転生できて、彼のテンションは最高潮だ。

 王の話の間、周りのキャラのデザインを眺めながら、この世界をどう楽しむか考えていた。



「ではシルヴァン、このメンバーのリーダー任せたいのだが…」

 王は真剣に話を聞いていた鎧の騎士シルヴァンをリーダーに任命しようとする。


(けどシルヴァンは断るんだよなぁ…)

 アギトはシルヴァンをチラッと見てから、その後クロエの方を見た。


 シルヴァンは大変申し訳無さそうに王に向かって口を開ける。

「ブロディン王よ…私は将来的に国を引っ張っていく人材を育成すべきと考えております。


 だからこそリーダーは私の次にレベルの高いクロエ・ブランドがよろしいかと思います。」


 クロエはとてつもなく驚いている。

 それまで暇そうにしていた他のメンバーもシルヴァンのリーダー辞退に驚いていた。


 その場で驚いていないのはアギトただ一人だった。


 皆が驚く理由。それはシルヴァンのレベルが45を越え、最強の職業「聖騎士パラディン」だからだ。

 この王都『グランディア』だけでなく、国中及び他国にまで名の知れた若き騎士の一人だ。


 対してクロエのレベルは23…

 彼女の職業は「黒魔導士」と、才能がなければなれないレアな職業ではある。


 だが現時点では聖騎士には遠く及ばない存在…


「チッ」

 大きく舌打ちが聞こえた。金髪のツンツン頭の青年が鋭い目付きでクロエを睨み付けていた。


「おいおい、俺はシルヴァンさんが魔王討伐に出向くから、この場にいるんだ!


 クロエ?とか言う女がリーダーなら俺は抜けるぜ!」

 片目に獣の爪に裂かれた様な傷があり、鋭い眼光はより鋭く攻撃的に見えた。


 外見からイメージさせるままに横暴そうな人間だった。

 その青年はシルヴァンの意見が気に入らないのか口を挟む。


(セリム・ピングスは相変わらずイヤみな性格だ…


 まぁこの中で4番目に強いからしょうがないけどな)

 アギトは生意気な青年のセリムを生暖かく見守りつつ、笑みをこぼす。


 セリムの言葉に対して、シルヴァンは彼に向かって頭を下げる。

「お願いだ。未来の為に私は自身以外の人材をこの旅で育てて行くつもりなんだ。


 まず初期の段階ではクロエがリーダーに適していると考えた。


 セリム…君の実力は知っている。一時的な選抜だ。

 だから君が成長して適した時期が来たとしたら、是非君にもリーダーを任せたいと思っている。」


 シルヴァンはセリムに向かって優しく諭した。


 セリムは自身がシルヴァンに認められている事を知りニヤリと笑った。

 だから彼はとりあえずはクロエをリーダーにする事を認めた。それ以外の者は異論を唱える事は無かった。


 この場に集うのは7人の勇者候補…

 それがこの場に集められた人間たちだ。基準は可能性才能に満ち、レベルが99以上に到達するかどうか…


 一般人のレベル上限は50だ。だからこそレベルが高い魔王には理論上は敵わない。

 そのせいでレベルが高く王国最強のシルヴァンは残念ながら勇者候補から外れている。


『ファンタジー・クエスト』の世界では、他の6人の勇者候補と親睦を深め、共に実力を高めていき最終的には魔王を討伐する。

 つまりキャラゲーとしての要素も存在する。


 個別エンドの場合はバッドエンドの方がハッピーエンドより多いが…



 リーダーとなったクロエが全員の前に立つ。王は優しげに見守っていた。

 彼女は自身がリーダーになるとは思わず、予想外の出来事のためにモジモジとしている。


(やっぱり…俺の推しは可愛いなぁ…)

 アギトのこの世界での推しはクロエだ。

 彼女と数えきれない程に共に冒険して、何回もエンディングを見てきた。


 だが悲しい事に大体がバットエンドだった。

 最後までグッドエンドにはたどり着く事は無かった。


 ネットでグッドエンドの条件を調べたが、どれもバッドエンドでは無いだけのエンディングばかりだった。


「えっと…クロエ・ブランドです。


 その…えっと…リーダーとしてうまく出来るかわかりませんが、よろしくお願いします。」


 緊張している気の弱そうな少女の挨拶に、その場のシルヴァンとアギト以外の人間は少しがっかりとしているようだった。

 その場は静まりかえった。


<パチパチパチパチ>

 アギトは自己紹介を終えたクロエに向かって大きな拍手をした。


 そんな大きな拍手に続いて、他のメンバーも拍手をする。

 だがそこで自己紹介は一旦止まり気まずくなる。


「えっと…そこのあなたは?」

 その後ブランは目立つ外見のアギトに向かって自己紹介をさせようとする。


「俺の名前はアギト・ノアール。よろしく!」

 アギトは続けて自己紹介をする。クロエが小さく拍手をした。


 だが再び自己紹介はそこで止まる。


「えっと…次の人は…」


「チッ。やっぱり頼りねーリーダーだな…なんかついていけねー。


 俺は俺で魔王を倒す!」

 そう言ってセリムはその場から去っていった。


「わたしもぉ。」


「えっ…じゃあ僕も…」

 セリムの考えに賛同したのか、他の勇者候補達も彼に続いて退出した。



 こうしてその場に残るのはクロエとシルヴァン、アギトの3人のみとなってしまった。


「やっぱり私にリーダーなんて無理だよぉ…」

 他の人間が玉座の間を抜けていった事で、クロエは泣き出してしまう。


 そのクロエをシルヴァンは近づいて行き励ます。


「アギト・ノアール…悪いが、少し落ち着いたら君を迎えに行く。


 だから街を見るついでに、他の勇者候補にも声をかけておいてくれないか?」


「分かりました。ではとりあえずは夕日がきれいに見える時計台集合で良いですね?」

 アギトはシルヴァン達に集合場所を伝えて、玉座の間を去っていく。


「………あ、あぁ。時計台だな。良かったよ。集合場所までは考えていなかった。」


 シルヴァンはこの時、アギトはこの王都に来て2日目だとは信じられなかった。

 まるでこの街を知り尽くしているかのような、不思議な余裕を感じる。


 出だしが最悪の物語。

 長々とした王の話が終わり、チュートリアルがようやく始まる。


 アギトの物語はこうして幕を開けた。

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