C2-1 ラハムとフレナ
「うわー、すげー・・・・・格好いい」
目の前に映るのは馬車を引くペガサスだ。全長は3m近い。白く逞しい体に、美しい銀色の両翼。童話でしか見たことはなかったが、今は実際その動物がいる。
「そのペガサスの名前はベレオンだよ」
「ベレオン・・・・・・名前も格好いいな」
進の昂る感情とは逆に、ベレオンは変なやつが来たと言わんばかりに、そっぽを向く。黙々と進んでいく、その無愛想な姿すらも気品を感じるものだ。
「この世界に来てよかったって思える貴重な瞬間だな・・・・・・」
「ベレオンも大切だけど、フレナとラハムにも挨拶して」
「ラハム?」
フレナという名は知っている。朦朧とした意識の中で、進の切られた手を治療してくれた女性だ。だが、ラハムとは誰だろうか。
「ほら、こっちに来て」
「なんだこれ、鏡?」
目の前には白い大理石のような石で囲われた、高さ170cmほどの鏡が見える。馬車の中にはそれだけが隅にポツンと置いてある。
「その中に入るの」
「え? 入る?」
フォランが進の背中を押して、鏡に押し込む。
「ちょ、ちょっとぶつかーー!?」
鏡が体に接触した瞬間、水面のように鏡面に波紋が広がる。それと同時に、まるでカーテンをくぐるかのように別の空間へ移動した。
「な、なんだこれ?・・・・・・」
移動した先は、広がる草原に青い空。その中にポツンと立つ、レンガ造りで煙突つきの中世の一軒家。奥には海も見える。つい先程まで、馬車に乗っていたはずなのに、突然全く違う空間に移動してしまったのだ。
「魔法の鏡よ。魔道具の一種で、特定の場所にワープできるの」
「なんでもありだな、この世界・・・・・・」
「そんなに便利なものでもないけどね。一度ワープ先を決めると固定されるし」
いくわよ、とフォランが声をかけ、二人は歩き出す。庭や馬小屋のある立派な一軒家の敷地を進む。ただの馬車だと思っていたが、ここは彼らにとっては家に等しいのだろう。
「いるー? ラハム、フレナ?」
「お邪魔します」
木の扉を開けると、目の前のリビングに二人の男女がいた。女性はフレナだろう。三つ編み黒髪の可愛らしい女の子だ。幼なげのある、少し丸っぽい顔にぷっくりとした涙袋。年は十五、六ほど、背丈は150cm後半ほどだろうか。比較的少ないが、やはり彼女もあちこちに傷が見える。少女のような見た目に反して肉付きがよく、正直目線のやりどころには困る。特に胸のあたりが。
「あ、手を切られた人」
「あ、あの。治療してくれてありがとう」
進は礼儀正しく頭を下げる。まるで試合が終わって礼をする野球部員のように。
「うん。でも、腕の治りが遅かった。みんなより」
遅い? どういう意味だろうか。本人もわかっていないようだ。進とこの世界の人々では体の構造が違うが、それに由来するのかもしれない。
「それに、腕をくっつけられなかった。ごめん」
「え? 他の人はくっつけられるの?」
「切り落とされてすぐなら」
どうして腕を接合できなかったのだろうか。おそらく、これも体の造りのせいか。改めて進は自分の体の造りを恨んだ。それは一体人生で何度目か。
「初めまして。君が進か」
フレナの隣に立っていた青年が挨拶をする。端的に言えばイケメンだ。筋の通った鼻に流線型の綺麗な二重の目、上品に整った形の唇。茶色いセンター分けのショートな髪型。175cmほどの身長に、服の上からでも分かる鍛え抜かれた体。女性の理想を絵に描いた、物語の主人公のような見た目だ。歳は進と同じくらいだろう。
だが、最も進の目を引いたのは、視認できる箇所全てに刻まれた夥<おびただ>しい数の傷だ。切り傷、殴打の後、火傷、何がなんだかわからないような跡もある。フォランもメリアも傷があちこちに傷があったが、彼はその比ではない。言われなくとも分かる、このラハムが最前衛で戦う戦士なのだと。
「俺の名前はラハム。よろしく」
「あ、ああ、よろしく」
差し出された左手と握手をする。手にも数えきれないほどの傷跡とタコがある。それを見ると思わず涙ぐんでしまうほどの。
「伝えてた通り、進には雑用からやってもらうわ。色々教えてあげて」
「了解。ところで違う大陸から来たんだって?」
「大陸というか、異世界というか・・・・・・」
「魔法か何かのせいで記憶がおかしくなってるだけだから、あんまり真に受けないでよ」
未だに信じる気のないフォラン。証明する手段がないので、一生このままのような気もするが。
「そうだとしても、話を聞かせてくれよ」
「わたしも。聞きたい」
ラハムとフレナは少年少女のように目を輝かせる。おそらく二人とも小説のようなファンタジーの話を聞けると思っているだろう。歴戦の猛者のように見えるが、まだ幼いところがあるのかもしれない。
「その前に、はい、マジックアーム左」
「え・・・・・・それってガントレット?」
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