第2話 転生Ⅱ 

 灰色の雲が空に渦巻いていた。


 気付けば私は、小高い雪原の中に立っていた。見渡す限り何もない白い雪原が彼方まで続いていて、空からは綿のような雪があちらこちらへ揺蕩いながら降っていて、前方には雲の上まで続いていそうな大きな樹が雪原の主の如く鎮座している。


 その樹はまるで誰かを待っているかのように静かに立っていた。誰かが来ることを知っていて、まるで風を待つ鳥みたいだ。


 私は大樹に近づこうとして、でも動けなかった。その時初めて、私の足に白い包帯が絡みついて私を地面に縫い付けていることに気が付いた。一見すれば簡単に千切れそうなただの包帯に見えたけど、それが私には絶対千切れない鎖であることをなんとなく悟ったので、私はさながら地縛霊として大樹を眺めることにした。

 

 やがて枝々に雪が積もり始めた頃、突如として甲高い泣き声が巨大樹の沈黙を引き裂いた。少しくぐもった大きな泣き声だ。おぎゃあ、おぎゃあと、巨大樹の根元の近くに開いたうろの中から泣き声が響いていた。


「…………」


 気配を感じて隣を見ると、巨大なオオカミのような足跡が私のすぐ隣に出現した。そこにいるはずの巨大な獣は何故か見ることが出来なかったが、大樹に向かって現れる足跡が獣の存在を証明していた。


 足跡が現れる度に少し水気を含んだ霜の音。足跡が大樹に近づくたびに赤子の泣き声が小さくなっていく。


 足跡が大樹の手前で止まった。すると泣き声は消えて、入れ替わりで嬉しそうに笑う声が登場した。


 それっきり、雪原からは一切の音が消え、時が止まったように雪も降らなくなった。渦巻く灰色の雲が消える。雲が晴れた後に見えた空は青色じゃなくて赤色だったので、私は夢の世界を彷徨っていることを悟った。


 夢だと気づいたその瞬間にオオカミの遠吠えが雪原に響き渡った。何が起きるのかとぼーっと眺めていると、空がある一点から墨汁を零したように黒く染まり始めた。


 塗り替わる空に同期するかのように、白い雪原が青紫色の森へと変化し始める。変化の奔流がどんどん近づいてくるけど、どうせ私は動けないのでただ飲み込まれる瞬間を待っていた。


 やがて奔流に飲み込まれた私は、そこで意識を失った。



 目を覚ますと、そこは青紫色の森ではなく柔らかいベッドの上だった。


「……」


 出来の悪い絵画を詰め込んだような夢を見た。まるで意味が理解出来なかったけど、布団にもぐってもう一回見たところで分かるわけないし、朝から疲れるので出来ればもう見たくない。


 起き上がって姿見の前に立ち、彼が私にくれたマフラーを首に巻き、扉を開けて彼がいる隣の部屋の扉の前に立つ。ドアノブを掴んで開こうとしたが、鍵が掛けられているようでガタガタとうるさい音が廊下に響く。


「まだ寝てるの?」


 一体どうしようかと思っていたとき、右足の裏に何か細いものを踏んだ感触が起きたので下を見てみると、宿泊者の誰かが落としたのか、針金が二本落ちていた。


「…………」


 なんとなく、針金を拾って鍵穴に差し込んでみた。そこからガチャガチャと上下左右に針金を動かして見ると、唐突にガチャリという何かが動いた音がした。鍵が開いたんだ。私は少しだけ優越感に浸りながらドアノブを回し、扉を開けて中に入った。


 私の部屋と同じようなワンルームの部屋だ。カーテンから漏れる光で少し明るい部屋にはクローゼットが一つ、ウッドチェアが二つ、そしてベッドが一つ。同じワンルームなのに私の部屋と違って姿見やキャビネットは無かった。


 ベッドが接地する壁際に付けられたフックには黒色の分厚い厚手のコートが掛けられていた。目線をそのまま下に動かせば暗赤色の髪が、そこそこ整った彼の顔がある。


 スルト。私を助けてくれた人であり、これから一緒に生活していくことになるパートナーだ。私は彼の頬をつついた。


「スルト、朝だよ。起きて」


 頬をつついてみたが、彼の筋骨隆々な身体は微動だにしない。もう一度試しても同じだった。上下に動かない黒い半袖のインナーを見て、死んでいるのと不安になった私は彼の頬を掴んだ。すると彼はようやく反応を見せて、眠たそうに低く唸った。


「あ、起きた」 


 ゆっくりと瞼を押し退けて現れた琥珀色の瞳と目が合った。


「……ふぁれだ?」

「ちょっと、貴方まで記憶喪失?私はカナエよ、カナエ・ヨタカ。貴方がくれた名前でしょ?」


 朝が弱いのだろうか?スルトは寝ぼけていた。


「……あ、あぁ……そうだったな」

「しっかりして」

「すまんな、最近物忘れが酷くなって……うん?」


 眼を擦った後、スルトは不審者を見る目で私を見た。


「何でいるんだお前?隣の部屋借りてやったよな?」

「朝になっても起きないから起こしに来た」


 私は正直に答えた。


「鍵閉めてたよな?」

「落ちてた針金でこう、チョチョッとやったら開いた」

「記憶も無ければ法もェのかテメェは」


 左手に持った針金を見せびらかすと、スルトは深いため息を吐いた。起き上がって風が入りたい放題になっている扉を確認すると、また戻ってきて彼はベッドに腰掛ける。


「一分も掛からなかった。対あり」

「いいか?施錠は入ってくるなって意思表示であって、開けれるもんなら開けてみろって挑戦状じゃねェんだよ」

「あう」


 スルトのデコピンが私の額に突き刺さる。とても痛い。


「ンでお前、まだそのマフラー着けてたのか?」


 痛みでうずくまる私を余所に、スルトは私の首元に意識が向いているようだった。


 昨日彼が巻いてくれたマフラーだ。白い毛糸で編まれた少し編み目が歪なマフラー。少しオーバーサイズで風が吹いたら二本の長い触角が靡いて邪魔になるかもしれないが、私はこれを気に入っている。


「貴方がくれたから」

「いやそうだけど、今春だぞ?暑くないのか?」

「私寒がりだから大丈夫。――というか、私からすればなんでこの時期にマフラーなんか編んでたのよって話になるんだけど」

「趣味だよ趣味」


 私は面食らって彼の顔を見た。見た目と趣味が食い違いすぎて、信じられない。


「何だよ。霊子機器が発展しつつある最近じゃ珍しい趣味だってことは自覚してるが、ンな顔で見られる覚えはねェよ」


 疑問が不審に転じて、私の中ではある嫌な予想が生まれていた。


「誰から教わったの?」


 自分でも驚くほど冷たい声が出る。


「…………親友に教わったんだ」


 彼は意味深に間を置くと、首に掛けている白い楕円型のロケットをチラリと見た。その刹那に私の中にある火山からマグマが溢れ出そうになった。


「いたんだ。友達」

「あぁ、二人いたよ」


 前後の文脈から察するに、右手に収まったロケットの中にはそのオトモダチと一緒に撮った写真か何かが入っているのだろう。スルトは感傷に耽るようにそれを見つめていた。鋭い琥珀色の瞳は哀愁を帯びていて、大きく見えた身体が今は小さく感じる。

 

 昨日の夜、寝る前に部屋に置いてあった姿見で確認した。私の容姿はかなり整っている方だ。スタイルはそこまでだけど、でも私はまだ成長途中。男からすればどのみち魅力的なはずだ。


「…………むぅ」


 手を伸ばせばすぐ触れる距離に、私と言う美少女がいるのに、目の前にいる男は目もくれない。


 気に入らない。記憶を失った私でも女としてのプライドはあるのだけど。


「そんなにオトモダチが大事なら会いに行けば?私のことなんか置いてさ」


 この湧き上がるマグマは嫉妬だ。私の、ただただ身勝手な嫉妬。別に惚れたわけじゃないけど、スルトには私を見て欲しい。


「生きて星空にたどり着ける方法が見つかったときはそうするよ」


 疲れたように溜息を吐いたスルトの顔を見て、私は数秒前の迂闊を後悔した。


「ご、ごめんなさい……悪気は無かったの」

「別にいい」


 彼の親友は既にこの世にいない。その事実は、私に深い後悔と昏い歓喜が入り混じった感情をもたらした。


「……その、友達に会えなくてスルトは寂しい?」

「そりゃもちろん。心に大きな穴が開いた気分さ」


 私の中の打算的な私が、この機会を逃すまいと、口を開く。


「なら、私が埋めてあげる」

「……は?」


 スルトのキョトンとした顔を見て、とんでもないことを口にしたのではないかと思い至って急に顔が熱くなった。


「……違うから。そういう意味じゃないから。エッチ」

「別に何も言ってねェけど?」

  

 汗は出ていないだろうか?顔は赤くなっていないだろうか?耳は?私は表情筋が凝り固まっているが、そのほかがどうかは分からない。とにかく心配になった。

 

「それ以前にお前正気か?普通、出会って二日の相手にそんなこと言えないだろ」

「うるさい。これはもう決定したことだから」

「………ハッ!二度目の人生棒に振りたいなら勝手にしやがれ」


 スルトはベッドから立ち上がると、黒い厚手のコートに袖を通して部屋を出た。私もウッドチェアから立ち上がって、彼を見失わないようにその隣を確保した。



「――――ねぇ。今はどこに向かっているの?」

「大陸対魔組合。オレの職場だ」


 宿を出て、どこか既視感のある中世風の街並みの石畳を進んでいくスルトに聞いてみると、彼はちょっと格好つけて答えた。格好つけた理由はともかく、確かにスルトは自分のことをしがない霊魔祓いハンターだと名乗っていた記憶がある。


「確か、ハンターって言ってたよね?それってどんな仕事なの?」


 聞き馴染みのない言葉だが、しがないという言葉が付いているあたり職業を表している言葉だろう。職場というのはきっとその霊魔祓いに関係しているはず。


「霊魔って化物を殺すだけの簡単な職業さ。駆け出しの五級ハンターでも食うには困らないが、最上位の一級になればあらゆる出費を経費で落とせるようになる」

「そうなんだ。凄いね」

「えらく他人事だが、今からお前もハンターになるんだぞ?」

「え?」


 私は耳を疑った。


「オレに付いてきたいんだろ?なら最低でもオレの研究の手伝いくらいはしろ」

「それは勿論だけど、私でもハンターになれるの?」

「認定試験で実力を証明すれば誰でもなれる。これはまた後で話すが、霊力纏いが出来れば、まぁ南部の霊魔くらいなら余裕で倒せるから安心しろ」

「だといいけど」


 歩いているうちに人の数が増えてきた。眼前には様々なお店が立ち並ぶ大通りがあって、昼ご飯の時間ということもあってたくさんの人で賑わっている。


「はぐれるなよ」

「言われなくても」


 私はしれっとスルトのコートを摘まんで様子を伺った。そのまま横目で彼の顔を見てみると、どこかうんざりしたような表情をしていた。


「人ごみは嫌い?」

「人が嫌いだ」

「わお。じゃあ……私も嫌い?」


 これを聞くのはとても勇気が必要だったけど、私にはなんとなく、街行く有象無象よりは好かれているという根拠のない変な自信があった。


「想像に任せる」


 スルトはただ一言返すと、どうやら目的地に着いたようで、翼が生えた剣が特徴的な看板の建物の扉を開いて中に入った。私も続いて中に入ると、そこは酒場と飯屋を合体させたような空間だった。色んな匂いと武装した人で溢れていて、壁に設置された掲示板の前には特に多くの人が集まっている。

 

 スルトは慣れた様子で奥へと進んでいく。私もあまり周囲に目を向けず、スルトの背中を追いかける。カウンターにいた受付嬢らしき人が少し驚いたようにこちらを見た。

 

「あら、スルト様?」

「どうも。数日ぶりだな」

「先日はありがとうございました。それで、本日はどのようなご用件でしょうか?」

霊魔祓いハンター認定試験を頼みたい」


 スルトは私を指差した。


「え、に、認定試験ですか?失礼ですが、その子が……?」

「あぁ。コイツはオレの助手になる予定なんでな、都合がいいからハンターとして育てることにした」

「なるほど……かしこまりました」


 受付嬢は眼鏡をクイッと上げながら視線を私に移した。


「確認も込めて言いますが、ハンターは危険な職業、三年以上活動できる人間は全体の30%にも届きません。この意味をあなたは理解できますか?」


 彼女は言外に「引き返すなら今のうち」と告げているのだろう。私は首を縦に振った。


「分かってる。答えは変わらない」


 もとより私は死ぬはずだったかもしれない人間だ。今更「死」なんて怖がるものじゃない。


「決意は固いようですね。では今から手続きを行います。お名前は?」

「カナエ。カナエ・ヨタカ」

「カナエ様ですね、試験に必要なモノを取ってくるので少々お待ちください」


 受付嬢がカウンターの奥に引っ込んだ。それと同時にスルトが前に出る。


「先に言っておくが、認定試験にオレはついて行けない。何が起きたとしてもお前だけでどうにかする必要がある。――覚悟は出来てるか?」

「うん。いつでも行ける」


 私は迷わず頷いた。


「よし。なら、さっき言ってた霊力纏れいりょくまといのやり方を教えてやる。目を閉じろ」


 霊力纏い。聞き慣れない言葉だ。私は頭の中で一回唱えながら目を閉じた。

 

「まず霊力が何かについてなんだが、簡潔に言うと現実改変を引き起こす高次元エネルギーだ。二千年前、ジャスティティアの中央にあるギンヌ大火山が噴火したときに噴煙と共に放出された」

「……二千年」

 

 途方もない年月だ。そんな大昔に起きた噴火の余韻が今なお世界中に影響を及ぼしているだなんて想像できない。


「霊力学に沿って霊力の説明をするなら、「『現実界構成情報エイドスを書き換える高次元エネルギー」。ここから専門用語を抜いて簡潔に言うと、この世界は全て特殊な情報で構成されていて、霊力はそれを書き換える力ってことになる。だから厳密には情報改変だな」


 まるで研究者のような語り口調で、その言葉の節々からは並々ならぬ知性の片鱗が感じられた。


「まぁあれこれ言ったが、百聞は一見に如かず、習うより慣れろだ。さっさと実践に入るぞ。肌の感覚に意識を集中させろ」


 肌の感覚、肌?空気の流れでも意識してみればいいの?……なんとなく出来ている気がしないでもない。


「人間は皮膚でも呼吸をしている。細胞単位で深呼吸をするイメージをしろ。そうすることで大気中に充満している霊力を体内に取り込むことが出来る」


 私の様子を見かねたのかスルトは助け舟を出してくれた。補足通りに、細胞一つ一つが大口を開いて息を大きく吸うイメージを浮かべてみると、急な息苦しさが生じた。


「これ……出来てる……?」


 まるで破裂寸前の風船になった気分だ。


「息苦しそうだな?安心しろ、それは上手く出来ている証拠だ。あとはそのまま、取り込んだ霊力を全身に循環させるだけだ」 


 スルトのアドバイスに従って霊力とやらを循環させようとしたとき、私の頭の中に突然あるヴィジョンが発生した。


 それは私が銃口から飛び出した青紫色の弾丸となって、くねくねとした動きで道を曲がったり障害物を避けたり、高度も速度も落とさず、あくまで弾丸の形をしているだけの私として進み続けるイメージだ。弾丸に憑依しているとでも言えばいいのかもしれない。とにかく、私は弾丸となって空を切り裂いている。


 やがて弾丸の私はある物体と対峙した。それは障害物ではなく、ターゲットだ。私は見つけたと言わんばかりに眼前の人の形をした物体に向かって加速し、その心臓を貫いた。


「――――ッ!」


 瞬間、全身からあふれ出る活力によって私は思考の海から現実へと強制的に引き戻された。


「何コレ……まるで翼が生えたみたい」


 身体が軽い。視界がいつもより鮮明で、音の振動をより細かに聞き取れている気がする。絶好調な状態を何倍にもしたような感覚が私の全身を満たしている。


「霊力は高次元エネルギー。濃度にもよるが、体内に取り込めば身体能力が著しく強化され、エイドスを持たない霊魔にも有効なダメージを与えることが出来る。――それが霊力纏いだ」


 スルトの言葉は私が今覚えている感覚を言語化する材料になった。この感覚は全能感だ。今なら何だって出来る。今なら軽く力を込めてジャンプしただけでこの高い天井に手が付く。軽く力を込めてこの木の壁を殴れば穴を開けられる。


「これは余談だが、今オレ達がいる大陸南部は霊力濃度が低いんだ。逆に北部は霊力濃度が高いんだが、これは当時のギンヌ大火山の火口が僅かに北に傾いていたせいだ。北部の方が霊力纏いの効果も発生する霊魔の強さも南部より上になる」

「ちょっと、怖いかも」


 パンドラの箱を開けたような気分だった。今なお魂から肉体へあふれ出る霊力の全能感は、私という存在を、ちょっと歩いただけで痛みを訴えるひ弱なこの肉体を現在進行形で書き換えている。そんな気がして仕方がない。


「慣れたらすぐに落ち着くさ」


 スルトは安心したように笑いながら肩から手を離すと、サイズと容量が見合っていない不思議な巾着袋に腕を関節の辺りまで突っ込んだ。


「今のお前ならこれも使いこなせるはずだ」


 そういってスルトが取り出したのは、私のソウルハートだとか言っていたあの黒いマスケット銃だった。しかし昨日と違って包帯はどこにもなく、黒い銃身には金の装飾が施されていた。


 マスケット銃が私の手に渡り、スルトが完全に手を離した後も重量が圧し掛かってくることはなかった。

 

 私の背丈とほとんど同じくらい大きいから相当な重量があるはずだけど、霊力纏いの影響なのかな?それともこの銃が私のソウルハート、つまり私の一部だから?


 どれだけ考えても答えが見つかる気がしなかったので、私はすぐに思考を打ち切った。


「ありがとう」

「おう」


 タイミングよく受付嬢が手のひらサイズの水晶玉を片手に戻ってきた。


「お待たせしました。カナエ様にはこの吸霊珠きゅうれいじゅを持って霊魔を討伐してもらいます」

「きゅうれいじゅ?」


 水晶玉が勝手に動き始めた。


「その玉は霊魔が死亡した際に放出する霊力を吸収する変わった性質があり、限界まで吸収すると赤く発光します。赤くなった吸霊珠を提出すれば試験は合格、その場で五級認定証をお渡しします」

「分かった。ところで、霊魔を倒す場所の指定はあるの?」

「とくにはありませんが、このあたりで霊魔が出るのはランティスの森くらいですね」

「ん」


 私は頷いた。「それから」と受付嬢は一旦区切り、スルトに視線を向ける。


「スルト様、先ほど総本部から連絡が届きまして……お時間よろしいですか?」

「……?あぁ、分かった」


 スルトは心当たりがなさそうだった。


「えっと……」


 ともかく、私は困惑するしかなかった。


「カナエ。月並みな言葉ではあるが、大事なのは信じることだ。常に自分を信じてやれ」


 私の不安を汲み取ったスルトの言葉は、心にシンと、不思議なくらい深くまでしみ込んでいった。


「……頑張る」

「OK。ランティスの森はアトラ街道に隣接してる森だから一目見ればわかるはずだ。もし分からなかったら衛兵に聞いてみると良い」


 私は深呼吸を挟んで、心を落ち着かせてから、こう言った。


「それじゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい。気を付けてな」

 

 私は、このやり取りに何故か懐かしさを覚えた。

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