第36話 暗闇の中の対話

涼子は「虚無堂」での新たなイベント「暗闇の中の対話」を企画した。このイベントは、参加者が完全な暗闇の中で他の参加者と対話することにより、視覚情報を排除して内面の声に耳を傾け、より深い人間理解を目指す体験を提供することを目的としていた。


イベントの準備として、涼子は虚無堂の一室を使い、部屋全体を暗闇に包むために厚手のカーテンで窓を覆った。部屋には円形の座席を配置し、参加者たちが顔を見ることなく声だけでコミュニケーションを取れるようにした。


参加者たちは一人ずつ静かに部屋に入り、指示に従って座席についた。涼子は参加者に、この対話のセッションでは互いに自己紹介を省略し、自由に話題を提供して対話を始めるよう促した。彼女の意図は、互いの外見や先入観に影響されずに、純粋な対話を通じてお互いを理解する環境を作ることだった。


暗闇の中での対話は、初めはためらいがちで静かだったが、徐々に参加者たちは心を開き始めた。視覚のない環境がもたらす安心感からか、人々は普段は話さないような個人的な経験や感情を共有し始めた。参加者たちは声のトーンや言葉の選び方から、話し手の感情や人柄を感じ取るようになった。


このセッションの特別な点は、互いに物理的な印象を持たずにコミュニケーションを行うことで、話し手の言葉そのものに集中できる環境が提供されていたことだった。参加者たちは声を通じて感じる人間性や共感、理解が深まり、多くの人が新たな視点を得ることができた。


イベント終了後、涼子はゆっくりと明かりを点け、参加者たちに目を開けるように促した。彼らは暗闇の中で形成されたつながりが、光の中でも続くかのような感覚に驚いた。対話を終えた後、多くの人が「互いの外見に気を取られることなく、ただ純粋に対話を楽しむことができた。これは非常に貴重な体験だった」と感想を共有した。


涼子は「暗闇の中の対話」が参加者に与えた心理的な安心感と新しい人間関係の形成の効果に満足し、今後もこのような形で深い人間理解を探求するイベントを続けることを決意した。この夜は、参加者たちにとって他者との対話を通じて自己を見つめ直す機会となり、人間関係の新たな可能性を開く体験として記憶された。

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