第6話 俺達の戦いはこれからだ!!

ドウッ!


 魔王から放たれた紫色の光球が、ユーシアによって弾かれて空高く舞い上がり、雲を貫いて消える。


ドドウッ!


 続いて魔王から放たれた二つの光球は、ユーシアの掌から発せられた光の壁によって中和され、蒸発する。

 先ほどから、魔王と勇者の戦いはこの繰り返しである。ナージも攻撃の隙を縫って魔法を幾度となく魔王に打ち込んでいるのだが、怯ませる事すらかなわなかった。


「なんで! なんで攻撃しないのユーシア! あたしだけじゃ、あいつを倒すどころか傷すら付けられないよ!」


 ナージが髪を振り乱し、必死に魔法を放ちながらユーシアに問いかける。


「それが、できないんだよナージ! あの魔王の攻撃を俺がかわしたら、その先にある大陸が蒸発する! 例えあれが海に落ちたとしても、大津波で近くの島が沈みかねない!

 俺が魔王と全力で撃ち合うならそれは、核兵器で雪合戦するようなものなんだ!」


 魔王の光球を弾く衝撃で、ユーシアの髪が乱れ、その胸も無駄にヌルヌルと滑らかなアニメーションで大きく揺れている。


「その核兵器ってなに?」


「俺が転生する前の世界の兵器で、物凄い破壊力と周囲を汚染する力がある爆弾だ。確か、世界を5回破滅させられるだけの量が作られていた」


「はぁ? なによそれ? ユーシアが元いた世界の王様はキチガイばかりだったの?」


「前回も言ったが、相手より強くなろうと科学の力でパワーインフレしまっくった結果だよ。

 あと、”キチガイ”って言葉は、転生前の世界じゃなぜか放送禁止用語になってたぜ。全く同じ意味を持つ”マッド”て言葉ならいくら言ってもお咎めなしなんだけどな」


「ますます訳が分からないわよ! そんなおかしな王様ばかりの世界で、よくユーシアはやってこれたわね」


「あっちだと、王様ではなく、政治家とかメディアだけどな。

 それにおかしかったのは政治家やメディアだけじゃないぜ。庶民だっていつか力を付けて、気に入らない奴を殴って黙らせてやろうって発想の奴ばかりだったんだから。

 ほら、この小説の冒頭から言ってたろ、読者と同じ境遇で苦しんでた俺が力を得て無双する事で、読者がカタルシスを得る仕組みなんだって。これがウケる小説になるという事は、多くの読者達が可能ならば現実に自分がそうしたいという願望を抱いてるからなんだよ。力で気に入らない奴をねじ伏せたいとね。

 そして、みんなが自分こそ正義で、自分を不快にする奴は悪だと思ってる。正義か悪かの二元論にみんなが縛られて、みんなが力づくでも自分の正義を世に示したいと考えてるんだ。

 その考えの行きつく先にこそ、パワーインフレのし過ぎで世界滅亡の淵に立たされてもなお、互いの正義を主張しながら殴り合いを続ける修羅道が待ち構えていたのだとも気づかずにね」


「あー、もう、バカバカバカバカ! 馬鹿ばっか! うちの女神様は、なんでそんな世界の住人を、どんどん転生させて来るのよ。

 こっちは、怖いったらありゃしないわ!」


「いや、まぁ、我がことながら俺もそう思うけど……とりあえず、目の前の魔王をどうにかせんと……」


 魔王は防戦一方のそんなユーシアをみて、不敵な笑みを浮かべた。


「なるほど、世界を壊れるのを恐れて防御に徹している訳か。

 しかし、折角わしと互角の力を持つ勇者が相手だというのに、こうも消極的な戦いをされては興が削がれるというもの。それならば、いっそ……」


 魔王はユーシアとは逆の方向に手をかざした。


「ワシがこうしたら、どうするね勇者よ? ワシが後ろに放った魔法も、貴様は防ぐことができるか?」


「ちょっとあんた、世界を支配する気なんでしょう?! その世界を自分で壊してどうするのよ!!」


 ナージが叫びながら魔王の顔に光の矢を放つが、それは魔王の眼力ひとつで消失してしまう。


「ふふ、世界など一度無に帰したあと、ワシが作り直せばよいだけのこと。

 目障りな人間などおらぬ、魔族にとっての理想郷を新たに作り上げてくれるわ!」


「ちょっと待ってよ! 魔王に世界を創造する力があるだなんて、今までそんな設定どこにもなかったじゃない!」


「無駄だぜナージ、ストーリーの都合で初期設定が無視される事なんて、日常茶飯事なんだから」


 ユーシアはナージをなだめると、魔王のことを睨みつけた。


「魔王さんよ、俺に全力で戦えというのだな!」


「そうだ、わしが勝つ結果には変わりはないであろうが、このままでは面白くない。

 貴様が全力で戦う気がないのであれば、わしは貴様より先に世界を滅ぼし、そして絶望した貴様に止めを刺すとしよう。

 さて、どこの大陸から蒸発させてやるとしようか?」


「わかった、わかった! しかし、自分達が生き残るためとはいえ、俺は幾つかの大陸を犠牲にしなきゃならないんだぜ。

 だから、その覚悟を決める時間を5分だけくれないか? おまえだって、全力の俺と戦えた方が好都合なんだろ?」


 ユーシアの提案を聞いた魔王は構えた腕をおろし、髭を撫でた。


「3分だ、3分だけ待ってやろう」


「よし3分だな!」


 ユーシアは、ニヤリと笑ってナージと肩を組み、ヒソヒソと話し合いを開始した。



         *      *      *



「どうする気なのよユーシア? 犠牲を出さずに魔王を倒す算段でもあるの?」


 眉をひそめてナージが尋ねた。


「安心しろよ、それを考える時間はいくらでもあるから」


「ええ? 3分間だけなのに? それともユーシアには、時間を操る能力でもあったの?」


「いや、だから、時間を操る事ができなくても、その3分間を永遠に続ける事が可能なんだよ俺達は。

 ストーリーの都合上、何話かけても数分立たないこともあれば、ストーリーの都合で1~2ページで数十分が過ぎてしまうことだってある。30分枠のアニメなのに、5分経つのに数話かかった作品もあれば、数秒間しか時を止められない能力者が止めた時の中で一分以上も長台詞を喋っていたことだってある。

 俺達が劇中で”まだ30秒しか経っていない”と言えばどんなにページ数を使っていても30秒しか時間は経たないし、”もうそろそろ3分か……”と言えばすぐにでも3分が過ぎてしまうんだ」


「ああ、そういう……、本当にご都合主義って、なんでもできちゃうものなのね。

 でも、どうするのユーシア? いくら考える時間があると言っても、あの魔王をどうやって倒したらいいのか、あたしには見当もつかないわ。

 ……あっそうだ、もしかしてユーシアは怒りのパワーで魔王を倒す気なの?

 ほら、このままなら魔王は関係ない大陸を壊すって言ってたし、それに怒ったユーシアが底力を発揮して魔王を圧倒するとか! ”よくもサーイッショの町をーー”ってさ」


「俺はサーイッショの町に思い入れなんてないよ。あの町は特に臭かったし。

 それに、裏四天王の時も、魔王親衛隊十魔族の時も使った手だろ。ナージが傷ついたのを見た俺が、怒って敵を倒すってパターンをやってたじゃないか。いくらなんでもマンネリだよ。

 それに、怒りのパワーって、よくよく考えればそんなにカッコイイものじゃないんだ」


「そうなの? 怒りのパワーで逆転勝利って、黄金のパターンだと思うんだけど?」


「心理学上で、怒りというものがどう定義されてるか知ってるかい? ”不当な扱いや理不尽な言動にさらされた時、人が感じる第二感情”とされているんだぜ。だから必ずその怒りの陰にはネガティブな第一感情……、つまり怒りの引き金になる負の感情が潜んでいるものなんだ。例えば恐れとか、悲しさとか、不安とかがね。

 だから怒りの正体を探ってみると、それは恐れの怒りだったり、不安の怒りだったり、悲しみの怒りだったりするんだよ。

 で、今回の場合は、世界を壊される事に対する恐れのパワーって事になるわけだ。”怒りのパワーで魔王を倒した”と言えばカッコもつくけど、その実は”魔王に対する恐れのパワー”に過ぎないと考えたらもう見てらんないだろ?

 心理学を知り俺の本心を見透かせる人間からすれば、”世界が壊されるの怖いよーー!!”って言いながらパワーを引き出しているようにしか見えないんだぜ。

 だから、もういい加減そんなのは卒業させて欲しいんだよ、羞恥プレイにしかならないんだから」


「じゃあ、どうするの? 他に何か伏線でもあったっけ?」


「俺とナージの合体技でいいんじゃない?」


「ええええええ!! 確か”制御を間違えば、世界が滅ぶから使うな”って言われてたやつでしょ、それ。大丈夫なの?」


「どうせ最終回なんだし、今しか使う機会なんてないだろ? それにいつも通り、ご都合主義がどうにかしてくれるさ」


 その時、黙して腕を組んでいた魔王が、その目を開いた。


「そろそろ3分だ」


「ほらな、魔王も丁度タイムアップ宣言したし、これは使えっていう合図だよ」


「どうなっても、知らないわよユーシア……」


 ユーシアは剣を構え、ナージは目を閉じて集中力を高め始めた。


「いいぜ、魔王さん。決着といこう。

 ただし、俺達の戦いで世界が壊されるのは勘弁だから、互いに小細工なしで一撃必殺といこう。

 俺達は、あんたがどうあれ、次の一撃で勝負を終わらせる覚悟だぜ」


「ほう、面白い」


 両腕で魔王は印を結んだ。


「ならば、こちらも最大奥義をもって迎え撃つとしよう……ウオオオオオォォォ!!」


 魔王の咆哮と共に、その手に不気味な光が宿り、それが大きく成長していく。魔王の鼓動に合わせ大地が震え、天には雷が走っている。


「いくぞナージ!」


 ユーシアが聖剣を構えると、そこに光が集中し巨大な剣が形作られる。


「ふ、馬鹿め! その技は既に見切っておるわ!」


 魔王の両手には、巨大で禍々しい呪いの炎が既に完成している。


「くらえぃ!!!」


 魔王が両腕を振るうと共に、その巨大な炎がユーシアに向かって飛んで行く。


「今だナージ!!」


「行くわよユーシア! 聖なるホーリーセイントライトサンシャインメキシカンフラーーッシュボンバーーーッ!!」


 だが、魔王の炎がユーシアに届く直前に、ナージの放った光の魔法がユーシアの作った光の剣に吸収される。


「なにぃ!! これはまさか!!」


 驚き目を見開く魔王の前で、ナージの魔法を吸収した光の剣は光の柱へとその姿を変え、そして魔王に向かって一直線に伸びる。


シュゴオオオォォォォッ!


 その光の奔流は魔王の放った炎を簡単に呑み込み、そして魔王自身にもあっという間に迫る。


「ぬおおおぉぉぉっ!! まさか! まさか、こんな事がああぁぁぁぁっ!! 我が魔力がぁぁぁぁ……」


 魔王はそれを防ごうと、魔力を込めた両腕を前に突き出したが無駄だった。魔王の巨体は、渦巻く光の中で焼かれ、そしてしぼんでいく。


「ふふ、見事だ……」


 光が止んだ時、その中から出てきたのは、力を使い果たし殆どミイラのような哀れな姿に変わり果てた魔王マーロウであった。

 法衣の袖から覗く腕は、もはや骨と皮だけの状態であり、魔王の貫禄などどこにもなかった。


「信じられない、成功率0.001%じゃなかったの、この技?」


 余りの威力に腰を抜かしたナージが、ぺたりと地面に座り込んだ。光の渦に巻き込まれた魔王の城も消え去り、あたりは静寂に包まれている。


「異様に低い成功率の技なんて、その低さが返って成功フラグになってるもんなんだよ。逆に100%成功するぜ、こういう場合は」


 ユーシアはへたり込んだナージを見下ろして笑っている。


「勇者……よ、最後に言っておくこと……がある……」


「なんだい?」


 か細いその声にユーシアは気楽に答えて振り返るが、魔王は死に瀕して尚そんな彼女を嘲笑うかのように口角を持ち上げたままだった。その表情から何かを察したのか、ユーシアの表情が途端に強張る。


「ワシなど、所詮ただの尖兵に過ぎぬ。ワシが死んだ事により大魔王様が遂に動き出すだろう……地獄でお前が八つ裂きにされるを楽しみに待っておる……ぞ……」


 その言葉を最後に魔王の目から光が消え、力を失った首が垂れ、砂と化した大地にその頭を埋める。その光景を黙って眺めていたユーシアとナージは、二人で作ったクレーターの淵で、笑顔で息絶えた魔王を見下ろしながらワナワナと体を震わせた。


『いつまで同じパターンを繰り返す気だ! いい加減にしろーーっ!!』


 二人の絶叫が、主を失った闇の大陸の大地に響き渡った……。

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