第4話 一分間動かないで

「ふふ、悠斗ったらそんなに照れてどうしたの? 私とのキス気持ち良すぎた?」


 綾が光が籠っていない目で俺をじっと見つめながら聞いてきた。


 ま、まさかキスされるなんて……思っても見なかった……


 にしても……悪く、なかったな。むしろなんか心が安らいで幸福感で満たされるような……って何を考えているんだ俺は!


「ねぇ、悠斗。私と彼女のキスどっちが気持ちよかった?」


「な、何でそうなる」


「気になるからだよ」


 綾はニコニコしながら俺の返答を待っている。その漆黒の瞳からは並々ならぬ圧力を感じる。


「そりゃあ……愛してる方が気持ちいいに決まってるじゃないか」


「そうだよね、悠斗が真に愛してるのは私だから私の方が気持ちいいに決まってるよね」


 最早今の綾には何を言っても無駄なようだ。とにかくこの状況を一刻も早く離脱したい。


「そ、そうだな、じゃあ俺はここら辺で帰るから」


「何で? まだいつも帰る時間じゃないよ?」


「いやー……ちょっと買い物に」


「昨日買い物行ってたよね?」


「……親が心配するから」


「悠斗のお父さんとお母さん今日も仕事で帰って来ないでしょ?」


 綾の言う通り俺の両親は二人とも多忙の為滅多に家に帰ってこない。

 毎月お金だけは送られてくるのでそれで俺は生活している。


 しかし参ったな言い訳をことごとく潰されてしまった……あ、そうだこれが一番いいだろう。


「……いや、実はさ……この後デートの予定が———っ!?」


 俺がそう言いかけると綾の目がさらに黒く濁り、憎悪や嫉妬の感情が篭っていた。


「……へぇ、私と会った後にその女に会いに行くんだ……へぇ……」

 

「あ、ああ」


「……ねぇ、悠斗……二つ約束しよ?」


「約束?」


「私といる時は絶対にその女と他の女の話はしないで悠斗の口からその話題が出るだけで憎くて仕方ないから。二つ目、私と会った日は他の女と会わないで。」


「さ、流石に二つ目は……」


「守れなかったら、私の言うこと何でも聞いてもらうから」

 

「守ります!」


 綾にその権利を与えてしまうと本当に何をされるかわからないからな。ここは大人しく従おう。


 俺の返答に綾は満足そうに微笑んだ。


「よかった、悠斗ならわかってくれると思ったよ」


「じゃあ今日のところは……」


「駄目だよ、悠斗にはさっき破った分、私の言うことを聞いてもらうから」


「……何をすればいいんだ?」



「一分間、動かないでじっとしてて」



 どんなハードな要求が来るかと思ったが……1分動かなければいいだけ? あまりにも簡単すぎる……


「何をされても動いちゃ駄目だよ?」


「……まぁ、1分なら……」


「じゃあ、はじめよ。よーい、スタート!」


 綾が1分のタイマーセットしたことで一分間の不動時間が始まった。


 始まると同時に綾は触る俺の元へと寄ると胸板や腹筋をペタペタ触りながらこちらを見て反応を楽しんでいる。


「悠斗鍛えてるからすっごい逞しい体……こんな体で———たら……私はっ……!!」


 何やら想像してとろんととろけるような笑みを浮かべる綾。こんな顔の綾は初めて見る。


 一体何を想像されているんだ……大体分かるような気がするがわからないでおこう。


「おっと、時間がなくなっちゃう。これはここまで」


 名残惜しそうにしつつも手を離した綾は今度は顔を近づける。


 距離はもうあってないようなものだ。


「ふふ、今度はさっきよりも長く、熱いのを……」


 そう言って再び口を付ける。


 今回も舌を使い俺の舌へと蛇のように絡み付け、互いの唾液が混ざり合い何とも変な気分になりる。


 それが俺も心地よくて数十秒キスをしていた。


 そしてちょうど口を離したタイミングで1分の終了を伝えるタイマーがなった。


「……終わっちゃった」

 

「……そうだな」


「悠斗もう一回やろうか」


「やらないぞ」


 恐らく今後この一分ほど長く、濃密な1分は二度とないだろう。




 


 


 









 

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