第2話 詰襟が覗いた焼きそば屋台。(海野先輩視点)

「海野、ごめん、昨日も今日も。今からは全部抜けてくれていいからね! あたしたちでなんとかするから!」

「そうそう、おつかれ! そうだ、海野さあ、生徒会長と副会長とサッカー部と野球部だっけ? フォークダンス、全員断ったんでしょ、屋台まわりのついでにさ、いいお相手を探してきなよ!」


「ありがとう。もちろん、抜けさせてもらうけど、フォークダンスの相手は探さないと思うよ」


 これは、本音。

 せっかく探すのなら、おいしいものを探したい。


 文化祭、うちのクラスは詰襟つめえり喫茶。要するに、学ラン喫茶。

 男子もいるのに私、海野あさひは一番人気、指名1位だとかで、昨日と今日の午前中、休憩以外はほぼフル稼働。


 うちの高校はいわゆる進学高なので、来年、つまり三年生はお客さんとしてしか参加しない。

 そのため、二年生の今年、クラス中に気合が入るのは分かる。

 だから、昨日と今日の途中までは頑張った。


 それでも、やっぱり……疲れた。 

 体力はあるほうだけど、接客だけじゃなくて、写真撮影とかもあったから、地味に、ね。


 そんな感じだから、さすがに、と解放してくれようとしている友人たちがいて。

 ありがたい、とお礼を言っていたわけなんだけど。


 そんなときにも、「あ、海野さん!」とかなんとか言い出したお客さんが。


 これはまずい。逃げるしかない。


「じゃあ、お言葉に甘えて。さすがにもう抜けるね。じゃ、よろしく!」 

「了解! だけど、それ、学ランのまま! 着替えは?」


「このままでいいよ!」

 友人たちに手を振り、さっさとこの場から離れることにする。


 詰襟喫茶、すなわち、学ラン喫茶。

 男女ともに、のこの接客衣装。


 実は意外と気に入っているので、そのまま着ている。うちの高校、転校生とかは許可申請したら学ラン登校オッケーだし。


 自分で言うのもなんだけど、けっこう似合ってるよね? とは思う。身長176センチはだてじゃない。


 さーて。


 昨日は、おでんとか色々買ってきてもらってたけど、やっぱり自分で屋台を探して、そこから選びたいよね。

 ウエストバッグに入れてきた文化祭の物品引き換えチケットも何枚かあるし、現金も。


 おや、行列が。

 近くのドーナツ屋さんと提携して、仕入れたドーナツ屋を販売してるんだ。

 屋台のカラーリングもポップで、すごく、いい。やるなあ。うまいこと考えたね。


 だけど。できれば、並びたくはないなあ。


 あ、いい香りがする。

 あの焼きそば屋台からかな? めちゃくちゃ、空いてる。


 なんていうのかな、おとなしくて、優しそうな外見の男の子。

 真剣な顔して焼きそばを焼いていて。

 ちゃんと三角巾も頭に巻いてる。えらいなあ。


 あ、笑顔。

 焼けた焼けた、と言ってるのが丸わかりな表情だ。


 そして、容器を手にして。

 あれ? もしかしたら。

 焼きそばを焼いたら、麺と、野菜、それからソーセージかな、とかを均等にして。


 ものすごく、丁寧にパック詰めしてる?

 文化祭の屋台なんだから、とか、妥協しないんだね。


 もう少し、近くに行ってみようかな。

 トッピング、玉子と、それから紅しょうがとか、色々ある。鮮やかだなあ。


 声も聞こえてきた。

「おいしく食べてもらってね」


 屋台の男の子、焼きそばと会話してる?

 すごく、いいな。

 この子……かわいいぞ。


 よし。ここに決めた!

「焼きそば。大盛り、ありますか?」


「あ、ございます!」

 なんだか、驚かれてるけど。


 ああ、詰襟かな?

 私の外見……怖くはないよね? 

 海野先輩だ! とか言ってるめざとい子達がいるくらいだし。

 うん、詰襟がかっこいいからだってことにしておこう。


「じゃあ、大盛りを!」

 

「まいどありがとうございます! 紅ショウガ、青のり、かつお節はいかがいたしますか? 目玉焼きは焼き方のご希望を承ります!」 

「全部のせで、目玉焼きは固めで! マイ箸あります!」

 青のり、かけてもよろしいんですか? 

 口にはしないけど、視線がそう言ってる。

 気にしてくれてるんだ。歯についたら、とか? でも、青のりはおいしいからね! 歯磨きしたらいいんだよ、大丈夫。


 そして、マイ箸。使わなくてもいいかな、と思ってたけど、こんなに真面目に屋台をやってる人から購入するなら、使いがいがあるよね。

 スカイブルーの箸箱と箸。海っぽい色がお気に入り。


「おい、しい……! すごいね、すごいよ!え、なんでこの屋台、行列じゃないの?」

 自分の語彙が、怪しくなりそう。

 学園祭の商品チケットに、大盛り分の追加代金。

 これじゃ、足りないよ。もっと、もっと払いたい……! それくらい、おいしい!

 しかも、チケットにプラスして追加代金を払おうとしたら、「僕がやりたくてやっている屋台なので追加代金はいりません」?


「こんなにおいしい焼きそばに対する冒涜ぼうとく!」

 そう、冒瀆。

 払わせてよ! なんだけど、圧にならないように、優しく、優しく。


 私には、かわいい、は無理かもしれないけど、かっこよく諭す、なら自信ありだからね。


「やりたくて、ってことはいつでも店じまい可、ってことね。材料はまだあるの?」

「はい、でも、昨日と今日の午前中までに売り上げは出ているので、いつ屋台を閉めても大丈夫なんです」


「もったいない!」

 思わず、叫んでしまった。


「食材がですか。……確かに」

 違う! 違わないけど。


「食材もだけど、何といっても店主さんの腕がよ! 名前は? あ、私は海野ね。二年生」

「存じております。一年五組、山島です」

「そうなの、ありがとうね。やましま君、でいいのかな」

 こういうとき、目立つ容姿なのも悪くないなと思う。自己紹介が楽だ。


 私が海野で、君が山島。覚えやすいね。


「はい、海野先輩」

「あさひ先輩、って呼んで。山島君。はい、じゃあ私が呼び込みするから、とにかく焼いて、作って!」

 何が、じゃあなのかな、私。


 それに、あさひ先輩って? 名前呼びで、なんて、自分からはいつもは言わないのに。


「呼び込み、って、海野先輩、お忙しいのでは?」

 あんまり気にされていないし。呼び込みのほうにツッコミ?

 うーん、やっぱり、海野先輩より、あさひ先輩がいいなあ。


「学ラン着て、昨日と午前中、ずっとクラスの『詰襟つめえり喫茶』で接客してたから、さすがにもう抜ける、って出てきたの! だから、やりたいことをするのよ。あと、あ・さ・ひ先輩ね! 手は止めない!」


「は、はいい……あ……さひ先輩……」

 なんとか、あさひ先輩になったね。させた、が正しいのかな?


「まあ、それならよろしい。はあい、そこ行く皆さん、食べないと後悔するレベルにおいしい焼きそば、いかがですかあ!」


 焼きそばを、焼いて、焼いて、焼いての山島君は、気づいてるのかな。

 最初こそ、みんな、海野先輩呼び込み目当てだったけど。

 途中から、明らかにおいしい焼きそば目当てで、お客さんがたくさん来てたんだよ。


 最後の方は卵が品切れ。だから、少し値引いて、山島君は、焼いて、焼いて、焼きまくりで。


 本当に、最後の何人かは、具なしだったね。

 でも。

「七割引き? 大丈夫、半額でいこう!」

 大丈夫、大丈夫。遠慮しないで。

 七割も引かなくても、絶対においしいから。私は本気で、そう思っていたからね。


 売り切れ御礼、の立て札を出して、屋台は終了。


 最後に、具なし焼きそばを二人で食べた。 

 実際、それはすごく、おいしかった。


 その、おいしい具なし焼きそばをいっしょに食べていたら。 


 『山島君は、フォークダンスの相手、いるの?』


 フォークダンスには、興味がないはずなのに。

 なぜか、そう聞きたくなった。


 焼きそばを買いに来てくれた子達が、私のフォークダンスの相手の話とか、してたけど。

 山島君は、焼きそばの焼きかげんに夢中で、そんなことは耳には入っていなかったかな。


 ……食べ終わるのがもったいないな。


 私は、そんなふうに思っていたのに。


「ごちそうさまでした。先輩、今日は本当にありがとうございました。僕は、クラスに一度売り上げを渡してきてから、また屋台の片付けに戻りますので、先輩はご自由になさってください」

 ごみは預かりますから、と手を出す山島君。


 焼きそば、たくさんのお客様に、おいしいって言ってもらえた。

 先輩と屋台ができて嬉しかったな、よかったな。


 そうか、きみは。


 そんなふうに、思い出をありがとうございます、みたいな顔をして、挨拶をするんだね。


「ありがとうございました!」

 にこにこしながら手を振って、山島君はクラスに戻っていった。


 ……山島君は、一年五組。


 多分、もう、君は。


先輩とたまたますれ違うことなんかはあるかも』『ご挨拶はきちんとしなくちゃ』くらいにしか思ってなさそうだけど。


 私は、君のクラス。


 ……ちゃんと、覚えたからね?

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