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「あの子は小さいときから、めちゃくちゃな<やんちゃくれ>だったね。うちの卵もしょっちゅう盗まれたしね、雌鶏めんどりごと盗まれなかっただけマシってもんだね。腹ボテになっちまった娘もちらほらいたしね。あの子が街を出て戦争に行くなんて言いだしたときは街の連中はみんな小躍りして喜んだもんだよ」

 ミセス・リアンナ・コンプトン 



 西部劇としての歴史上の米国大陸の西部は概ね二つの理由で終わる。

 鉄道の延伸と電信の到達である。

 所謂いわゆる荒くれ者デスペラード>たちもしばらくは鉄道強盗などでしのげただろうが、それも鉄道網が脆弱ぜいじゃくだった一時いっときだけにすぎない。

 機関車は馬よりタフで電信が伝わる速度は馬より早いからだ。

 銃だけ持って馬に乗っていてもどうにもならない時代がやって来ようとしていた。

 

 スウィング・シティはサウスダコタにあるが、いわゆる西部によくある超二流の街だった。

 超を2つ付けてもいい。

 農業をやるには水が足りなかった。近くに大きな川、水源水脈がないのが致命的だった。

 農家と牧畜がごくごく小規模でまぜこぜになった兼業スタイルが下生えの雑草とともに定着していた。

 荒野にへばりついて生きる下生えの雑草よりタフでないとここでは生きていけなかった。

 二流の街には二流の人間が集まる。

 もっと良い土地を求めて西へ行く根性もない。

 サンフランシスコでゴールドが出るなんて噂は一世代ほど前に消滅していた。

 第一サンフランシスコは遠かった。

 そこより先に土地がいや地面そのものがないらしいというのも恐怖だった。

 セントルイスより東でエスタブリッシュの大卒インテリとビジネスで戦う根性もない。

 愚痴りながら生きる糧を探しつつ気がついたら、このスウィング・シティに辿り着きここで這いつくばりクラウリング酒浸りで生きている。

 今晩、ウィスキーで酔って寝つけるだけマシってもんだ、そうだろう。

 これがこの街の酒場で大合唱になる、合い言葉だった。


 それの何が悪い。


 アメリカじゅうがこのスウィング・シティみたいだった。

 西部はあまりにも広く荒れたまんま。

 東部で礎を築いたものはアパラチア山脈にすら近づこうとしなかった。

 南部は焦土作戦と言いつつ物量で最初っからかなり優勢な北軍を撤退戦に引きづりこんだのがそもそものの間違いだった。

 無慈悲な北軍の将軍はその焦土と化した南部を更に焼き尽くしながら進軍していった。

 こんなやからが将軍とか英雄とか呼ばれるものだから世の中や歴史は恐ろしい。

 南部は二重に焼かれてしまった。

 奴隷を使った大規模プランテーション農業は北部に買い叩かれるか、絶命しようとしていた。

 南北戦争が終わり景気が良いのは戦時国債で儲けた北東部のごく一部のエスタブリッシュだけだった。


 この街の保安官、ジョン・スミス保安官もこの街に流れ着いた、そんな二流の人間の一人だった。

 

「よぉー保安官さんよー」

「よぉー保安官さんよー」


 この声と開けっ放しの保安官事務所の扉から入るナイフのような鋭い冷気と弱い朝日で初老の保安官は目覚めた。

 

 それだけではない。

 一言、くさい。

 

 強烈な臭気は眼の前のいつ洗ったかほぼ覚えていないマグカップと留置場からやってくる。

 マグカップからはこびりついたコーヒーと安ウィスキーの入り混じった匂い。

 留置場からは汗と垢とそれよりもっとひどい悪徳に満ちた野獣が発する匂い。


「よぉー保安官さんよー扉くれー閉めてくれよなぁ」


 強烈な喉の乾きとともに、記憶が蘇ってくる。

 スウィング・シティ唯一のバーにして娼館キャットハウス『パンピング・キャッツ』から深夜通報があった。

 浮浪者のよそ者が女給にして時には娼婦に変わる女すべてに抱きついて困ると、、。

 ジョン・スミス保安官は、その浮浪者の首根っこを掴むと保安官事務所まで引きづっていき留置所に放り込んだ。

 で、安ウィスキーを煽ったか、いや、『パンピング・キャッツ』でドネッタから礼代わりに一杯引っ掛けたか、、。

 記憶がない。


「これじゃあ、野宿と変わらねぇんだけど」


 ジョンは机の上にある書類を睨みつける。

 G、、、I、、、V、、L、、、OOOO

 なんて発音するんだ?。

 Vのあとに母音がない。

 伸ばして発音するのは理解できるがOは四つも必要なのか?。

 そしてその下にインク壺に突っ込んだ親指で押した押印。

 発音方法を考えながらブーツの先で保安官事務所のドアを閉めかけたその時。

 若い青年が事務所に駆け込んできた。


「保安官、電信です。しかも、至急電です」

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