第24話 流行病② 工場潜入

 アンの家を出た俺は一人ギルドに来ている。冒険者は村に入るとギルドに申請が必要らしいので。


 俺は早々に書類を記入し、その場を後にしようとした。すると冒険者同士が話す声が聞こえてきた。


「この村はダメだな。流行り病にかかる前に退散した方が良さそうだ」


「そうだな。俺も裏の方の案件が済んだらとっとと出ていくぜ」


「裏とか危ないからやめとけよ」


「それがさ、今回は少女に流行り病が治る薬だって伝えて、その後は観察するだけで良いんだぜ。楽勝だぜ」


 その会話を聞いた瞬間、俺はピタリと立ち止まった。


 力尽くで無理矢理聞き出すことも出来るが、冒険者同士のトラブルは避けたい。


「あのー」


「ん? なんだ?」


「その剣どこで購入したんですか!? とっても格好良いですよね! それにこの服に靴も! 出来る男って感じ!」


 目を輝かせながら言えば、男は一歩たじろいだ。


「なんだ?」


「あなたみたいな冒険者は、さぞかし仕事が出来るんでしょうね! 俺なんてまだまだヒヨッコでやっとEになったばかりなんですよ」


「まぁな。任務達成率は百だ」


 男の鼻が高くなってきた。俺はここぞとばかりに男を褒めた。褒めて褒めて褒めちぎった結果——。


「最近出来た金属加工の工場あるだろ。あそこのお偉いさんからの依頼だ。報酬もずば抜けて良いんだ」


 アンにフクジュソウを治療薬だと偽った元凶を吐かすことに成功した。


◇◇◇◇


 宿に着いたのは夕暮れ時だった。


 既にジェラルドとリアムも部屋で寛いでいた。


「遅かったな」


「うん。色々分かったよ」


 俺はアンの家での出来事やギルドで会った男のことを皆に話した。


「裏ギルドなんて本当に存在するのですね! ですが、お兄様に情報を流したその男は今後が危ういですわね」


「情報漏らしたら裏の意味ないもんな。それより、その金属工場やっぱ怪しいな」


 ジェラルドは一口お茶を飲んでから続けた。


「なんとな、この病気は人間から人間には感染しないらしい」


「え? 流行り病なのに?」


 通常、流行り病と聞けば飛沫感染や空気感染、接触感染等を想像する。俺自身、そう思っていた。


「アンだって母親は病気にかかってるけど、アンは何とも無かっただろ」


「確かに」


「それでも病人は次々と出て、治療法がないときた。で、この病気が出始めたのが、お前が言ってた工場ができてからなんだ」


「それは中毒症状かもしれませんわね」


「え? 中毒?」


 ノエルが得意げに話し出した。


「日本四大公害病に似ていますわ。どの物質が悪さをしているのかは知りませんが、その工場から排出される何かが水や、若しくは大気に混じっているのですわ。そして、アンのお母様は工場側に何か不都合になるものを見てしまって命を狙われている」


 リアムが呆気にとられながら、ゆっくり拍手をし始めた。


「見事だよ。ニホンなんちゃらは知らないけど、僕も同意見だよ。そしてこの問題を解決出来るのはただ一人」


 一瞬周りの空気がピリついた気がした。


 リアムは足を組み直して自信満々に言った。


「オリヴァーだ」


「は? 俺?」


◇◇◇◇


 そして翌朝、俺達は役割分担をすることになった。


 エドワードはアンの母の護衛。ジェラルドは侯爵子息の地位を使って工場の上層の人と接触し、工場内を見学しながら気を惹きつける。そしてその隙に、俺とリアムで中毒症状の原因となるものを見つける。


 ちなみに、これは正式にギルドを通した依頼だ。村長が依頼主。


 村長も何度も工場に調査に入ったのだが、上手く隠しているようで何も見つからないらしい。俺達が潜入することを伝えれば村長が提案したのだ。


『ギルドを通して君達に依頼したい。工場の秘密を探ること、そしてアンの母親の護衛。ギルドを通せば、君たちのランク上げの手助けが出来るし報酬も得られる。どうかな?』


 そして今、依頼をこなす為、現在俺はリアムと共に工場の周りを捜索中。ついでにノエルも付いてきている。


「思ったより大きい工場ですわね」


「今日中に見つかるかな」


 不安を抱いていると、リアムが胸ポケットから小さな紙切れを出してきた。


「それなら問題ないよ。工場のあらかたの見取り図は確認済みだから」


「いつの間に? そして、何で工場の中じゃなくて外を探してるの?」


「さっきアンの家に寄った時に聞いておいたんだよ。で、アンの母親が最後に働いてた環境がこっちなんだって。これもオリヴァーがアンの母親を喋れるまでにしてくれたおかげだよ」


 リアムに褒められた。照れを隠す為、俺はリアムの前から後ろに移動した。


「行く場所の目星がついてるならリアムが前歩いて」


 するとノエルが嬉しそうに言った。


「こっちも良いですわね! お兄様、そこでリアム殿下の服の裾を持って下さいませ」


「え、こう?」


「そうですわ。そして、切な気な表情でリアム殿下を見上げて下さいませ」


 ついついノエルに言われるがまま実行に移していると、リアムが振り返ってキョトンとした顔で見てきた。


「何してるの?」


「え、何してるんだろう」


 我に帰って、掴んでいたリアムの服の裾をパッと離した。ノエルを見ると真剣な表情で何かを描いている。


 あれはまさか……ノエルの妄想……バラの世界を描いているに違いない。


「わー! リアム、こっちに行けば良いの? 早く行ってちゃちゃっと終わらせちゃお」


 リアムがノエルの手元を覗き込もうとしたので、急いでリアムを無理矢理進路に戻した。


「オリヴァー、そんなに焦っちゃってどうしたの?」


「何でもないよ」


 リアムの背中を押して歩いていると、木の陰から長身の男が現れた。スーツをピシッと着こなし、髪の毛も七三で整えられている。


「君たち、何してるんだい? ここは危ないよ」

 

 親切そうな笑顔を見せてくるが、こんな工場の裏手にスーツ姿の男なんて怪しさ満点だ。


「すみません。うちの猫がこっちに迷いこんじゃって」


 リアムが平然と嘘を吐いた。男も張り付けた笑顔で応えた。


「猫? こっちには来ていないよ」


「そんなはずはないですよ。確かにこっちに行ったので、探しても良いですか?」


「ここから先は誰も通せないんだ。諦めてくれ」


 リアムが目で合図をしてきたので、俺は男に飛びかかった。

 

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