4-4: 病み上がりにレモンティー


「……はぁ」


 久しぶりに校舎内にある売店に寄って飲み物を買う。久しぶりだねえ、なんて言ってくれた売店のお姉さま――以前「そう呼べ」と言われたことがあるし、男子生徒から『オバサン』と言われた後でお釣りを返す際に小銭を握らせた手をその上からキツく握りつぶしていたのも見たことがある――に空元気風の笑顔を返しながら品定めをしてみる。


 お水でいいかな。それとも、たまにはちょっとジャンクに炭酸飲料もいいかも。


 そんなことを思いつつ、ふと目に入ってきたのはレモンティー。


 アストのお気に入りのレモンティー。妙に視線を外せなくなる。


 これは一体誰からのどういう思し召しなのやら。自分の機微さえも全くよくわからないが、少なくともレモンは疲れを取るにも気付けのためにも適しているのは事実。自分の気が変わってしまう前にそのままの勢いでレモンティーを指差した。


 いつも通りの「ありがとねー」を背中に受けながらそのままベンチに移動。すぐに開封。


「……ふぅ」


 思った以上に一気飲みをしてしまった。心地よい冷たさとさわやかな酸味に、疲労感が溶けていくような気がした。肉体的な疲労感はもちろんだけれど、最近は精神的な部分も疲れてきている感じはしていた。疲れているときにはこういうモノがいいんだとは聞いているし知っているし、実際今日のチョイスの理由のひとつではあるけれど、そういった効果ををここまで強く実感したのは初めてかもしれなかった。


「……ふぅ」


 周囲に人がいないのを良いことに、すでに何度目かわからないため息のようなものを吐き出す。ため息とともに疲れが口から出て行っているのか、それとも巷でよく聞くようにため息で幸せを逃がしてしまっているのか。どっちなのかは全く見当が付かなかった。


「あれ? セナだ」


「えっ」


 中身が少なくなってきたボトルを適当にへこませたりしてイジっていたアタシに声をかけてきたのは、アストだった。


 アストはアタシを覗き込むようにしゃがみつつ、明らかに微笑んでいる。もしかするとアストは口では『あれ?』なんて言っておきながら、何かしら話しかけやすそうなタイミングをどこか遠巻きに伺っていたのだろうか。勝手にそんなことを思った挙げ句、ちょっと悪趣味だな、なんて失礼にも思ってみる。


 アタシなんか見てたって、何もおもしろいことなんて無いのに。


 アタシなんて、どうせつまんないヤツなのに。


「お、レモンティーだ」


「あ、……うん。今日は何となく飲んでみたくなって」


「じゃあボクも買ってこよう」


 颯爽と売店へ向かって、人好きのする笑顔を見せながらお気に入りの一本を入手して、再びベンチへと戻ってくる。――ぐびっ、と喉を鳴らしながら。もう開けてるし。


「いやぁもー、喉渇いちゃって」


「おつかれさま」


「セナもね」


 お互いに労いの言葉を掛け合ってみたりなんかする。少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。実際のところ、アストも今は大変なタイミングだ。煌星祭ではもちろん吹奏楽部の演奏会もある。名門と称される煌星高校吹奏楽部ということもあり、演奏会は一般のお客さんもたくさん来る日曜日の午後に開催予定だ。そのためかなり長時間の練習が毎日行われているという話だった。


「……っていうか、冷静に考えたらセナの方が大変か。『セナこそおつかれさま』って言うべきだったね」


「う、ん。そう、かもね」


 たぶんだけれど、アストは委員のことを言っているのだろう。互いに相手のことを妙に心配してしまっているらしい。


 しかしアストはなおも言い淀んでいるようだ。


「……まぁ、ねえ。あれは……うん。少なくとも、そんなにセナが気に病む必要なんて無いと思うんだけど」


「そうなのかな」


「そうでしょ。そもそも揉めてたときにセナは居なかったんだから」


 即答でそう言いながら、アストはアタシに向かって笑う。その瞬間、アタシの中でスッと納得感のあるようなモノが、おなかの中に落ちたような感覚があった。


「……もしかして、なのかな」


「ん? 何が?」


 ぼそっと零しただけの言葉でも、アストは優しく拾ってくれた。


「何かさ、……部外者っぽい感じがして」


 今の仲間割れというか、喧嘩というか――どう表現してやるのが正しいのかわからないけど、今回ウチのクラスで学校祭絡みで一騒動起きてしまったときに、クラスの実行委員であったアタシがその場にいなかった。もしかしたら大事になってしまう前に何かしらの打つ手があったのかもしれないけれど、アタシはそれをすることができなかった。そのことが罪悪感のようなモノになって、アタシの中で引っかかっていたみたいだった。


「何も訊けなかったし、何も言えなかった自分が……何て言うか、無力だなーみたいな。よくわかんないけど……」


 ぼんやりと思ったことをどうにか自分の言葉にして、途中かなり突っかかりながらもアストにぶつけてみる。はじめはかなり深刻そうな顔をして話を聞いてくれていたアストだったが、だんだんといつものような頬の緩み方になってきた。


「……いやいや、何をおっしゃいますやら」


 アタシのへたっぴな話を最後まで聞いてくれたアストは、ハハハと朗らかに笑った。日頃の静かな笑い方とは違う、ちょっと豪快というか、とにかくあまり見せないタイプの笑い方だった。


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