第3章: 強制的エピローグ、……そして

3-1: 朝の待ち合わせ


 部活と睡眠――と、ほんのちょっとだけの勉強――に明け暮れている間に、世間はあっさりと連休に突入した。入学から一ヶ月もたったはずなのにその実感が今ひとつ湧いてこないのは、いろいろと考えることが多かったからだろうか。せっかくの週末だって部活と少なからず出される宿題とか課題で消えていくのだから、仕方ないとは思う。


 ただ、今日はそういうモノは縁遠い一日が過ごせそうだと思えるのは、以前ナミといっしょに帰った時に話題に上がった『四人で遊びに行く計画』を実行に移す日がやってきたからだ。


 遠足の前日も修学旅行の前日も快眠で、ヘタをすれば集合時間に間に合わないくらいの人間であるアタシが、何故かはわからないけれどあまり眠れなかった。


 こんなことは初めてだった。数えた羊の数と同じくらいの回数寝返りを打ったような気がするくらいには、よく眠れなかった。陽が昇ってきた頃合いになって一応は目覚めた感覚があったのでどうにか『気が付けば眠っていた』状態になっていたらしいけれど、部屋の時計の針が午前三時を回るくらいまでは記憶に残っている。今もあくびが止まらない。


「せなー? そろそろ出ないとマズくない?」


「だいじょぶだってー」


 母・しらみずめぐが少しだけ急かすように訊いてくるので、同じような軽い雰囲気で返しておく。――だけど、言い方とは裏腹に、実際はけっこう焦っている。今だって、何度目かわからないメイクの調整中だ。


 どうにかして口調をおとなしめにしておくことで、心と、あとは手先を落ち着かせようというスタンスだけれど、あんまりうまくは行ってない。どうしたって時計の動きが視界に入ってきてイマイチ落ち着かない。ここで『今大事なところだから話しかけないで!』と怒鳴らなかったアタシのことを、誰か褒めて欲しいくらいだった。




     ○




「おまたせー」


「セナ、遅いー!」


 意外に大きく、そして良く通る声で、ナミが仁王立ちしながらちょっとだけ怒って見せている。一応小走りになって近付いていくことで、その不機嫌さを軽くしておくことにした。小さなアピールはきっと大事だと思う。


 ひさかた駅前。冬になるとイルミネーションが施されるけれど、平常時はよくわからないカタチをした謎のオブジェが待ち合わせ場所。そこまで目立った待ち合わせスポットのないこの街の中では、そこそこ定番になりそうな場所だ。


 ――そもそも駅前だから、当たり前っちゃ当たり前ではあるけれど。


「おはよ」


「おはよぉ、アスト」


 アストのふんわり笑顔に少しだけ癒される。甘やかされているのでは感もあるけれど、アストの笑顔はこういうときにはありがたかった。


「もしかして、あっbなる寝れなかったクチ?」


 思わずドキリとする。そういう素振りは極力見せないようにしていたはずなのに。


「え……。何でわかったの?」


「あれ? 当たりだったの?」


「うん」


 アタシはどうやらアストにカマをかけられたらしい。そしてあっさりとハマったらしい。悔しいのを隠すように大きく肯きながら答えた。


 どうにも最近この人には裏をかかれてばかりのような気がする。洞察力というのか、そういう周りを見る力というのをアストは備えているのかもしれない。そう考えると、わりといつだって一歩下がったところから周囲を見つめているような、さながらSPのようなところがある。――結構背も高い方だし、武道のひとつでも習っていたら案外向いているのかもしれない、なんて思いつつ。なるほどなぁ、とひとりで納得することにした。


「ホントはこういうときもよく眠れるんだけどね」


「だよね。中学の修学旅行のときとか、セナはギリッギリで来てたもんね。とくに朝の集合とか」


「げっ」


 色気も何もない返事が、勝手に口から飛び出していった。今更口を抑えたところで意味は無いし、回収することも不可能だろう。発言に三秒ルールなんて効くはずもない。


「珍しいこともあったもんだねぇ」


「……ほんっとよく見てるし、よく覚えてるよね、アストってば」


「そうでもないと思うけどね」


「そうでもないなんてことないでしょー」


 照れ隠しなのだろうか。そんな風に思う必要なんて無いのに。観察眼ってなかなか育つようなモノでも無いと思うし、素直にすごいと思えるのだけれど。アタシもそれくらいの観察眼で相手のサービスのコースくらい読めるようになりたいな、なんて思ってみたりもするわけで。


「……あれ? そういえばフウマは?」


「アイツもまだだよ」


 答えてくれたのはアストだった。


「なぁんだ。慌てて損した」


「セナぁ……?」


 思わず溢れ出る本音。それを聞き流してくれる程、今のナミに慈悲の心は無かった。ゆらぁりと怒りの炎みたいなオーラがナミの背後に見えた気がした。全力で『そういうことじゃないでしょ』というお叱りの言葉を、無言で伝えてきているような雰囲気。そんなスピリチュアルな能力なんて持っていないはずなのに、見えてしまった気がした。


 怖い、怖い。いろんな意味で怖い。


「冗談だってば。……っていうか、一応まだ遅刻じゃないんだから、それくらい許してよ」


「……ま、実際そうなんだけどね」


 駅の壁に付けられている大きな時計はまだ九時半ちょっと前――あ、今ちょうど九時半になった。待ち合わせは九時半だから、全然問題はない。現状残されている問題は、フウマが間に合うかどうかという話だけだった。


「フウマのことだし、そろそろ自転車あたりで……」


「何かそれも当たりそうで怖いんだけど」


 アタシがそう言うと、アストはちょっとだけ挑戦的に笑ってきた。これは、相当自信があるってことなのだろうか。ただしアタシも結構現実的にあり得る話だと思ってしまっているわけで、どういう風に答えれば良いのやら――。


「……あ、来た」


「え? ……うっわぁ」


「あ、当たっちゃった」


 アタシを含めて三人とも、何とも言えない声で何とも言えない反応をそれぞれしてしまう。ここから見えるところの交差点に姿を表したフウマは、大方の予想に反すること無く中学の頃から使っている自転車に乗っていた。そこそこ焦っているような雰囲気なのは、頻りにヤツの視線――というか顔が、車道用の信号機と歩行者用の信号機の間を行ったり来たりしているからだろう。信号が変わるとすぐに駅前の交差点を渡って、フウマはそのままの勢いで謎オブジェまでやってきた。慌てているようでも、恰好はデート用としては及第点くらいなので良しとしよう。


「すまん! ギリ間に合った?」


「んー」「んー」「んー」


 駅の時計を全員で見やって。


「ちょっとだけ」「ギリ間に合ってない」「残念」


 セリフは違うけどだいたい同じ内容の言葉を、声を合わせて回答する。九時三十二分。許容範囲ではあるけれど、フウマ以外の全員は間に合っているわけで。


「残念でしたー」


「やかましい、お前に言われたくはない」


 茶化してやれば、案の定それ以上の言葉がコイツからは跳ね返ってくる。そんな反応の良さに、どこか安心してしまう。


「どうせお前だって大して早くは来てないんだろ?」


「残念でしたー。フウマよりはしっかり早く来てますぅー」


「……実際、早く来てるよね」


 アストさん、こそこそっと鋭いことを際どい感じで言わないでください。――ああほら、こういうときだけは耳聡いフウマが、案の定余裕ぶった顔になった。


「間違っては無いでしょ?」


「間違ってはいないけどさ。……だけどさぁ」


 ――たまにはアタシにももう少し上から目線をさせてくれてもいいじゃない、きっとバチは当たらないと思うのよ。そう思いながらアストを見上げると、アタシの気持ちを知ってか知らずか、相変わらずのスマイルを見せながら。


「でもセナは、フウマと違って遅刻はしてないからね。……ということで、フウマはしっかりと謝るように」


「……すみませんでした」


「わかればよろしい」


「マジでごめんな」


「もう大丈夫だって。……ほら、自転車置いてきなよ」


 ナミの笑顔に送り出されるように、フウマは駐輪場へと向かっていった。


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