闇と欠けた月

朝ノ夜

クロイモノ

「は〜づ〜きっ!!」

そう急に後ろから言われて、わぁっ!?と間抜けな声が出た。

私は心臓、心臓、と思いながらバクバクと暴れる胸に手を当てた。

「はづき、だいじょ〜ぶ?」

自分のせいだということに全く気づく素振りもないそれは、月を彷彿とさせる琥珀色の瞳をぎょろりとこちらに向けて、心配そうにも、面白がってるようにも見える表情で私を見る。

「…はぁ…ネス。毎回脅かすのはやめてって言ってるよね?」

あぁ、そうか。そうだった。これは〝ネス〟と言うんだった。自分の口から出た言葉を振り返って、じわじわと思い出す。そして、毎回脅かされている。そうだ。私はここを〝知っている〟。

ここは本当に何も見えない。見ようとも思えないほどの暗闇の中。世界中の全ての闇を凝縮したような場所。音も無く、色も無く、ただただ闇。〝見える〟という概念すら覆してしまいそうだ。

闇の中には床や天井なんてものは無く、私が今立っていると思われる場所もどこまでも続く深海のような深さを持っている。

それなのに〝ネス〟は見える。

恐ろしいほど美しい月のような琥珀色の瞳に、こんな暗闇の中でも一際目立つ闇の体。体はずっとふよふよと浮いている。例えるならば、小さなおばけというのがベストだろう。形が絵本に出てくるようなおばけのそれなのだ。

闇の中に闇がみえるという混乱する状況なのにも関わらず、頭は妙に冷めきっていて冷静だ。

まぁ、実際ここが冷たい場所っていうのもあるけど…。

「…っじゃなくて!今度は何の用があるの!」

深い深い闇の体をくねくねさせて私を見ていたネスに大声で聞く。

「な〜んだ。そんなことでうんうん言ってたの?」

ネスは「変なの〜」とクスクスしながら私の周りをくるくると回って、私の肩に乗って言った。

「はづき、心当たりないの?」

「え?」〝心当たり〟と言われて、ドキッとする。

心当たり?そんなもの…私は知らない。

「…心当たりなんてないよ。」

「そっかぁ〜。……じゃあさ、あの廃ビルで何考えてたの?」

「……廃ビル?」

…何の話?知らない。いや、〝覚えて〟ない。


本当に?


「細かいヒントをあげるね〜。」

そう言うとネスは高く浮かび上がって、ジェスチャーをつけながら話しだした。

「その一!〝その日〟はあっつ〜い日だったよ〜。」

頑張って思い出してね〜というネスの言葉どおりに、私は思い出しながら聞いた。

「その二!はづきが廃ビルに行ったのはもう薄暗い夕方だったよ〜。」

夕方…?すごく暑い日…。廃ビル。何の話…?でも…なにか…。

その時、急に頭が痛くなって、声にならない声が出た。

「おぉ〜、思い出してきたかな〜?じゃあ、その三!」

躊躇なく進めてくることに少しは待ってよと思ったが、頭痛のせいで何も言えなかった。

「ねぇ、はづきは何を見たんだっけ?」

急にきた曖昧な問いかけに驚きつつも、頭をぎゅっと押さえつけながら考える。

何を見た?夕方の廃ビル…。暑かった…。

廃ビルの中から見る景色は気持ち悪いくらいに、美しいと思った…。

…?美しいと思った…?本当に…?違う。あれは…。

ゔっ、と頭痛と目眩のせいで声がこぼれ落ちる。

「………私は…気持ち悪い…夕焼け…自分が…存在してない世界に、自分と、景色だけが切り取られた世界に、いるような…気持ち悪い景色…」

目が潰れそうになる目眩のせいで、ふっ…と力が抜け、その場に力なく座り込んだ。

「そうだねっ!じゃあ、何を考えていたのかも分かるんじゃない?」

「私は…………分からない…。」

「…そっかぁ〜。…まぁいいや!…………今回は難しいしね」

……?どういう、こと…?気になったが、体が言うことを聞かない。

大津波のように押し寄せて来る記憶が、脳内を暴れまわる。

「仕方ないから、そんなはづきに特別に情報のプレゼント!………あと、十日でどうにかしないと〝また繰り返す〟よ?………以上!あとははづきで頑張ってね〜」

それだけ言い残すと、ネスはぱっとどこかへ消えた。

全くもって何をしたいのか分からないけれど、とりあえず私は、はぁ…と息を整えつつ、ふらっと立ち上がった。

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