第24話 学園に潜む影

既に夜だったので、保健室には誰もいなかった。

治療の道具を借りてアイラさんに私とトオルの外傷を手当てしてもらった後、私達は後から合流した3人に何があったのかを説明した。

「…黒の栞、だと!?」

事の経緯を説明中、その名前を聞いた途端、ザックは声を荒げる。

「詳しいのか?ザック」

ヤバいカルト組織位にしかその名前を聞いた事が無かったトオルがそう質問する。

しかし、ザックがその名前に過剰反応するのも無理はない。

「詳しいってもんじゃない…。

俺の家族は…一族は…奴らに殺された!!!」

トオルとエリナ、そしてアイラさんに緊張が走る。

そう、ザックの家族は黒の栞に虐殺されているのだ。


ザックの母方の祖父は、悲惨な境遇から世界の滅亡を望んで黒の栞に所属していた事があった。

しかし、後に思い人(ザックの祖母)が出来た事で世界に絶望する事を辞め、組織を脱走。

一般人として平和に暮らしていた。

しかし、黒の栞は裏切り者を許さない。

裏切った本人だけでなく、その家族や血を受け継いだ子孫までも。

黒の栞の刺客は裏切り者の家系を一族全員抹殺する事を標榜していた。

約60年間追っ手から逃れて平和に暮らしていた一家だったが、長年の平穏な生活による気の緩みから、ついに組織に足取りを掴まれてしまったのだ。

祖父、祖母、父、母、妹、そして当時8歳だったザックの6人でピクニックに来ていた時、悲劇は起こった。

一目に付かない森の中なら騎士団にも足が付きにくいと判断した黒の栞の刺客により、一家惨殺が決行されたのだ。

楽しい一時は一瞬にして地獄に変わる。

生き残ったのは、母によって命からがら逃がされたザックのみ。

人並みに笑い、人並みに元気な子供だったザックに、この日この瞬間から笑顔が失われる事となったのは言うまでも無い。


「その後知った事だが…、奴らは同時期に俺の父方の祖父母や遠い親戚に至るまで闇討ちし、無惨に殺して行った。

もう一族で生き残っているのは恐らく俺だけだろう。

その後俺は『マッケンジー』という偽りの苗字を名乗り、ひたすら黒の栞への復讐を考えて生きてきた。

俺は…奴らだけは絶対に許せない。

何があろうと壊滅させて、そして...家族を殺した張本人にこの手で報いを与える!!!」

「そんな…!」

「クッ…!」

「…心中、お察しします」

ザックの過去のあまりの壮絶さに同情するエリナ、トオル、アイラさん。

そんな中、ザックは私にだけ聞こえる小声で話しかけてくる。

(…”一度目の世界”では家族の仇と顔を合わせる事すら出来なかった。

だから今度こそ、世界を救った上でその張本人を、俺の手で殺す…!!!)


…あぁ、そうだよね。

実は原作の『メルヘン・テール』では最後までザックの仇はお話に登場しなかった。

と言うのも、そもそも原作だとザックがこの一家惨殺事件の事をトオル達に説明したのは先述のレスカ主導による”フェアリー学園崩壊編”の頃だったのだけれど、その後作者である私が他に描きたい事を描いたり打ち切り決定で精神が崩壊したりしたせいでザックの因縁を話に盛り込んでいる暇が無く、結局ザックの仇である黒の栞の構成員は本編に一切登場しないままザックは終盤で死んでしまったのだ。

ザックのストーリーの中心はトオルを初めとした仲間達と如何に仲良くなっていくかがメインだったので別に今更仇を出さなくても良いでしょ~なんて当時はヘラヘラしていたけれど、今となってはわざわざそういう過去を設定したのならもうちょっと話に盛り込む努力をするべきだったと反省している。

その仇の奴がどんな外見でどんなメルヘン使いなのかすら設定していなかったけれど、私の設定していない事も勝手に補完されているこの世界ではザックの仇が私達の前に姿を現す可能性もあるのだろうか…。


(ところで、さっきの狼のやつ。

朧気だが、最後に人型の体型になった姿は”一度目の世界”で見た記憶がある。

確か今後1年2組に遅れて入ってくる地味な女がその正体だったはずだ)

(うん…。

ただ一つ気になるのが、あの人狼が最後に言い残した『これからも、”この学園の一生徒”として』っていう言葉なのよね。

これから転入してくるなら、”これからも”とは言わないと思うんだけど)

(…なるほど。

確か、奴の能力は人狼だけでなく誰か別の人間の姿にも変身出来る事だ。

だとすれば、”一度目の世界”と違ってここでのお前の勧誘に失敗した奴は”一度目の世界”と異なる姿に変身して既に学園に潜入している可能性が高い)

(なっ…!?)

確かに、作者の私が知らない異変が既に何度も発生している以上、ここから先の展開が原作通りに進行するとは確信出来ない。

レスカ・カウエルという女の子に変身して後から学園に潜入した原作と異なり、この世界では人狼は既にこの学園の生徒の一人として、レスカとは全く異なる姿に変身して潜入していても不思議では無かった。

(もちろん、これから後に”一度目の世界”と同じようにその女が同じ姿で転入してくれば話は早い。

俺とお前がその姿を知っている以上、すぐさまその女を拘束出来るからな。

だが、最悪の場合この二度目の世界では俺もお前も知らない全く未知の姿で俺達の周囲に既に溶け込んでいる可能性がある。

そうなったら俺達には判別が付かない、このままでは”一度目の世界”と同じように奴の手引きで黒の栞の構成員が学園で大量虐殺を行ってしまうぞ)

私は事の重大さに思わず息を呑む。

ザックは”一度目の世界”の事は隠しながら、皆にも人狼が既に生徒として学園に忍び込んでいる可能性を伝えた。

ちなみに変身の事とか能力について何故詳しいのかについては、この間私が誤魔化すために言った『ザックはメルヘン能力オタク』という設定のおかげでスムーズに信じて貰えた。

「…というわけだ。

もし仮にあの人狼が既に生徒として俺達の周りにいるなら、それはあまりにも危険な状況になる。

何せ、あの場で人狼と同じ空間に立っていた俺達5人以外の全ての人間が奴の変身した姿の可能性があるんだからな」

「えぇっと…、色々な生徒にどんどん姿を変えて行く可能性はあるのか?

例えば、今は違くても数日後にこの中の誰かが人狼に成り代わられてるとか」

トオルが質問すると、ザックは首を横に振った。

「いや、恐らくだが奴は見た目を変える事は出来てもその変身した人間の元の記憶を読み取ったりする能力は無い。

次々と変身先を乗り換えてしまえばそれだけ変身した先の普段の姿に客観的な違和感が生じてしまうし、日常生活が難しくなるだろうな。

そう考えると、奴は恐らく入学した時点で既に変身しているか、もしくは入学とほぼ同時期に誰かしらを監禁か殺すかして成り代わっている可能性が高い。

そして、わざわざ手に入れた潜入先の身分をそう簡単には手放さないために基本的には同じ姿で居続けるはずだ」

「となると…やっぱりここにいる僕達5人以外の人の中に人狼が隠れている可能性が高いんですね」

エリナの言葉に私とザックは頷く。

「アイツは”生徒”と言っていたけれど、念の為先生達も警戒しておいた方が良いと思う。

普段は生徒の姿でも、時々先生の姿に変身して私達を監視している可能性は無いとは言い切れないわ。

もちろん、普段の日常生活があるからクラスの皆や先生達に常に疑いの目を向け続けのは不可能だと思うし、まずはごく自然にこれまで通りの生活を続けて大丈夫だと思う。

けど、この事は私達5人だけの秘密として胸に閉まって、誰にも打ち明けないようにしましょう」

私の言葉に続いてザックも論点をまとめる。

「奴の狙いはアグネスの勧誘と…トオル、お前の希少な能力だ。

特に二人は厳重に周囲を警戒しておけ。

もし不自然な動きをしている生徒や教師を見つけたら、この5人で情報を共有していくべきだ。

そして証拠が集まり次第、速やかに人狼…つまり内通者を確保、黒の栞への情報流出と学園内への先導を止める」

「本来であれば一番の年長者であるわたくしが皆さんをお守りする必要があるのですが…、何分皆さんと違ってメルヘンを持っていない一般人の身ですのでそちらの面ではお役に立てそうもございません。

ですが、生徒ではない使用人としての立場を使って、学園内とは異なる情報源から何か内通者の手がかりが無いか探ってみます。

皆さんはとてもお強いですが、まだ学生の身です。

どうか、無茶だけはなさらないようにして下さいね。

最優先はご自身の命です」

アイラさんの言葉に、私達4人は強く頷く。


「それじゃあ…、5人で学園に潜む内通者を見つけて学園の平和を守ろう大作戦、スタート!!!」



…あ、ちなみに3人が手伝ってくれた小テストの勉強は無事に実を結んで、2回目の小テストではどの科目でも60点位を獲得して無事にいきなり留年危機は乗り越える事が出来たよ!

ありがとう、皆~!!!






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[今後のスケジュールまとめ]

近況ノートでもお知らせさせていただきましたが、本作は本日更新の第24話を持って毎日更新を一旦終了させていただき、それ以降は5月16日木曜日に第25話を更新し、毎週「日曜日」と「木曜日」の週2回更新に移行させていただきます。

次回の更新は「5月16日木曜日」です。


・5月8日(水)~5月11日(土) 第21話~第24話までこれまで通り更新

・5月12日(日)~5月15日(水) 更新無し

・5月16日(木) 第25話を更新 以後、毎週「日曜日」と「木曜日」の週2回更新を目標に更新して行きます(※ただし、筆者の私生活の都合等によりこのスケジュールが崩れてしまう可能性もあるので、ご了承ください)

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