第21話 悪女、テストに散る

「なっ…あっ……」

私は絶望し、その場に崩れ落ちた。

まさか…こんな事になってしまうなんて……!

「この世の終わりだぁぁぁぁぁぁっ!!!」



「…なるほど?

国語4点数学12点、法学2点に生物0点…。

小テストとは言え、こりゃあ随分やらかしちゃったな~アグネスぅ…」

机に突っ伏して撃沈する私を見て、トオルは呆れ返った声を出す。

「確かに、アグネス様は実家で家庭教師の方からお勉強を教わっている時にも全然頭に入らないと嘆いていらっしゃいましたが…まさかここまでとは……」

エリナも流石に私の小テストの点が低すぎて驚いている。

「…だが、その割にはメルヘン基礎は96点、メルヘン史に至っては100点満点を取っている。

普通の座学とメルヘンに関する座学であまりにも点数がアンバランスで、不自然な偏りだな」

…そう、ザックの言う通り、私はごく普通の座学はてんでダメにも関わらずメルヘンに関する座学はほぼ完璧に答えられる。

それもそのはず、だってメルヘンに関する知識やこの世界でメルヘンの力がどんな歴史を辿ってきたかは、『メルヘン・テール』の作者たるこの私が作った知識なのだ!!!

だからメルヘンに関する座学のテストはほとんど勉強しなくても楽ちんで高得点を獲得出来た。

…しかし、問題は一般座学だ。

”渋谷翼”としての前世の人生の頃から、私は勉強がてんで出来なかった。

いや、出来なかったと言うより真剣に打ち込んだ事が無かった。

小学生の頃から適当に授業を聞いて適当にテストを受けていたのだけれど、中学に入ってもこんな調子を続けていたら見事にボロクソの点数を獲得。

ついでのこの頃から漫画家を目指して真剣に漫画の執筆に全力を投じるようになり始めていたから、余計に勉強への興味が湧かず、私の成績はどんどん下がって行った。

そんなこんなですっかり勉強から離れていた私は、この世界に転生して以降も現実の世界とほとんど変わらない国語や数学、生物の教科に大苦戦しているのだった…(ちなみに、法学に関してはそもそも原作の『メルヘン・テール』で私が明確に決めていなかったせいなのかこの世界では私の知らない滅茶苦茶分厚い法律が作者の手を離れて勝手に作られており、とても私の頭では処理しきれない量なので点数が低い)。

「けど、まずいんじゃないか?

小テストと言えども成績には影響するし、これからも小テストとか定期試験でこんな点数取ってたら絶対留年すると思うんだけど…」

「留年なんてしてしまったら当然お母様にも知られてしまいます、きっと大目玉間違いなしですよ…!?」

「1年生1学期で留年確定なんて、笑えない冗談だな」

う、うぅ…皆から滅茶苦茶心配されてる……。

私も流石に危機感を感じている、あんまりにも成績が悪いとお母様からド叱られる事は愚か、補習やら何やらに引っかかってしまっているうちに『メルヘン・テール』に関する重要イベントが発生して、その現場に私が居合わせられない可能性もあるのだ。

…かくなる上は、これしかない。

「お願いしますっ!!!

どうか、この私めにお勉強を教えて下さぁぁぁぁぁぁいっっっっっっ!!!!!!」

私は恥も恐れず、三人の前にひざまずいて土下座するのであった。


というわけで、この三人に一人ずつ先生になってもらって勉強を見てもらう事になった私。

まずは『法学』と『生物』という知識量がモノを言う二教科を、ザックが教えてくれる事になったんだけど…。

「違う」

「そんなわけ無いだろ」

「ふざけてるのか?」

「こんなの常識だ」

「お前これでもほんとに俺と同じ人生二周目か…?」

等々ザックの指導は超スパルタ!

「教科書の第1章から第3章までちゃんと覚えたか確認テストだ。

一問間違える毎に追加課題を五十問出す、死ぬ気でやれ」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?!?!?」

鬼教官ザック様にしごかれながら、私は意識が飛びそうな位全力で法学と生物の知識を頭に叩き込んだ…。


次は『数学』、担当はエリナ。

「大丈夫ですよアグネス様、焦らずゆっくりと、少しずつ出来るようになれば良いんです!」

エリナはザックとは違い優しく指導してくれる、正に天使の様な先生!

…しかし。

「え、方程式ですか?

こんなのババって移動させてピューって解けば楽ちんですよ!」

「因数分解はなんかこう…ビャーって分解して後は解くだけと言いますか…」

「図形問題は問題の図形を見たらもう感覚的に『大体こんな感じで行けば解ける』ってわかるので、それに従って行けば簡単です!」

…、え???

そう、今日この瞬間まで知る由も無かったのだけど、どうやらエリナは勉強自体は得意な一方でそれを他人に教えるのがとてつもなく苦手であるらしい。

エリナ本人にその自覚は無いようで、ニコニコと嬉しそうに私に教えてくれているのだけれど…。

「…ご、ごめんエリナ。

私にはあなたがさっきから何を言ってるのか1ミリも理解出来ないわ……」

「そ、そんな…!

申し訳ございません、やはり僕の未熟さではエリナ様にお勉強を教える事は不可能だったようです…僕が不甲斐ないばっかりに……!!!」

「ち、違うのエリナ!

多分ちょっと教え方を工夫すればすぐにわかりやすくなるから!

だからそんなに落ち込まないで、ねぇっ!エリナ~!!!!!!」


…そんなこんなで最後の科目、国語。

教えてくれるのはトオルだった。

「…まぁ、こんな感じで文章に出て来る単語から推測して選択肢を選ぶのがポイントだな。

この手の文章題問題は大体問題のパターンがあるから、それを覚えておけば初めて見る文章でも結構点は取りやすいと思う」

「なるほど…!」

意外にも、トオルの教え方は丁寧かつわかりやすくて、三人の中で一番先生役が上手かった。

「けど、ちょっと意外だったかも。

トオルは教えるのも上手いし、こんなに文章題が得意だったのね」

「それ程でも無いさ。

俺は孤児院ではいつも一人だったから、大体一人で本を読んで暇を潰してたんだ。

特に、実際に起こったわけではない架空の内容が書かれた”物語”の本を読むのが好きだった。

物語に没入している間は現実で辛い事も忘れられるし、何より自分の知らない世界で本当に冒険しているようなワクワク感が得られるのが楽しかったんだよな~。

体験談とか自伝も良いけどさ、もっと”物語”を描いた本が広まったら良いのに!」

…あぁ、そっか。

私が『童話の存在しない世界』と設定してしまったせいで、この世界では架空の物語を描いた本がかなりマイナーな扱いを受けているんだったよね。

そもそもトオルが辛い境遇になったのも私のせいだけど、その後に生きる希望になってた物語があまり普及していなくて絶対数が少ないのも私のせいだと思うとさらに胸が痛む。

「…そうだ。

ねぇトオル、私が問題集を解いて待ってる間、良かったらこれ読んでみる?」

私は、以前エリナにも見せた私の描いた平民の少女と王子の様なイケメンの恋愛漫画を手渡した。

「...ん、何だこれ?

絵と文字が一緒に入ってて、見た事無い形式で描かれてるな…」

「それは漫画って言うの、私が描いたのよ?」

「アグネスが!?

…君も物語が好きだったんだな」

「うん」

ただでさえ架空の物語が少ないこの世界で生きるトオルに、少しでも新しい物語を楽しんで欲しい。

そう思って、私は私の漫画をトオルに読んで欲しくなったのだ。

「…わかった、君が問題を解いてる間に読ませてもらうよ」


「……」

き、緊張する…。

私は国語の問題集を解きながら、後ろで私の読み切り漫画を読んでいるトオルの様子をチラチラ見てしまう。

エリナはずっと笑顔で読んでくれていたから気楽に読ませてあげられたけど、トオルは物語に造詣が深くて文章題も得意だ。

何だか編集者に原稿を読んでもらっている時の感覚を思い出した。

トオルは真剣な眼差しで、しかし時々口元を動かしながら、集中して読んでくれているようだった。

「…解けたわ、トオル!」

「……」

私が問題を解き終わったと報告しても、トオルの視線は原稿に釘付けだった。

「…トオル???」

「あっ…、ごめんごめん。

つい見入っちゃって聞いてなかったよ」

トオルが私の解答を採点している間も、何だか気が気でなかった。

トオルは…、私が描いた漫画をどう思ったのだろう。

「…よし、最初の頃と比べたら全然良くなってきてるな。

今日はこの位にしておこう」

「あっ…あのっ!

…どうだった?

私の漫画……」

私が感想を求めると、トオルは口元に手を当ててしばらく回答を考える様子を見せた。

そして口を開き、いよいよ声を出す。

「…すごかったよ、こんなの初めて見た」

「!」

私は嬉しくなりつい口元を緩ませる。

しかし、

「…まぁ、話はちょっと単純だったかも。

展開も予想しやすかったし」

と率直に言われて、私は心にグサッと大ダメージを負った。

現実世界と違って架空の物語の絶対数が少ない世界の住人であるトオルから見ても、私の作るお話はあまり出来が良くないらしい…。

連載漫画はダメダメでも一応読み切りには自信があったので、余計にショッキングだ。


……けれど。

「…けど、それでも絵にすごく気合いが入っていて、きっとアグネスはこの”王子”っていうキャラクターを本気でかっこいいと思って描いてるんだろうなって事が伝わってきた。

ストーリーその物は単純だけど、君が描いた絵と組み合わされるとすごく満足感が得られた気がする。

これが”漫画”っていう形式の物語なんだな、初めての体験だったよ…!

ありがとう、アグネス!!!」

そう言って、大事そうに私の原稿を返してくれるトオル。

その顔はとても楽しそうで、爽やかな笑顔だった。

…あぁ、そうだ。

こんな風に、苦労して描いた漫画を担当編集の林田さんに読んでもらって、手厳しい評価を頂きながらも、総評して『面白かった』って言ってもらえる事が、私の強いやりがいだった。

何だか久しぶりに漫画家としての”楽しみ”を感じられた事に、私はとても懐かしい気持ちになる。

「…そっか、楽しんで貰えたみたいで良かった!

読んでくれてありがとう、トオル…!!!」

…前世で過労で死んでしまう直前は、私は何が楽しくて漫画を描いているのかわからなくなっていた。

二度の打ち切りによる自信の喪失、そして売れるために必死に漫画を描く事に全力を注ぎすぎて、私はそもそも漫画を描く事の何が楽しいのかを見失っていたのだ。

けど、今の私なら胸を張って言える。

私は…、漫画が好きだ!!!


図書室でのマンツーマンの勉強を終え、寮に帰るためにすっかり暗くなった廊下を私とトオルは歩く。

「それはそれとして、ストーリー面はもっと勉強した方が絶対良くなると思うぞ?

文章題が苦手って事は読解力があんまり高くないって事だし、そこを鍛えればもっと面白い漫画ってやつが描けるんじゃないか?」

「うぅ…、仰る通りで…。

昔っから絵を描くのは好きだったんだけど、こういう長文を読んで作者の気持ちを考えるのは苦手でね……」

「けど、さっきの問題集はかなり正答率が上がってきてた。

努力すれば成績もストーリーももっと良くなるさ!」

「そうだと良いなぁ」

そんな風に話ながら歩いていると、

「…あ、悪い。

ちょっとトイレ行ってくる」

と言って、トオルはちょうど通り過ぎようとしていた男子トイレの中に入って行った。

「うん、待ってる」

暗い廊下にひとりぼっちになった私。

一応『電撃の魔石』を用いた証明やロウソクで申し訳程度に灯りが灯っているものの、やはり薄暗さは漂っており、何とも不気味な雰囲気だ。

「…夜の学校って、何でこんなに不気味なんだろう?」

何だか怖くなってきた。

早く帰ってきてよトオル~。


『アグネス・スタンフォード様』


「ッ!?!?!?」

ビクンッ!

突然背後から聞こえた不気味な声に、私はビビり散らかす。

男とも女とも取れない、エフェクトがかった声。

冷や汗が止まらない。

まさか、幽霊!?

『アグネス・スタンフォード様、ですよね?

お探しいたしました』

…。

やだな~、後ろ見たくね~っ!!!

けど、見ない事には誰が話しかけているのはわからない。

幽霊ではないだろう、多分、きっと。

どうやら私に用があるらしいし、無視するわけにも行かない。

意を決して、私は後ろを振り向いた。

「…えっ?」

そこに立っていたのは、幽霊でも、この学園の生徒でもない。

全身を黒いローブで覆った、顔が見えない人影だった。


『アグネス様、わたしはあなたをお迎えに参りました。

我々はこの世界に絶望し、破滅に導く者…”黒の栞”です』






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[今後のスケジュールまとめ]

近況ノートでもお知らせさせていただきましたが、本作は5月11日土曜日の第24話の更新を持って毎日更新を一旦終了させていただき、それ以降は5月16日木曜日に第25話を更新し、毎週「日曜日」と「木曜日」の週2回更新に移行させていただきます。


・5月8日(水)~5月11日(土) 第21話~第24話までこれまで通り更新

・5月12日(日)~5月15日(水) 更新無し

・5月16日(木) 第25話を更新 以後、毎週「日曜日」と「木曜日」の週2回更新を目標に更新して行きます(※ただし、筆者の私生活の都合等によりこのスケジュールが崩れてしまう可能性もあるので、ご了承ください)

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