第19話 一度目の世界

「どういう事!?

どうしてザックが…その事を知っているの!?!?!?」

「ッ…!

やっぱり覚えているんだな、このゲス女ァァァッ!!!」

とうとう我慢できなくなったザックは、ツルで私に刃物を突き付けるのでは足りず直接自分の手で私の胸倉を掴んで怒声を浴びせて来た。

「ちょっと待ってよザック!

誤解よ!これは間違いなく誤解が生じているわ!!!

お願い、まずは落ち着いてちゃんと話し合いましょう!!!」

「何が誤解だ、お前はどこからどう見ても世紀の大悪女アグネス・スタンフォード張本人だろうがッ…!!!」

「違うのっ…!

私…私はぁっ……!

ここじゃない別の世界からアグネスとして生まれ変わってしまった全然違う人なんですぅぅぅぅぅぅっ!!!」

「……何?」

私の言葉に反応して、ザックは胸倉を掴む手を緩めた。

「……どういう意味だ」

「私はっ…、この世界の事が『作り話』として存在している別の世界の人間なんです!

けど、その世界で死んでしまって、目が覚めたらその『作り話』に出て来るアグネスとして生まれ変わっていて……!

だからザック、あなたの事も、この世界が最終的に”どう”なってしまうのかも、全部お話として知っていて……!!!」

…流石に、私がその『作り話』の作者だと言う事はとても言えなかった。

「……そんな突拍子も無い話、簡単には信じられないな。

だが、同時にお前の言い分が本当ならば辻褄が合う箇所が多いのも事実だ。

今の貴様は、あまりにも俺の知る”一度目の世界”のアグネス・スタンフォードと違い過ぎる」

そう言って、ザックはツルが私の首に突き立てていた刃物を下ろしてくれた。

「……完全に信用したとは言わないが、一度お前の言葉を仮説として受け入れてやる」

「ありがとう、ザック……」

「…チッ、その憎たらしい顔で感謝されても腹が立つだけだな」

近くにあった壁にもたれかかり、腕を組むザック。

「ザックは…いつその”一度目の世界”の事を思い出したの?

さっきのトオルとの模擬戦の時はそんな素振り無かった気がするのだけれど……」

「さっきの模擬戦の時は、敢えて”一度目の世界”の時に俺があいつに言った言葉を再現して話していたんだ。

……物心ついた時から、違和感はあった。

時々、夢の中で世界が滅びゆく中、大切な仲間が目の前で死んでいく夢を見る事があったんだ。

けど、この記憶に明確に気が付いたのは昨日の入学式の時だった。

新入生の中に、妙に見覚えのあるやつがいたんだ。

会った事も無いはずなのに、やけに親近感が湧いて、とても安心するような…そんな気分になった。

そうしたら、断片的にではあるが、夢に見ていた光景がより鮮明に俺の頭の中に広がって行ったんだ。

そこで気が付いた。

『あぁ、これは俺の、一つ前の人生の映像なんだ』と。

そして、目の前で歩いていた黒髪の東洋人が、俺の唯一無二の友…トオル・ナガレだと気が付いた!!!」

ザックはわずかにだが、口角を上げてほほ笑んでいるように見えた。

「嬉しかったさ、一度は死に別れた親友にもう一度会えたのだから。

だが、当然ながら向こうは俺の事を知らない。

色々と観察していくうちに、”一度目の世界”の記憶を持っているのはどうやら俺だけだと気が付いて、気を落とした。

あいつはトオルだけど、俺の知っているトオルではないのだ、と……。

……そんな時だった、お前がエリナと一緒に歩いている姿を見かけたのは!!!」

再び、眉間にしわを寄せて怒りを露わにし始めるザック。

「俺は目を見開いたさ。

エリナの外見が、俺の知っているエリナと全く違う雰囲気だったからな!

髪が短くて、堂々と胸を張って、自分を『僕』と呼ぶエリナなんて俺にとっては一度も見た事が無い姿だった。

そして同時に、エリナの隣でにこやかにエリナと喋っているのがあのエリナ・スタンフォードだと気が付いて、ますます混乱したんだよ…!!!

”一度目の世界”であれ程他者を見下し、エリナを苦しめ、世界中の人間を敵に回した大悪女が、見た目はそのままにエリナと打ち解けているなんてありえないと思った。

だから俺は思ったんだ、貴様も俺と同じ様に”一度目の世界”の記憶を持っていて、敢えて”一度目の世界”とは異なる立ち回りをして、自分に有利な世界を作ろうと企んでいるのではないか、と……!!!」

…なるほど、どうやら理由はわからないけれど、ザックは原作の『メルヘン・テール』で起こった出来事を前世の記憶として覚えていて、今は二週目の人生を送っている…というわけらしい。

まさか私以外のキャラクターにそんな事が起こっているだなんて思いもよらなかった。

あまりにも衝撃的な事実だ。

「…だが、どうやら俺の予測は少し外れていたらしい。

確かにお前の言う通り、アグネスの皮を被った別人が行動していると考えた方が今のお前の行動は自然だ。

何せ、本物のアグネス・スタンフォードはプライドが高くて常に他人を見下し、誰かを傷付ける事に快楽を感じる生まれながらの性悪女だったからな。

演技であろうとも、自分が嫌っている義妹のエリナと仲良くする事なんて出来るはずが無い」

「あ、あはははは…」

…一応今の私も渋谷翼の記憶を持っているだけでアグネス本人ではあるんだけどな~。

部分的に嘘を付いている事になってしまった。

「…どうやら、お前が知っている『作り話』と俺が経験した”一度目の世界”は同じ物だと解釈して良さそうだな。

さっきも言ったが、俺は断片的にしか”一度目の世界”の記憶を取り戻せていない。

この学園でどうやってトオルやエリナと知り合ったか、そして最終的に俺達がどういう運命に辿り着くか…その程度だ。

おい、お前はどこまで”一度目の世界”の事を覚えている?」

えーっと…、これはどう答えるべきだろう?

全て覚えていると言っても良いのだろうか。

その世界の住人として、自分の人生として『メルヘン・テール』の物語を体験してきたザックに、作者という神の視点から”一度目の世界”で起こった運命を全て知っている私が教えて良い事と悪い事があるのではないか?

私はわからなくなった。

「え~っとぉ…それは…そのぉ……」

私が答えに詰まっていると、

「…いや、やっぱり良い。気が変わった」

とザックは私が答えるのを静止した。

「どうして?」

「そもそもお前の言葉を全て信じたわけじゃない。

お前の信用ならない言葉に、俺が確信出来る俺自身の記憶を汚されたくは無くなった」

「…そっか」

ザックには申し訳ないけど、私は内心ほっとしてしまった。

「…ところでさ、ザックはこれからどうするの?

その…トオルやエリナとの関係性とか……」

「…この”二度目の世界”を生きるトオルやエリナは、俺の知っているあいつらとは実質的には別人だ。

それでも、俺はやっぱりあいつらに今度こそ幸せになって欲しい。

世界の終焉を止めて…、今度こそ全員で、未来を生きたいんだ。

だから俺なりに、影ながらあいつらを支えていく。

俺達の未来を壊そうとするやつは誰であろうと容赦しない…、当然、貴様もな」

「私も…、同じ気持ちだよ。

『作り話』…、つまり”一度目の世界”で誰も救われない終わり方をしたこの世界を、今度こそハッピーエンドに持って行く。

エリナも、トオルも、そしてザックも…絶対に今度こそ幸せになって欲しい。

その一心で全力を尽くしてるつもり」

「…目指す道は同じ、という事か」

私とザックは、改めてお互いの顔に向き合う。

「二人で一緒に…、皆を助けましょう、ザック!!!」

「俺はお前を信用しきったわけじゃない、が…あいつらを救うためなら利用出来る物は全て利用させてもらう。

裏切ったら命は無いものと思えよ、悪女様?」

やや歪な関係にはなってしまったが、ここに私とザックの前世の記憶を持った者同士の不思議な同盟が結ばれる事となったのである。

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