第16話 原作通りに

「ほらほら、どうしたの~?

守ってばっかりじゃ、このアタシには勝てないわよォ!!!」

何度も何度も、トオルに向って爆発を起こすアタシ。

当のトオルは防戦一方で、攻撃を仕掛ける隙が無い。

…しかし、爆発の手を緩めても今の彼がアタシに攻撃してくる事は無いだろうという確信もある。

どうすればトオルにアタシを攻撃させられるか…。

…あれしか無いか。

「…もう、やめましょうよ!

俺のメルヘンがどんな能力なのかも大体わかったでしょ!?

これ以上の決闘の意味は…!!!」

「…ふーん。

じゃあ、さ」

アタシは闘技場の端のギリギリ、観客席に一番近い位置まで歩く。

そして退場にならない位置に陣取ると、エリナの方へ視線を送り、火打ち魔石をぶつけた。

ドォォッ…!!!

「なっ…!?」

そう、アタシが爆発を起こしたのはトオルの方じゃない。

「あんた…、何やってんだよ!!!」

「何、って…人質よ。

あんたが真剣に戦わないから、あんたがアタシの攻撃を一回防ぐ毎に代わりにあの女を爆発させようと思ってね」

アタシが今爆発を起こしたのは、観客席のエリナの至近距離だった。

「人質、って…。

そのエリナって人はあんたの大切な人じゃなかったのかよ!!!」

「えぇ、そうよ。

エリナはアタシの妹。

でも、血は繋がっていないし、彼女は平民出身の汚らわしい出自。

アタシと対等な立場じゃない、死んで良い価値の無い存在なのよ」

「…ふざけんな。

アグネス、さっきからあんたのやってる事は無茶苦茶だ!!!

俺に優しくしてくれたと思ったら急に決闘を初めて、あまつさえ妹を人質に取るなんて!

支離滅裂だよ、頭おかしいんじゃないのか!?!?!?」

「何とでも言ってちょうだ~い?

アタシはアタシの目的を果たすためなら手段は選ばない。

他人も、家族も、全て利用する。

この世界はアタシのために存在している。

アタシこそこの世界の中心。

アタシ以外の全ての人間は価値の無いゴミカス以下の存在に決まってるじゃない…!」

口角を上げるアタシ。

トオルは歯ぎしりしながら怒りに打ち震えている。

「嘘…、ですよね?

アグネス様……僕は……」

アタシに裏切られ、至近距離で爆発が起こったエリナは、絶望に満ちた顔で崩れ落ちていく。

「アハハハハ…!

楽しかったわよォ?エリナぁ。

あなたとの、し・ま・い・ご・っ・こ?」

そう言って、アタシは再びエリナの至近距離に爆発を起こした。

「アグネスゥゥゥゥゥゥッ!!!!!!」

ついに怒りを爆発させたトオル。

「俺を攻撃するのはまだ構わない。

無理やり付き合わされたとは言え、あくまで俺とお前の決闘の形式だからだ。

けどこれ以上彼女を、罪の無いお前の家族を傷つけると言うなら、俺は絶対にお前を許さない!!!」

「あはっ…、良いわねぇその表情!!!

怒りに打ち震えて顔をグシャグシャに醜く歪ませて…、実に滑稽ですわ…!!!」

「黙れッ…!

俺がこれ以上、裏切られて心に傷を負ったあの子を傷つけさせない…!

あの子を、エリナを…守って見せる!!!」

足を開き、両腕に力を入れるトオル。

構える日本刀の刃の周りに、渦上の水流が次々と纏われて行った。

「そうよ!

アタシが求めていたのは”それ”っ!!!

トオル・ナガレ…、あなたが持ちうる全身全霊、全ての力を持って、アタシに挑んで来なさい!!!!!!」

アタシも彼に応えるように、改めて気合を入れて周囲により多くの灰を降らせる。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!!!!!!!!!」

「はああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!!!!」


ゴッ…!


アタシが両手の火打ち魔石をぶつけ合う寸前、一瞬の速さで上回り、トオルの日本刀から伸びる水流が、アタシの胴体を直撃していた。

「一騎…桃川ッ……!!!」

「ガハッ…!」

瞬間、アタシの全身にとんでもない激痛が迸る。

衝撃で大きく後ろに吹き飛び、アタシの体は宙に浮いていたのだ。

…けれど。

「あっ……、斬れて、ない」

自分でも意外そうに、トオルはぽろっと口からそうこぼす。

そう、トオルの全力の斬撃を食らったにも関わらず、アタシの体は切断されていない。

打撲のダメージしか受けていないのだ。

トオルなら、絶対にこの瞬間に力の制御が出来ると確信していた。

「制御…出来たじゃないの。トオルっ……!!!」

そう言い残して、アタシは場外の地面に大きく打ち付けられた。



「この度は、誠に申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

トオルとエリナに向って、”私”は涙ながらに全力の土下座を行った。

「えっと…つまり、最初から俺の能力を制御させるために行った演技で、俺とエリナさんを傷つけるつもりは無かった、って事!?」

「はい、その通りです。

しかし、私がこの度行った行為は許される事ではございません。

どうか、煮るなり焼くなり罰を与えて下さいまし…!」

「えぇぇぇぇぇ……?」

トオルはドン引きしている。

そりゃそうだろう、いくら演技にしても私の行ったあれそれはどう考えても許される事ではないギリギリの橋を渡っていた極悪非道な行為なのだから。

ただ決闘を行っているだけではいつまで経っても私に本気の攻撃を行って来ないトオルを見て、私は原作のアグネスさながらにエリナを傷付ける姿を見せる事で、トオルの本気と『エリナを守りたい』という思いを誘発させる事にしたのだ。

ちなみに、トオルに放った爆発は一応どれもギリギリのラインで大きなダメージにはならない範囲で爆発を起こしていた。

仮に直撃しても、すぐに治療出来る位の威力を意識していた…はずだと思う……。

ただ、さっきまでの演技中の私はかなりノリノリで自分の中のアグネスを解放していたので、もしかしたら場合によっては一大事になっていたかもしれない。

本当に自分でもこんな事は絶対に許されないとつくづく感じる。

「えっと…、エリナさんは最初から気付いていたんですか?」

「はい…。

アグネス様が僕の近くで爆発を起こす直前、僕にアイコンタクトを送って下さったので、恐らく演技に乗ってくれというメッセージだと思い、咄嗟に演技をさせて頂きました。

トオル様を騙してしまい、本当にごめんなさい……!!!」

「ごめんねエリナぁぁぁ!

私の作戦に巻き込んで罪を背負わせてしまって……!

あと途中でエリナに言ってた事も全部嘘だからね!?

汚らわしいとか価値の無い存在なんてこれっぽっちも思ってないもん!!!

エリナ大好きぃぃぃぃぃぃっ…!!!」

泣きながらエリナの右足に抱き着いて許しを請う私。

「はいはい。

アグネス様がそのような事を言う人でない事位、僕には最初からわかってましたよ!

それに、さっきの決闘中のアグネス様の口調は、あの日、不甲斐なかった僕を叱責してくれた時と同じでした。

だから決闘が始まった瞬間にわかったんです、あの時僕にしてくれたように、今度もトオル様に対して敢えて厳しい態度を取る事でトオル様を救おうとしているって!」

「それにしても、限度ってもんがあるんじゃないのか!?

あんた、俺だけじゃなく妹さんまで巻き込んでこんな一大芝居やって……」

「はい…仰る通りです……」

私は再び額を地面に擦り付けて謝った。

「けどさ、もし仮に俺が『一騎桃川』の制御に失敗してたら、あんた間違いなく真っ二つになって死んでたって事だよな。

マジで死ぬ覚悟で俺の自己嫌悪を取り去ろうとしてたって事か…?

……確かに、癪だけどあんたの一世一代の大芝居のおかげで、俺はこの能力を制御出来るんだって自信が持てるようになった。

あんなに怒りに満ち溢れていても相手を傷付けずに攻撃出来たんだから、もっと感情が落ち着いている時なら尚更制御は簡単なはずだと思う。

あんたはすごくクレイジーですごく迷惑なヤベー奴だけど…、俺のために命を懸けてくれたんだもんな。

一応礼は言っておくよ。

ありがとう、アグネス。

これで少しは自分に自信を持って、この学園でやって行けそうだよ…!」

トオルはこんな最低最悪の私にそっと手を差し伸べて、立ち上がらせてくれた。

「良かった……!これからも頑張ってね、トオルっ……!!!」

そして、そのまま自然な形でトオルと私は握手を交わしたのだった。

あまりにも強引で我ながら一番最悪な手法を取らざるを得なかったけれども、これにてトオルの自己嫌悪解消ミッション、コンプリート……!!!


「などと、平和に終わって良いわけが無いでしょう……?」

「ヒエッ…!?」

後ろを見ると、そこには怒り狂ってとんでもない鬼の形相と化したアイラさんが立っていた……。

「一体何を考えているんですかあなたはッ!!!

ご自身の命をお懸けになるばかりか、エリナ様だけでなくご学友の方をこのような危険な事に巻き込んで…!!!

もし仮にトオル様がお嬢様を殺してしまっていれば、トオル様にその罪が下ってしまう事位考えればわかるでしょう!?!?!?

お嬢様が行ったのは完全なる自己満足、周りの全ての人を不幸にする絶対に許されてはならない愚行です!!!!!!

あなたがやった事は性質の悪さで言えばあの時の誘拐犯と似たようなものですからね!?!?!?

今回ばかりは絶対に許容出来ません。

内容が内容なのでお母様にお伝えする事はしませんが、お母様に代わりにわたくしが今夜一晩みっちりとお説教をします。

良いですね!?!?!?」

「ひゃ、ひゃい……すべておっしゃるとおりです……!」

アイラさんに過去最高規模のお叱りを受けた事で、私は改めて自分の行った行為が如何に愚かで迷惑で最低な事だったのかを痛いほど痛感した。

…けど、ごめんアイラさん!

トオルと、そして世界を終焉から救うにはどうしてもこうするしか無かったのォ!!!

流石にこんな事は二度としません……!

もう絶対周りの人に迷惑はかけませぇん……!!!

こうして、私は原作通り悪女としてトオルの自己嫌悪を解消したと共に、もう二度と原作通りの悪女ムーブをやって周りに迷惑をかけてでも解決に導こうとする事はしないと心に決めたのでした……。


「…ねぇ、エリナさん。

アグネスとあの人っていつもあんな感じなの……?」

「そうですね…。

今日は一段と激しいお説教ですが、大体いつもあんな感じです!」

「そ…そうなんだ……」

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