第32話 一撃必殺肉食ウサギ
ゼンマイに似た野草。
これはラセン。
スープに入れて煮込むとほどよい歯ごたえがあって美味い。
シダ植物の若芽。
これも皮を剥くと中身が実にいい香りがして美味い。
あとは王道のキノコ多種。
毒キノコが高頻度で混じっているので、見極めが大事だ。
僕はこのへんはプロではないので、これなら100%イケるというものしか採らない。
山菜狩りはこの世界でもよく行われるが、趣味というよりは山野で食べ物が無い時の非常食だ。
そう、この世界の山菜は楽しい思い出がない食べ物なのだ。
美味いけど、見た目が野菜と比べると地味だからな。
アーランで豊富に野菜が得られるようになってからは、好んで食べようという人はいない。
だが……みんな気付いてないだけなのだ。
山菜はウマい……!!
油で揚げると。
「いや、忘れてない、忘れてないぞ。僕はあくまで、旗を立てる仕事のために来たんだ。山菜の天ぷらを作るためではない」
ぶつぶつ言いながら歩く。
独り言が出てきてしまうな。
だけど、独り言は思考を整理する効果がある。
傍目はキモいが悪いことばかりではないんだぞ。
山菜を探しながら、第三伐採地点までを練り歩く。
おや……?
僕を物陰から見ている者がいる。
赤い目、褐色の毛皮、長い耳に後足から突き出した刃のような爪。
「ヴォーパルバニーか」
首刈りウサギと呼ばれており、一見してかわいいウサギちゃんなのだが……。
この密林の生態系の頂点捕食者なのだ。
僕が一瞬だけヴォーパルバニーから目を離した瞬間、ウサギちゃんが消えた。
音だけが凄い速度で近づいてくる。
だが、地上を走ってる時点で負けなんだよなあ。
超高速で接近するウサギちゃんがジャンプをしようとしたところで、ステーンと転んだ。
そこはもう僕の油の範囲だ。
これ、ヴォーパルバニーのジャンプを視認して回避するのは難しい。
もし飛ばれたら、地面に身を投げるか盾を構えるべし。
盾のヘリで受けられたらよし。正面なら板の部分をぶち抜かれて、腕を一本持っていかれる。
そうでなければ、一発で首を刎ねられる。
あの足から突き出した刃が本当にヤバい得物なのだ。
インパクトの瞬間、60センチくらいまで伸びる。
で、ありえないような切れ味で相手を切断する。
これ、僕は能力の相性がいいんで何度もやりあって調べたんだけど、ヴォーパルバニーの刃は高速で振動している。
つまり高速振動剣で切断してくるようなものなのだ。
だが、動くものは全て油で滑らせられる……。
「キキィーッ!!」
ヴォーパルバニーが叫んだ。
僕の油地帯にはまり込み、姿勢を制御もできず、かと言って逃げることもできない。
だが、僕は油断せず、遠距離からヴォーパルバニー目掛けて油の触手を伸ばした。
顔を巻いて窒息させる。
しばらく激しくもがいていたヴォーパルバニーは動かなくなった。
よしよし。
そのまましばらく転がして、完全に息の根を止める。
あの刃、とかげの尻尾切りみたいに切り離されて飛んでくるんだよ。
当然高速振動してるので、あの一撃で森の巨大な捕食者、オウルベアですら即死する。
密林の頂点捕食者、ヴォーパルバニー。
一撃必殺の肉食ウサギ。
いやあ、恐ろしい。
シルバー級にならない限りは、やり合うのは自殺行為だと言われているね。
だが肉は美味い。
僕はヴォーパルバニーをリュックに詰め込んだ。
新しいネタが手に入ってしまった。
やがて見えてきた、第三伐採地点の拠点。
木を斬る音が響いている。
ヴォーパルバニー避けのため、下草は刈り取られているな。
あのウサギは、むき出しの地面の上を走ることを嫌う。
一説には、刃……ヴォーパルブレードに土が付くのを嫌うのだとか。
切れ味落ちるし、硬い石に当たると欠けるかも知れないもんな。
なので、ここはたいへん歩きやすかった。
地面が踏み固められた土ばかりで、つまづくような場所がない。
「どうもどうもー!」
警戒される前に、声を掛けて近づいていく。
職人たちがこちらに気付いた。
「その髪の色に肌の色は……噂のナザルか!」「第一の拠点でよく油を供給してくれるらしいぞ」「油は嬉しいな」
ぞろぞろと集まってきた。
ちょうど昼時だったかな?
「どうも皆さん、油使いのナザルです。僕の仕事はこの旗を森のハズレに立てると事なんですが」
「ああ」「その仕事受けてるのか」
職人たちが嫌そうな顔をした。
これはつまり、森の西端にアーランの目を設置する仕事なのだ。
旗は魔法のアイテムであり、設置されるとアーランにいる魔法使いがこれを使って周囲を監視できるようになる。
旗を立てることは、冷戦の手伝いなんですねえ。
まあ、僕は知らんぷりをして仕事を遂行するぞ。
「ところで皆さん、喜んでください。僕は新しい料理をここで披露するつもりです」
「なんだって!?」「油使いの料理……!?」「油をたっぷり使って焼き物を作ってくれるのか?」
「いえ、揚げ物を」
「揚げ物!?」
職人たちの目が輝いた。
森の中にいると、潤沢に油を使った料理は食べられないからね。
「山菜の揚げ物から行きましょう。ああ、ガッカリしないで! 皆さん、山菜を揚げたことないでしょう? しかもご覧ください、この粉!! この輝き! 香りも抜群! そして調達してきた卵! これを、こう! 粉と卵を混ぜて衣にして、山菜を漬けて熱した油にドーン!! 聞いて下さいこの音!! そしていい塩梅で……はい揚がったー!! 召し上がれ! 塩だけでいいですから!」
「お、おう」「凄いグイグイ来るじゃん……!!」
僕の気迫に押されつつ、職人たちが山菜の天ぷらをつまんだ。
「これ……金色に輝いてるぜ……」「すっげえいい匂いがする……」「山菜ってこんなんだったか? もっともそもそしたしょぼいもんだと思ってたけど……」
彼らは山菜の天ぷらを口に入れて、サクッと噛んだ瞬間に目を見開いた。
「う、う、うめえええええええ!!」「なんだこれ! なんだこれ!」「えっ!? この金色ので包んで油に通しただけでこんなに美味いの!?」「うっそだろ、肉じゃないのにうめええ……!!」
「山菜は山程取ってきた。それに、ここにヴォーパルバニーもいますからね。今日は大いに食べてください!」
「うおおおおお!!」「あんた、いい人だなあ!」「こんな森の奥で、こんなに美味いものが食えるなんて思わなかった!!」
こうして、僕は第三伐採地点でもコネを作ることに成功したのである。
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