11・粉問屋に認められろ

第29話 粉にこだわる時が来た

 ザクザクに切った葉野菜……。

 キャンベジと言うらしい。こいつを小麦粉を卵で溶いた衣に付けて、油でジュッとやる。


「おおーっ、いい匂いがしてきたねえ」


「砂糖使ってないんでしょ? でも食欲をそそる香り~」


 マスターとリップルが後ろから覗き込んでくる。

 ここはギルドの酒場。

 酒が大変まずいし、つまみは乾き物しか無いので、よっぽど暇を持て余した冒険者でない限り立ち寄らない場所だ。


 反面、マスターお手製のお菓子と手ずから淹れたお茶が大変美味しい。

 女性冒険者たちからは大評判であり、酒が苦手な男性冒険者もよくここでお茶を飲んでいる。


 そんなスイーツな集まりの面々も、僕の調理を楽しみに待っているではないか。

 言っておくが、これはお菓子ではない。

 砂糖は使わないぞ……!!


 その代わり、衣にハーブなどで味付けしてある。

 出汁を使いたいところだが、僕はまだ出汁を取る技を身に着けてはいない。

 ドロテアさんから学ばねば。


 それでも、かき揚げは実に美味そうな音を立てて油の中で踊る。

 小麦の揚がる香ばしい香りが漂い、ギルドのあちこちから僕の調理姿に熱視線が注がれるのだ。


「流石に人数分はない」


 そう呟きながら、僕は揚げ物をガツッと揚げた。

 バラけないように、油を操作し……。

 すっと取り上げて網の上に。


 この網、この間の報酬を使って鍛冶屋に作ってもらったのだ。

 揚げ物専用。

 高かった……。


 余計な油を吸収してもいいのだが、それでは食味に必要な油まで吸ってしまう。

 つまり、油を落とすのは自然に任せたほうがいい。


 慎重に油の様子をみながら、かき揚げの状態を確認。

 よし。

 よしよしよし、よしっ!!


「完成! キャンベジのかき揚げだ!」


「おおーっ!!」


 ギルドがどよめいた。

 いつもは酒場に寄り付かない男たちまでやってくる。

 まずはマスターとリップルが、マスター特性のオレンジソースを掛けて食べた。


 オレンジソース……?

 柑橘系と合うの?

 この世界、地球と同じオレンジという名前の柑橘類があるのだ。


「あ、これは美味しいね! ザクザクの歯ごたえが楽しい。そして食べごたえのある衣を抜けると、閉じ込められていたキャンベジの香りが口いっぱいに広がる……! キャンベジって、そのままでは青臭くて、細かく刻んで酢漬けにしたりして食べるものだったけど……これは新しい食べ方だね。爽やかさがグッと増して……。キャンベジはこんなに美味しかったんだ」


 マスター食レポ100点!

 対する安楽椅子冒険者は……。


「ひゃあー、うまいぃー」


 おっ、中学生の食べ盛り男子の感想かな?

 その後、いつもスイーツを食べに来る女子冒険者と少しの男子、それからいつものお下げの受付嬢にキャンベジのかき揚げを配る。

 みんな、オレンジソースをたっぷり掛けて食べ始めた。


「新食感!」「美味しい~!!」「スイーツじゃないけど、お料理ともちょっと違ってて……」「新しいスナックっていう感じ?」「というか、これ、酒のつまみじゃないか……?」


 鋭いやつがいるな……。

 まさしくそれだ。 

 フライドポテト同様、これに塩を振っておくだけで酒が無限に消費されることだろう。


 僕もかき揚げを食べてみた。

 うんうん、ザクザクで美味しい。

 そして、キャンベジが本来持っていた爽やかな香りが凝縮されている。

 揚げたての、蕎麦屋の春菊かき揚げ天とでも言おうか。

 こりゃあ堪らない。


 だが……。

 僕は物足りなさを感じていた。


「やっぱり、衣だよなあ……」


 衣。

 あくまで、パン屋で使う粉を買って使ったものだ。

 つまり、これはパン用に特化されている。

 揚げ物用ではない。


「もっと美味しい粉があるのではないだろうか……」


 僕は唸る。

 この世界、何気に素材のスペックが高い。

 もっといい粉があるはずなのだ。


「美味しいー。すっごくおいしいです! いやあ、ナザルさんはどんどんお料理が上手になりますねえ。これでマスターが仕入れてる特別な粉で揚げたら、さらに美味しくなるのかも知れませんね!」


 お下げの受付嬢から絶賛が飛んできた。

 だが、ちょっと待ってほしい。


「君、マスターが仕入れている粉というのはどういうことなんだ?」


「あれ? マスターから聞いていませんか? マスターはこだわり抜いた粉を粉問屋から仕入れてケーキやお菓子を作っているんですよ?」


「な、なんだってー!!」


 美味しさの鍵はすぐ近くにあった!

 僕はマスターに向き直る。


「マスター!」


「はいはい。粉問屋だよね? 僕みたいに料理を生業にしてる人しか使わないところだから、ナザルに必要だとは思ってもいなかったよ。だけど、この揚げ物を作ってくれたなら……無関係とは言えないね」


 マスターの目がキラッと光った。


「教えるよ。だが、あそこは個人に小口で卸してくれたりはしないよ。一度に大量の買付をするか、あそこの主人を唸らせないといけない」


「一見さんお断りみたいなところだなあ! だが、だからこそ知られていなかったのか……」


「僕が紹介状を書こう。だが気休めだ。粉を仕入れられるかどうかは、君の努力次第だと言っておこう……」


 マスターはさらさらと一筆したためてくれた。

 それを僕に持たせてくれる。


 ありがたい。

 これで取り掛かりを得た。

 あとは実力で、粉の仕入れ権を手に入れるとしよう。


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